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第2話 海からくるもの

 ――第一発見者の証言。


「ええ、最初は何なのか分かりませんでした。私は犬の散歩で海浜公園を散歩していたんですが、波打ち際を歩いていたら、うちのワンコが何かを拾い食いしちゃって。ペッしなさい、って無理やり吐き出させたんですけど。なんかぶよぶよしてて、赤茶色の……そう、豚レバーの小さい版みたいな。なんで海にレバーなんか落ちてるのかしら、と思いました。ええ、他には骨も何もなくて。そのまま放置して帰っても良かったんですけど、動物のレバーだと思って獣医さんに見せたら、『これは人間のものじゃないか』って言われて……そのまま警察に通報しました。アレが、まさか、人間の子どもの肝臓だったなんて……」


 事件発生は1ヶ月前。5歳の子どもが行方不明になった。家族と海浜公園に泳ぎにやってきたのだが、両親が目を離した隙にどこかへと忽然と消えてしまったのである。両親は捜索願を提出、警察官が50人態勢で、海で溺れた可能性も視野に入れて捜査したが、見つからず。

 その後、5日経ってから、第一発見者が人間の肝臓を発見。検査の結果、行方不明になった子どものものと判明。子どもは死亡したものと見られる。遺族は泣き崩れた。

 しかし、なぜ肝臓だけが見つかったのか? 誰かが子どもを殺害して肝臓のみを残したとしたら、それは何を意味するのか?

 警察は殺人の疑いもあると見て、捜査を進めている。


 ……そんな、胸糞の悪い、気味の悪い事件が僕の住んでいる街で起きた。

 現時点で、その事件は子どもが1人行方不明になった、で終わりではない。

 この1ヶ月の間に、5人が行方不明、うち3人が肝臓のみ発見されている。

 これは連続殺人事件だ。

 そして、この事件がシスター・ベルをこれまでにないほど激怒させることになる。


「恐ろしい事件ですね。猟奇殺人でしょうか……」


 修道院の所有する教会の聖堂。

 不安を抱えた僕の声を聞きながら、シスター・ベルは眉間にシワを寄せて、朝刊をにらみつけるように目を通していた。

 彼女の目つきが悪いのは元からなのだが、それを差し引いても明らかに機嫌が悪い。


「犯人が怪異か、それとも人間かは知らねえが……」


 修道女は真新しい朝刊を握りしめ、シワを作る。


「ガキを巻き込んだのは許せねえ」


「シスター・ベル、子ども好きでしたっけ」


 そんな話は聞いたことがないし、どちらかというと子どもを泣かせる方である。


「ああ、ガキは大好きだぜアタシは。ガキってのは可能性の塊、未来にどう化けるかはわからねえからな。将来的にアタシのチャンネルに興味を示して、視聴者になってカネを運んでくれるかもしれねえだろうが、なあ?」


 そう憎まれ口を叩くが、僕はそれが本心でないことを知っている。4年もの付き合いだ。


「シスター・ベルのチャンネルは子どもの教育に悪いってママ界隈では評判ですよ」


「ブッ飛ばされてえのか」


 僕とシスター・ベルが言葉の応酬をしていると、「まあ、なんて口の悪い」と女性の声が耳に飛び込んできた。

 その方向を見やると、聖堂と修道院を結ぶドアが開いており、そこから出てきたと思われる、水差しを手に持った修道女が苦々しい顔をしている。


「シスター・ベルナデッタ。前々から思っていましたが、口を慎みなさい。修道院の外でもそんな言葉遣いなのですか?」


「……シスター・テレサか」


 シスター・ベル――「ベル」は通称で、本当は「ベルナデッタ」というらしい――は、「うげっ」と言いたげに渋い顔をした。

 シスター・テレサはベルの1つ上の先輩らしい。ベルの言葉を借りれば「気難しくて口うるさい、姑みたいなやつ」とのこと。

 テレサは「まったく、マザー・オネジムはお優しいからお咎めなしなのですよ」とプリプリ怒っている。マザー・オネジムは修道院長だ。


「誠太くん、申し訳ありませんね。シスター・ベルが嫌になったらすぐに相談してください」


「はあ、どうも」


 彼女は僕を改宗させようと目論んでいるらしく、今回も「洗礼を受けたくなったらいつでも言ってくださいね」といつもの勧誘をしてから、シスター・ベルにフンと鼻を鳴らした。


「シスター・ベルナデッタ。夜な夜な修道院を抜け出して、武器を振り回して怪異退治など修道女の仕事ではありません。私たちのすべきことは祈りを捧げること、神によく仕えることでしょう」


「ハッ、お祈りをして怪異が大人しくなってくれるなら喜んでそうするがな。あいにくアタシはそんな奇蹟は起こせねえよ」


 シスター・テレサは汚物を見るような目でにらみつけ、「まあ私にとってはどうでもいいですが、修道院に泥を塗るような真似は控えるように」と言い残し、聖堂の説教壇に聖水の入った水差しを置いていった。これが本来の彼女の目的だったようだ。

 ドアがバタンと音を立てて閉まると、シスター・ベルは「はあ、やだやだ」とうんざりした顔をしている。


「シスター・テレサ……シスター・ベルのチャンネルを見たら卒倒しそうですね……」


「ハハッ、そりゃ傑作だ。今度見せてやるか」


「やめてあげてくださいよ……」


 それにしても、「武器を振り回して怪異退治など修道女の仕事ではない」というシスター・テレサの言い分は正論である。


「シスター・ベルは、なぜ怪異退治をしようと考えたんですか?」


「あ? お前もいっちょ前に説教かよ?」


「そうじゃなくて……」


 僕の言いたいことは伝わったのだろう、シスター・ベルは聖堂の壁に立てかけていた愛用の金属バットを手に取った。


「アタシが修道院のためにできることなんて、このくらいしかねえからなあ」


 ――シスター・ベルが動画配信を始めたのは、修道院に寄付するお金を集めるためである。

 広告収入や投げ銭などを集めて、依頼料と合わせ、修理費や損害賠償などから差し引いたお金は、すべて修道院に納めていた。

 マイナス分が大きすぎることもあり、寄付金は雀の涙ほどであるが、彼女は体を張り、ときには命の危険に身をさらして怪異と戦い、それをパフォーマンスとしている。

 動画配信とはそういうものとはいえ、彼女は危ういバランスの上で生きていた。


「そんなことより、やっぱこの事件、気になるよな?」


 シスター・ベルは聖堂の長椅子の上に投げ出していた朝刊を再び手に取った。

 そういえば、肝臓だけが残された猟奇事件の話をしていたのだった。


「シスター、調べるんですか?」


「おう。修道院に依頼は来てねえが、アタシが気に入らねえ。犯人が怪異でも人間だとしてもブッ飛ばす」


 彼女は相当お怒りのようだ。僕としても、この事件には興味があるし、犯人が早く見つかるに越したことはない。


「わかりました。それにしても、どうやって調べましょうか」


「ちょっと出かけるか。アタシの金属バットに貼ってる御札、あるだろ?」


 僕はシスターの手元を見る。バットに貼られた御札たち――いつもはふざけた武器に見えるけど、本当に霊にも効くから怖い。


「この御札をくれた巫女に話を聞く。アイツは情報屋も兼ねてるからな、なにか聞けるかもしれねえ」


 かくして、僕とシスター・ベルは街のはずれにある神社まで足を伸ばすことにしたのである。

 百合、という名の巫女は、僕たちが来るのを知っていたかのように出迎えてくれた。


「警察の見立てでは、怪異の仕業である可能性が高いということだよ」


 僕たちを社務所に招き入れ、お茶を淹れてくれた百合さんは情報提供をしてくれた。


「え、警察がそんなことを教えてくれるものなんですか?」


「私は独自の人脈があってね。だが、気をつけたほうがいい。肝臓以外、骨も服もまるごと喰うようなやつだ」


 改めてそう聞かされるとゾクッとする。命の取り合いには慣れてきたほうだと思うけど、今回の事件は明らかに異常だ。


「百合、お前はその怪異を退治しねえのか?」


「あいにく、うちも別件で忙しい。ここはベルに任せるよ」


 百合さんは「念のために、これを」とシスター・ベルに御札を渡す。


「困ったときに使うといい。怪異を怯ませる程度の効果はあるだろう」


「……お前、怪異の正体もだいたい分かってるんじゃねえか?」


「なんとなく、アレかな、という目星はついている。こんなわかりやすい特徴があるとね……」


 首を傾げる僕に、百合さんが怪異の予想を告げ、「奴を捕まえたいなら水の近くにいるといい」とヒントをくれた。


「おそらく、事件現場からそう離れてはいないはずだ。格好の餌場を見つけて、それを捨てるような奴じゃないだろう」


 つまりは、その怪異を退治しない限り、犠牲者が増える一方になる可能性が高いということで……。

 そんな経緯で、僕たちは犯人を捕まえるために、海浜公園で張り込みをすることになったのである。


 ――その日の夜。

 僕たちは海浜公園にある東屋に潜み、犯人が現れるのを待った。

 僕はスマホでの撮影のため、暗闇でも動画が撮れるように調整をし、シスター・ベルは金属バットを素振りして調子を上げる。


「いつでも行けるぜ、誠太」


「僕もカメラの調整が終わったら、撮影開始しますね――」


 スマホを海に向けて、画面を覗き込んでいたときのことであった。

 海から、なにかが上がってくるのが見えたのだ。

 反射的にスマホの画面を操作して、ズームアップする。


 それは、1頭の美しい馬だった。

 海のように青く澄み切って、身体そのものが海水でできているかのような――。

 アレに乗りたい。

 そんな感情が、波のように、何度も何度も押し寄せてくる。

 思考の隙間からじわじわと染みこんで、僕の心を塗りつぶしていくようだった。


「誠太! 目ェ覚ませ!」


 バキッと頭が割れそうなほど痛んで、手に持っていたスマホが砂浜に落ちた。

 こめかみが鈍く痛い。シスター・ベルに殴られたのだと気づく。


「あの馬は……?」


「百合の思ってた通り、ケルピーだ!」


 シスター・ベルはギリッと歯を食いしばり、怪異をにらみつけた。


「スコットランドの海の妖精馬! 見るだけで人を惹きつけて、背に乗せて水に引きずり込む。しかも……」


「……肝臓以外、全部食べ尽くすんでしたね」


 だから、ケルピーの犠牲になったあとは、水際に肝臓だけが打ち上げられる――。


「野郎、誠太まで食おうとしやがった!」


 シスター・ベルはバットを握ってケルピーに殴りかかる。僕は頭痛をこらえながら、砂の上に落ちたスマホを拾って構えた。痛いけど、シスターが僕を助けようとしてくれた痛みだ。


「オラッ! くたばれ!」


 バットが空気を裂き、次の瞬間、馬の頬に鋭い音と共に食い込んだ。海水のしぶきのような液体が飛び散る。

 が、バットを取り上げられてしまった。

 ケルピーの特徴として、その粘着性が挙げられる。

 人を魅了し、背中に乗せて水に飛び込む際、魅了された人間が正気に戻ったとしても、その粘つく肌のせいで逃げられず、水の中に入ってもケルピーから離れられない。結果、溺れて死ぬ。

 その粘着質な肌に、バットが張り付いて剥がれないのだ。

 怒ったケルピーがシスター・ベルに襲いかかる。彼女は間一髪で蹄の一撃を躱したが、砂浜に足を取られ、動きが取りづらい。

「チッ……!」と舌打ちして、東屋まで僕を抱えて駆け戻る。

 その後ろをケルピーが追いかけてきていた。


「ま、まずいですよ、シスター・ベル……!」


「んなことわぁってらい!」


 東屋まで戻って態勢を立て直したシスターは、なにか武器になるものがないか探しているようだった。

 しかし、そんな都合よく落ちているはずもない。


「どうするんですか、シスター・ベル!?」


「話しかけるな、余計焦んだろ! ……ん?」


 シスターが突然、ピタッと動きを止める。

 何ごとかと不安になりながら彼女の方を見ると、……笑っていた。


「ああ、百合……お前、こうなるのを見越してたんだな……」


 シスター・ベルが、東屋まで追いついてきたケルピーに何かを投げつける。

 それは、大量の御札だった。


「あ、それ……百合さんがなにかあったときにって渡してた……」


「今が、そのタイミングってやつだな!」


 ケルピーの身体に吸い寄せられるように、御札がベタベタベタと貼り付く。

 怪異はいやいやをするように首を振り、御札を剥がそうと暴れまわるが、己の粘着質のせいでそれは叶わない。

 妖精馬の表面を覆い尽くした御札は、電撃のような閃光を放ち、焼き焦がした。ケルピーはもんどり打って痙攣し、その場に崩れるように倒れ伏す。

 そうして、僕たちは連続猟奇殺人事件の犯人、ケルピーを退治したのである。


「はぁ~……今回ばかりは死ぬかと思った……」


「誠太、撮れ高はどうだ?」


「今、それを気にするんですか?」


 ちなみに映像を確認したら、思った通り、僕がシスターに殴られたり抱えられたりしたせいでほとんどブレていた。

 僕は理不尽にも、シスターに小突かれたのである。


〈続く〉

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