第3話 怪異愛護団体
――怪異を撲殺しまくる修道女、シスター・ベル。
彼女をこころよく思わない人物がいるのは自明の理かもしれない。
その悪意によって、僕たちはとんでもない事件に巻き込まれることになる。
ある日のことだ。
僕たちの運営する『シスター・ベルの怪異撲殺チャンネル』に、動画サイトの運営からメッセージが届いた。
「なんだろう……?」
チャンネルの管理は僕の仕事だ。シスター・ベルはスマホを操作する程度はできるが、動画の管理ができるほどデジタルに詳しいわけではない。
そのメッセージを開くと、大きな太字で『警告』と書かれており、僕はたいそう肝を冷やした。
とうとう配信している動画に問題があったことを指摘されたか。
正直、時間の問題だとは思っていた。怪異とはいえ、生き物を撲殺している様子を映像におさめたものである。問題視されないほうがおかしい。
僕はゆっくりと大きく深呼吸をしてから、メッセージに目を通す。マウスを握っている手がじっとりと汗ばんできた。
メッセージに書かれた内容を要約すると、こうだ。
「あなたの管理している動画に、通報がありました。運営の審査の結果、該当のチャンネル数件を削除してください。また、1ヶ月の間は運営の監視が入ります。投稿した動画は運営がくまなくチェックし、問題のある動画が再びアップロードされた場合、チャンネルを停止させていただきます」
シスター・ベルは、修道院に寄付をするためにこのチャンネルを運営している。これは彼女も困るはずだ。
僕が彼女にこのことを報告すると、「誰がチクりやがった」と怒り心頭だった。
「人に害をなす怪異をブッ殺して何が悪いんだよ。人食いクマが街に降りてきても『かわいそうだから殺さないで』とかほざく奴らと同レベルじゃねえか」
シスターの言葉が正論かどうかはともかく、僕も誰が通報したのか気にかかった。
単なるイタズラならいいけど……。
そう思ったけど、当然、僕らに降りかかる災難はそんな可愛いものじゃなかったんだ。
動画サイトから警告が来た数日後。
今度は別のメッセージが届いた。
「今度はなんだろう……」
そう思いながら、恐る恐る受信箱を確認する。
送信者の名前には『怪異愛護団体アリギエーリ』と書かれていた。
『シスター・ベル様
はじめまして、怪異愛護団体アリギエーリと申します。
このたびは突然のメッセージ失礼いたします。
先日、貴チャンネルの動画を通報させていただきました。
我々は怪異の権利と保護を求め、活動している団体です。
あなたの配信している怪異虐待の動画はあまりにも残酷で人としてひどすぎます。
今後も活動を続けるようでしたら、我々は強く抗議します』
そんなメッセージをシスターに見せると、彼女は「なんだこりゃ」と呆れたように呟いただけだった。
「どうしましょうか、シスター・ベル」
「どうもこうも、ほっとけよこんな奴ら。何が怪異愛護だよ、馬鹿らしい」
フンと鼻で笑うと、「それより誠太、依頼が入った。行くぞ」とバットを肩に担いで修道院を飛び出していく。「待ってくださいよ、シスター!」と僕は慌てて後を追うのだった。
しかし、怪異愛護団体も黙ってはいない。やがて、シスター・ベルの暮らす修道院を特定すると、その外壁にスプレーで落書きしたり、腐った卵を投げつけるなどの被害が出始めた。
「まあ、なんてこと! シスター・ベル! この事態をなんとかして!」
シスター・ベルの先輩、シスター・テレサは気絶しそうな顔をして、「修道院に迷惑をかけるくらいなら、そんなチャンネル閉鎖してしまいなさい」と要求した。
修道院長、マザー・オネジムは難しい顔をして黙り込んでいる。もともとシスター・ベルに怪異退治を依頼しているのは彼女だが、このままでは修道院に住む他のシスターや、ミサにやってくる信者たちも被害をこうむるかもしれない。
そして、激怒したのはもちろんシスター・ベルである。
「ふざけやがって! 誠太、アタシたちも反撃するぞ!」
「どうやって?」
「その怪異愛護団体とかいう奴らのことを調べ上げて、本部に乗り込んでやるんだよ!」
そういった情報を持っているのは、神社の巫女でありながら警察にコネを持ち、怪異に関する情報を集めている百合という女だ。
神社に訪れた僕たちを待っていたかのように、彼女は境内で箒を掃いていた。
「怪異愛護団体アリギエーリか。厄介な奴らだよな」
ふう、とため息をつく百合さんは、やはり今回のことについてもお見通しのようだった。
「あの団体の活動内容は、怪異の保護、繁殖と放流ということだ」
「は……? 怪異の繁殖と……放流……?」
僕は呆気にとられてしまった。人間に害をなす危険な怪異を増やした上に、この街にばらまいているということだ。
さらに、百合さんは恐ろしい事実を明らかにした。
「あのケルピーも、アリギエーリがスコットランドから密輸して、放流したということが判明している。警察も近く家宅捜索をするだろう」
僕たちは衝撃のあまり愕然とした。子どもが犠牲になったケルピー事件の元凶が……あの怪異愛護団体?
隣りに座っているシスター・ベルがわなわなと震えだす。その顔には、血管が浮き出ていた。
「……百合。その団体の本部、どこか分かってんだろうなあ……?」
「もちろん。行くか?」
「当たりめえだろ! 今度という今度は許せねえ!」
こうしてブチギレたシスター・ベルは、僕を伴って団体本部に乗り込んだのだった。
「ひええ! 暴れシスターがやってきたぞ!」
「オラッ! 団体の責任者を呼べェ!」
金属バットでところかまわず本部の窓ガラスや壁を殴って脅しつけるシスター。
それでも警察に通報されないのは、この団体が後ろ暗いことをしている証左でもあるのだろう。
「おやおや、シスター・ベルナデッタ。怪異虐待者がおでましとは」
団体の長らしき人物が現れ、シスターを見下ろすように立つ。
「テメェら、絶対許さねえぞ!」
「ほう。許さないのならどうします? そのバットで人間を殴るのですかな?」
……シスターは、怪異は殴れても、団体の人間であれ殴るわけにはいかない。
僕たちはあっさりと団体に捕まった。
「ちょうどいい。こいつらを生贄にしよう」
不穏な言葉を吐きながら、団体の人間たちは僕たちを連れて本部の地下施設へ。
そこには床に魔法陣のようなものが描かれ、何らかの儀式をしていた。
「あの、これってまさか……」
「そう、悪魔召喚の儀式だよ。これが成功すれば、悪魔を繁殖させて街に放流することもできるだろう」
「テメェらは何がしてぇんだよ」
拘束されたまま、シスター・ベルがにらみつける。
金属製の拘束具は、いくらシスターが怪力でも引きちぎることは難しそうだ。
「悪魔崇拝の邪教集団か。なるほど、それならアタシを目の敵にするのも納得だぜ」
「フフ。悪魔召喚の生贄に修道女を使うなんて、いかにも強力で邪悪な悪魔が召喚できそうではないかね?」
団体の人間たちにより、僕とシスターは拘束されたまま魔法陣の上に転がされた。
このまま悪魔召喚が成功すれば、僕たちは悪魔に生きたまま食われる。絶体絶命というやつだ。
団体メンバーが邪悪な呪文を唱え、空間が歪み、そこから巨大な悪魔が現界し始める――。
「――そんなうまくいくと思ったかよ?」
不意に、シスター・ベルが立ち上がった。
拘束具を後ろ手に外し、金属質な音が床に落ちる。
「バカな!? なぜ……」
「持ち物検査くらいはしておけよ、間抜け」
シスターが隠し持っていた十字架型のピンが、拘束具の鍵を解除したのだ。
そのまま、僕を抱えて魔法陣の上から脱出した。
儀式が中断された結果、悪魔は体の半分が霧のように透き通っていた。不完全な形での召喚になってしまったのだ。
シスターは僕を床に下ろすと、静かに立ち上がり、一言。
「今からお前ら全員殴る。怪異だの人間だの関係ねえ」
「はっ、はは……バットもないくせにどうやって……」
引きつった笑いで強がる団体の長を殴り倒す。
「んなもん、鉄拳聖裁に決まってんだろうが!」
聖なる鉄拳が炸裂し、団体メンバーを次々に吹っ飛ばしていくシスター・ベル。
さらに、召喚された未完成の悪魔が団体幹部を手当たり次第に襲っていく。
「ひぃぃ!? 愛護されてない!? 我々は怪異の味方だぞッ!?」
「お前らがしてるのは怪異の愛護じゃなくて愛玩だ。勘違いすんな」
シスターが暴れている間に、僕も拘束具を解除し、配信機材をこっそり回して、団体の悪事と儀式を生配信していた。
配信画面に流れるコメントには、「悪魔召喚の儀式、初めて見た!」「シスター! そんな奴らぶっ飛ばせ!」と、1万人以上の視聴者が見ている。
未完成の悪魔は団体メンバーとシスターに同時に襲いかかり、ちょっとした災厄になりかけていた。
「この場で生まれたもんは、この場で成仏しな!!」
シスターの鉄拳は、アッパーとなって巨大な悪魔の顎を下から突き上げる。
悪魔の牙が顎下の衝撃を受けて数本折れて、霧のように不確かな姿が消えていった。
その後、百合さんが通報したのか、警察が地下施設に突入し、団体のメンバーや幹部、長が逮捕された。団体の本部は崩壊。悪魔召喚も失敗に終わり、怪異愛護団体アリギエーリはケルピー事件の真相も公にされて社会的な責任を追及された。
修道院にも団体からの正式な謝罪と修繕費が届けられた。
もちろん、それ以降、修道院の壁にイタズラをされることはなくなったのだ。
「……まあ、多少やりすぎではあるけれど、今回は大目に見ましょう。悪の芽をひとつ摘み取ったことだしね」
シスター・テレサもこの活躍を無視することはできなかったらしい。ため息混じりに認めた。
シスター・ベルの怪異撲殺チャンネルは活動を再開。登録者数は爆発的に増え、新たなスポンサーもつくことになった。修道院も少し寄付金が増えて大助かりだ。
……あれから、団体は解体されて、ニュースでは『怪異カルト壊滅』なんて騒がれた。
でも、シスター・ベルは別に英雄になりたかったわけじゃない。
ただ、「悪いもんはぶん殴る」。それだけのことを続けている。
今日も修道院には依頼が届く。
怪異か悪魔か、それともただの酔っ払いかは知らないけど――。
どんなやつでも、シスターは全力でぶん殴って、全力で救う。
シスター・ベル。
怪異をぶん殴って、修道院を支える不良シスター。
怖くて、優しくて、真っすぐで、ときどき神様よりも強い人。
……主よ、願わくば。
せめてあの人の拳に、少しだけでも手加減を。
〈了〉