09. 元婚約者との和解
ダニエルさまの停学が明ける直前だった。
彼は今日、隣国に発つ。
私とお兄さまはその見送り。
ダニエルさまは隣国への留学を決めた。本人は何も言わないけれど、復学しても評判が悪く居づらいからだと思う。
「結局、お兄さまの嘆願は聞き届けられなかったのね」
身を挺して守ってくれたのに、恩を返せないようで申し訳ない。
「そうでもないよ。元婚約者の家族からの口添えがなかったら、俺の留学は叶わなかったんだから」
でもダニエルさまはそう言って、朗らかな……私たちの仲が良好だったころによく見た笑顔を向けられる。
「ゴメン。俺、最低だったよな……」
「二股は酷いって思ったわ。でも最低だとは思っていない。それよりも助けてくれてありがとう。庇われなかったら、大怪我を負っていたかもって聞いているわ」
「突き飛ばした俺が言う事じゃないけど、女に暴力を振るうなんて最低な男がすることだ。それもよってたかってなんて……」
思い出したのだろう、ぐっと感情を堪えている。
「突き飛ばしたんじゃなくて小突いたつもりだったんでしょう? 少し感情的になり過ぎて力がはいったけれど」
ダニエルさまは口の中で「そう」と言ったけれど、すぐに「でも暴力には違いないから」と否定して、言い訳はしなかった。
「助けてくれた事実は変わらないわ。それで帳消しとは言えないけれど、でも私の知っているダニエルさまに戻ってくれて嬉しい」
「ありがとう、そう言ってくれて……」
再びの笑顔は吹っ切れた感じだった。
「その……」
ダニエルさまが続けて何か言おうとしたそのとき、御者の「そろそろ……」という声が割って入る。
「じゃあ……。今よりマシになってから帰ってくる」
「ええ、無事で帰ってきて。待っているから」
馬車に乗る直前に手を振るから、私も手を振り返した。
「帰ろうか……」
馬車が見えなくなったところで、お兄さまが帰宅の言葉を口にする。
「そうね……」
次に会えるときは、以前のようにわだかまりがなくなっていれば良いなと思いながら、私も馬車に乗り込んだ。
「留学はダニエルにとって悪くない結果だと思うよ」
「そうよね……」
お兄さまが学園に行ったときに教師から言われたのは、キャンディさまたちから引き離すためにも、停学期間は短縮しない方がよいだろう、という話だった。
信奉者の多くは、以前の素行に問題はなかったらしい。品行方正で通っている生徒も少なくなかったから、どうしてと周囲が困惑していたのだとか。
キャンディさまのことがなくても、成績や素行が悪くて退学の可能性があったのはごく一部。私に暴力を振るった生徒はその素行が悪い生徒たち。
だから即退学処分になったのだけれど、ダニエルさまは取り巻きとして徒党を組んでいたわけではない。一年生の女子生徒に威圧的な態度を取るどころか、キャンディさまとの交際以外に問題行動は一つもなかった。
そのため変われるのか、長い目で見守られていたらしい。
今回の事件をきっかけに、キャンディさまとの距離を置けるようにというのは、学園側の配慮であり、そのための停学でもあったのだ。
次の年度まで休学して一年留年するか、いっそのこと留学するのも良いだろうと、教師がテルフォート伯爵に提案したのだと、処分軽減の嘆願に行ったお兄さまが説明を受けて帰宅した。
そして早めに出立すれば新学期には間に合うだろうという、テルフォート伯爵の決断で、今日、留学が確定する前に屋敷を出られた。今は王都の街屋敷に居るよりも、隣国に出てしまった方が悪い影響も少ないからと。
ダニエルさまはいまだにキャンディさまへの好意は持っている。
でも自分の気持ちがわからなくなりつつあるみたい。
食堂での婚約破棄のとき、ダニエルさまは一人だった。一緒に連れ立ってきたように見えた男子生徒たちは、ただ勝手についてきただけ。
キャンディさまのことは敢えて置いてきたらしい。渦中から遠ざけたくて。
でもいつの間にか食堂にいて、暴力を振るわれたセラフィナを嗤って見ていた。視界に入ったその姿に、見た目通りの可憐なだけの少女なのか、疑問を持ったのもまた事実で。
留学を決めたのは父親であるテルフォート伯爵だけれど、ダニエルさま自身も、距離を置きたいと隣国行きに賛成したらしい。もう一度、自分を見つめ直すのと同時に、疎かになっていた勉学に打ち込んで、落ち込んでいる成績を取り戻すのだと笑って言っていた。
家族からの信頼は現在ゼロになっていて、今回の留学も一人で行かせるのは危ないからと、伯爵とお兄さまが付き添われている。伯爵の方は新学期が始まってしばらくしたら帰国するらしいけれど、お兄さまの方は留学期間が終わるまでずっと一緒らしい。
時々はお母さまである夫人や伯爵も顔を出すというから、随分と大切にされている。
「私のどこが悪かったのかしら……?」
結婚相手と紹介されたときから、そういった相手に見えなくて悩んでいたと聞いている。
「悪いとか悪くないという話ではないだろう。色恋というのは善悪で決められるものではない」
お兄さまが慰めてくれるけれど、でも見られないのは淋しいし悲しい。
「友人としては楽しいが、どうしても恋情は抱けそうもない。そういった心の葛藤が付け込まれるきっかけだったのかもしれないよ」
ちょっとカッコつけなところがあって、同い年なのにお兄さんぶってみたり。ちょっとヤンチャな男の子は、歳を重ねても全然変わらないヤンチャなままで。
「でも私は好きでした」
「相手も同じ気持ちを返してくれるとは限らないということだよ」
馬車の中でホロリと涙を零す。
初恋につける終止符のように……。




