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第9話『一本の雷撃』


 暗がりは花畑だった。

 階段の終わりから地面はガラリと質感を変えて、小さな花々がとりどりに咲いている。

 それを大きな爪が踏み分けると、そこだけ時間を早めたように、花はみるみると茶色に朽ちた。

 合わせて軋む大地の音が、魔獣の重量を感じさせる。荒い鼻息が枯れた足許を薙ぎ散らした。全身を覆う太い茨の隙間から、敵意に満ちた瞳が覗く。


 アイーシャ達の前に現れた『花食い』は、まるで巨大な獅子のような姿をしていた。


「ビンゴだね」


 ラヴィが構えぬままに言う。植物たちを取り込んだ大樹の洞は、花食いにとって絶好の餌場だったのだろう。

「こ……これが、」

 冷や汗をかいた少女の呟きを、突如、雷鳴のような咆哮が遮った。

 大気がビリビリと震えて四人を襲う。それは凄まじい圧を伴って、周囲の花々を一斉に宙へ舞い上げた。


「───っ」


 白が殆どに、僅かに薄い青や赤を交えた花吹雪。

 曇り空の瞳にそれを映したアレクが、息を呑んだ。

 身勝手に早まる鼓動が彼を翻弄していた。


 風に煽られたイヤリングが不安になって、しかし首を振ってその存在を確かめる。何かを振り払うように瞳の色を赤く変えた神族は、素早く銃を取り出した。

 腕を構える。指先に力が籠る。憎しみに似た感情で向けられた銃口に、細く青白い、けれど確かに男性的な手のひらが触れた。


「アレク」


 衝動的な射撃を、旧友が静かに止めていた。

 はっと我に返ったアレクの銀髪が揺れる。

「…………ラ、ヴィ」

「いま君が見るべきものは、そうじゃないだろう」


 言われてアレクは一瞬、酷く悲しげに眉を寄せた。

 しかし弟子たちに見つからぬよう、直ぐに表情を戻す。銃口を下げた先で、アイーシャは目の前の魔獣に圧倒されて、アレクのそれには気がついていないらしかった。


「………………」

 一方でミカが息を吸う。

 獅子の眼光にも怯まずに、少年は冷静に魔力を練った。彼の手許へ、浮遊した光の点が集まってゆく。蛍みたいだ、と、アイーシャは視界の隅でそれを見た。

 蛍がその光を更に濃くして、次第に剣を形作る。シンプルで飾り気のない魔法の剣が、完成した時にはバチバチと弾ける熱を纏った。

 顔の前で少年は剣を構える。凛とした表情が光と熱に照らされて、静謐な美を幼さに閉じ込めた。


 星の(つるぎ)。それがミカの魔法だった。


 魔力の気配を感じながら、少女は戦う決意をする。長髪とワンピースを持ち上げる風に包まれると、脳裏に師の言葉が過ぎった。


『支援に徹しろ』


(……支援……)

 風なら追い風。それだけじゃない、攻撃だってタイミングや位置で支援に変わる。弓を引きつつアイーシャは一歩下がって、戦況を広く捉えてみる。

 アレクとラヴィは暫く手を出さないようだった。それはつまり、少年少女だけで倒せる相手だということだ。

 ミカは視線を送らない。故に、彼の動きをアイーシャは風で察知した。


 タンッ、と、魔獣よりも遥かに(はや)く、ミカがつま先で地面を蹴った。


 数える程の花びらが彼の足許を彩って、弾けた星の欠片がその後に軌跡を(えが)く。

 空中に飛び上がったミカが剣を振り上げた。見切られるのを承知で繰り出す大振りの一撃。

 魔獣から向けられた目に堂々と、少年は言った。


「……"リゲル"」


 魔獣が大きく口を開ける。構わず吐息を斬り裂いて、剥いた牙に容赦無く打ち込む。魔法の性質か、常人では考えられぬ速度を乗せた光の剣は、牙に触れた途端、ジュウと音を立ててそれを焼いた。


 魔獣が悲鳴じみた唸りを上げる。体勢を崩しながら、しかし獅子は終わらない。空中の少年へ、今度は爪を突き立てんとした。


「させないっ……"ゼフィール"!」


 アイーシャが矢を放つ。

 突風を従えた攻撃が、魔獣の脚を細く撃ち抜いた。獅子がぐらりと倒れ込む。花畑に着地した少年が、素早くその懐へと駆け出した。腕を引き、横薙ぎの剣を振り抜いて───。


「っ!?ミカさん危ないっ!!」

「…!?」


 ミカは足を止めた。スピードを殺し切れず身体が傾く。


 魔獣の茨が花を開いて、その名とは真逆の様相を呈していた。美しく、また禍々しくも映るそれは異様な魔力を放って、人間たちを威圧する。咲いた茨は持ち主の肌から離れると、鞭のようにしなって少年に襲いかかっていた。


「み、"ミストラ……」

 焦りながらもアイーシャが矢をつがえる。


 すると、魔獣は風の流れに反応したのか、瞬時に狙いを変えた。


「っえ、」

 大量の茨がアイーシャを包囲して、一斉に振り下ろされる。風が裂かれて高く鳴く。

 凶悪な棘と紫色の大輪が、末路を想像させた。

「アイーシャ!!」

 ミカが珍しく叫ぶのが聞こえる。逃げ道の見つからない少女は硬直した。直接的な攻撃に、彼女は打つ手を持たない。


「ぁ……」


 瞳さえ逸らせずに立ち尽くしたアイーシャは、だからこそ目撃した。

 ズガ、と一本の雷撃が、魔獣を脳天から貫いた瞬間を。

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