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06. 女神の信奉者たち

 多くの男子生徒が停学処分になったのは突然のことだった。


 一年生の約三分の一、二年生と三年生の約五分の一、四年生のごく一部の生徒への処分は、前代未聞の不祥事である。

 停学の理由は、女子生徒に対する度重なる恫喝が、行き過ぎていたというものだった。


 私がリーナさまと知り合って約二か月後。

 あのとき踏みしめて音と感触を楽しんだ落葉はすっかりなくなって、今では薄っすらと雪化粧になっている。


 何故、私がお兄さまに話を持ち込んでから、こんなにも時間がかかったかといえば、より詳細な調査と、加害者と被害者の関係を清算するのに手間取ったからだった。

 特に関係清算は大変だったらしい。被害にあっていた女子生徒の多くは下位貴族であり、加害側の男子生徒は上位貴族だった。


 一部、我が家のような財政難の上位貴族の女子生徒や、大手商会の会頭を親に持つ男子生徒もいたけれど、(おおよそ)はそんな感じ。


 そんな中で男子生徒を処分してしまうと、家の力関係で委縮する女子生徒が、今以上に辛い立場になるかもしれない。だから先行して利害関係を清算するべく動いたのだと聞いている。

 もちろん後ろ盾のない女子生徒の家に、圧力がかからないように手も打ったらしい。


 官吏の中に話を持ち込んだお兄さまは、まず学園内に女子生徒がいる家族と情報を共有した。みんなで一つ一つ問題を解決して回り、男子生徒が処分されたことで、女子生徒に圧力をかけられない状態にするのは、時間が必要だったと言っていた。


「いつかは処分が下るとは思っていたけど、ようやくだったわね」

 ダリアは驚くどころか、何故もっと早くしなかったのかと学園の姿勢に批判的。


「有名だったの? 私は二か月前に知ったばかりなのだけれど……」

 偶然、リーナさまと出会って初めて知ったことだったけれど、ダリアの落ち着いた様子を見る限り、割と知られた事かもしれない。


「ええ。人目につかないように動いていたみたいだけど、人数も回数も多かったから。一年生以外でも鈍い人以外は数か月前に気付いていたと思うわ」

「……そうだったのね」

 ずっとダニエルさまのことしか考えていなくて恥ずかしい。

 周囲に目を配らなければ、いつか足元を掬われてしまう。


「セラフィナは自分のことに手一杯だったから、気付かなくても仕方がないわ」

「心配かけてたわね。ごめんなさい」

「気にしないで。私も話を聞くだけで、手を差し伸べることはできなかったもの」


 結婚は親が決めることだから、当事者でも子供たちがどうこうできるものでもない。ずっと泣き言に付き合ってくれただけで充分ありがたい。


「停学者の人数の割に驚く人が少ないのは、知ってる人が多かったからなのね。それにしても渦中の女子生徒はお咎めがないのは驚いたわ」

「本当に……。見返りもなくただ動くって凄いことだわ。それもあんな人数だもの」


 私が驚いているように、ダリアも驚いている。

 キャンディさまは無関係とは言い難いのだけど、同級生を始めとする男子生徒が勝手に行動しただけで、本人は何もしていない。


 しかも私が見た通り、適切な友人としての距離を取り続け、何ら不審な言動はなかったのだ。

 男子生徒側の片思いが暴走した結果なのだとか。


 ――見返りもないのにただの友人のために、自分を犠牲にできるもの?


 私の疑問は、その他大勢の疑問でもあった。

 一人二人だったら、庇護欲を掻き立てられる彼女の微笑みに、勘違いしたのだと思うだろう。

 でも数十人が同じ相手に勘違いするなんて、ありえるものなのかと。


「でも処分は十日の停学だけなんて。あんなに女子生徒を怖がらせていたのに……」

 ダリアはそのことが不満みたい。


「そうね。でもきっと暴行事件として扱われなかったから仕方がないのかも。だけれど次はもっと重い処分になるから、彼等も自重して、被害者が出なくなるんじゃないかしら?」

 警告であり、態度を改めなければ次は退学が待っていると匂わせる意味合いが強そうだ。


「これで本当に行動を改めるなら、良いのだけれど……」

 言外に「無理じゃないか」と匂わせながら、更にダリアは不満を漏らす。

 処分内容にまったく納得していない。


 実は処分された男子生徒の名簿が、各省庁に出回っていていること。三年後に王宮勤めをしたいと思っても、閑職に回される可能性が高いと、私はお兄さまから聞かされたから知っている。


 だけれどダリアには話せない。処分されるために動いたことがバレてしまう可能性があるのはもちろん、よく一緒にいるダリアまで恨みを買う可能性があるから。

 絶対にバレないようにしないと……。




「お兄さま、学園ではかなりの騒ぎになりましたわ」

「そうだろうね、前代未聞の醜聞だ」

「でも、女子生徒はこれで学園が安全になるかもと、歓迎しているみたいです」

 いつもと変りない様子は、大きなことをやり遂げたようには見えない。


「確かに家同士だけの関係なら下位貴族が高位貴族に適わないけどね。役人が結託すれば逆転は可能なんだよ。下位貴族だと家で次男以下を養えない場合が多いから、高位貴族の子弟よりも官吏を目指す者が多い。身内以外の、不正を嫌う同僚や上司を撒き込んだり、被害者家族同士が団結すれば勝算は十分にある。ついでに無能な教師にも釘をさせたから、成果としては満足かな」


 ワインを傾けながら……借金問題が片付くまで一度として食卓に上らなかった、我が家の贅沢品と夕食に舌鼓を打つ。本当に嬉しそうだ。


 お兄さまは私に甘い。きっと被害にあった女子生徒を、私に重ね合わせて怒りを覚えたのだと思う。事件にケリをつけるために行動していたときは、ピリピリしていて怖かった。

 今日、処分されたことで肩の荷を下ろしたのか、いつもの優しいお兄さまが戻ってきた。


「処分が軽いって、女子生徒の中では不満も多いですけれど……」

 ダリアだけでなく、学園のあちらこちらで噂されていた。


 そのほとんどが、あれほど問題になっていたのに、処分が軽すぎるというもの。

 私は加害生徒の名簿が王宮で出回っているのを知っているけれど、知らなければ不満に思っても仕方がない気がする。


「大丈夫だよ。関係者の身内が本当の処分内容をおしえるだろうから。被害にあった女の子たちも納得するだろうね」

 無関係な女子生徒には不満は残るだろう。でも被害にあった女子生徒たちは納得すると思おう。

 加害の男子生徒たちは、きっと青い顔で大人しくなるだろう。

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