第6話 謎の老人と眼鏡美少女
この老人の名はジルベルトさん。
静かに佇んでいる美少女は、エリスさん。
ラッカが建設された頃から、ジルベルトさんは長期滞在しているそうだ。
昔は ベルトラン王国の王都ベランで大商会を営んでいたらしい。
会長を退いた後、刺激を求めて各地を旅し、ラッカに行き着いたという。
本人はそう言っているが、得たいの知れないご老人である。
俺はポーチから、重厚な本を取り出し、ジルベルトさんに手渡す。
「カナンのギルドに本が届いていました。これでよかったですか?」
「おお、これこそ待ちわびていた本じゃ」
「ジルベルトさんのワガママにお付き合いいただき、ありがとうございます」
小さな声でお礼を言い、エリスさんがお辞儀をする。
五日ぶりに会う、彼女の姿は眩しく、俺は心の中で拳を握り締める。
彼女に見惚れて、黙ったまま髪をかいていると、ベルフィが俺の脇を小突く。
アレッサとルディもニヤニヤと笑っている。
眼鏡で隠れているが、涼しげな目元と整った容姿。
透き通るような白い肌、頭の後ろで結えられたサラサラの黒髪。
小柄なのにメイド服越しにわかる豊かな胸、それ加え、スタイルの良い九頭身 。
一見、冷淡そうに見える感情の読みにくい表情。
そして控え目に話す、小さな声。
今日もエリスさんは尊い!
初めてラッカの街へ訪れ、『深緑の山麓亭』で彼女を一目見た時、俺は一瞬で恋い落ちた。
前世を含めた今までの人生で、初めての一目惚れ。
もちろん、そのことを仲間の三人は知っている。
今回、俺達がカナンに滞在していたのは、ジルベルトの荷物を取りに行く彼女の代わりに、街に行ったからだ。
未開地の大森林の間を通る街道を、美少女フィギュアと瓜二つのエレンさんが行くには危険が大きすぎるからな。
俺の主張を聞いた仲間達は盛大に呆れ果てていたが。
まさかジルベルトさんの所望する本が、貴族令嬢と王太子の恋愛官能小説だとは思わなかったよ。
カナンの冒険者ギルドで受け取る時、受付嬢が頬を赤く染めていたので、気になってアレッサとルディに読ませたのだが、その時の二人の反応が面白かった。
「座って、ゆっくりしていきなさい」
ジルベルトさんに促され、俺達四人もテーブルに着くと、宿主の奥様であるマリさんが料理とエール酒を運んできてくれた。
食事を食べていると、ジルベルトさんが気軽に質問してきた。
「近々、大森林の南西の調査が始まるらしいが、『不死の翼』も参加するのかね?」
「もう、その噂が村に出回ってるんですか。一応、参加しろと言われていますけど」
この老人は冒険者の情報について耳が早い。
いつもの事だから気にしないが、凄腕の情報屋でも雇っているのだろう。
するとジルベルトさんは懐に手を入れ、パンパンに膨らんだ革袋をテーブルに置いて、俺達の前に差し出す。
「どうかエリスを、その調査に参加させてもらいたい」
「ダメです! それはダメダメ! エリスさんが危険に遭ったらどうするんですか! 絶対にダメです!」
大慌てで反対する俺に、ベルティがテーブルの上の革袋を指差す。
「よく考えてみようよ。これはジルベルトさんからの依頼だ。大金を積まれているのに、断るの手はないよ」
「私もそう思う。お金が手に入る機会を逃がすなんて冒険者として変よ」
「お金の問題じゃない。可憐なエリスさんが、凶悪な魔獣に襲われたらどうするんだ」
「へー、私やアレッサもか弱い女子なんだけど、ノアから、そんな心配されたこと一度もないよね」
ジトリと横目で睨んでくるルディ。
だって、アレッサはブレイズを簡単に吹き飛ばすほどの怪力の持ち主。
それに、ルディだって、嬉々として魔獣を狩るほどの実力者だろ。
「二人は冒険者じゃないか! でもエリスさんは違うんだぞ!」
両手を広げて仲間に訴える俺に、エリスさんがスッと近寄ってくる。
そして一枚のカードを控え目の見せてきた。
「……私も……一応、Cランク冒険者ですので魔獣と戦えます」
「エリスちゃんも強いんだね! これなら一緒に遊べるね!」
彼女の冒険者カードを覗き込んだアレッサが嬉しそうにニタリと笑う。
それでもダメだと言い張っていると、エリスさんが俺の服を抓む。
「私が一緒ではお邪魔でしょうか……」
うおーーーー、片想いの美少女に懇願されるなんて、今なら死んでも悔いはない!
心の中で感動していると、ベルフィに肩を掴まれた。
「そんなに心配ならノアが守ってあげればいいじゃないか。俺達も全力でサポートするさ」
「そうそう、一人でも実力者が増えれば、それだけ私達の仕事も楽になるしね」
「わーい! エリスちゃんと一緒に野営できるんだね! 一緒に魔獣を沢山狩ろうね!」
ベルフィ、ルディ、アレッサの言葉を聞いて、俺は我慢せずに素直になろうと決めた。
幾日も大森林に行ってる間、エリスさんと会えないのは辛い。
それならば俺が全力を発揮して彼女を守ればいい。
「わかりました。一緒に調査に向かいましょう」
俺の一言でエリスさんの同行が決まり、皆で雑談をしていると、マリさんがアグリオスの肉串を大皿に乗せて運んできてくれた。
アレッサとルディは喜び、肉を口に頬張っている。
その後、満腹になった俺達は、それぞれに三階の借りている個室へ戻って休むことにした。
そして翌日の早朝。
装備を整えた俺達四人と一緒にエリスさんは冒険者ギルドへ向かう。
ギルドの建物の前に行くと、『蒼穹の聖光』、『獅子の咆哮』、『奈落の髑髏』、三組の冒険者達は既に集まっていた。
昨日、殴られた傷もなくブレイズが俺達に近寄ってくる。
そして俺を無視して、アレッサに声をかけた。
「昨日は悪かったな。アレッサを馬鹿にしたつもりはなかったんだ」
「うんうん、それならいいわ」
ニッコリと笑むアレッサは、何も考えていなさそうだ。
どうしてブレイズは彼女だけに謝ってきたんだろう?
不思議に思い、ルーネとシャナへ視線を向けると、なぜか彼女達に顔を逸らされた。
隣を見るとベルフィとルディがニヤニヤと微笑んでいる。
すると突然に俺の方に顔を向け、ブレイズが指差してきた。
「全部、お前が悪いんだ! 今回のレイドでは絶対に負けないからな!」
「そんなことはどうでもいいって何度も言ってるだろ」
「勝負から逃げるな! 絶対に『獅子の咆哮』が勝つ!」
「親睦を深めるのもいいが、そろそろ出発しよう」
ブレイズと俺が騒いでいると、白銀の鎧を着た男が仲介に入ってきた。
彼の後ろに三人の少女達が並んで、俺とブレイズに冷淡の視線を浴びせかける。
『蒼穹の聖光』の連中ってちょっと苦手なんだよな。




