04. 婚約の行方
「今日、テルフォート伯爵と話し合ってきたよ」
ダニエルさまの素行を自分で調べた結果、私が言うように浮気をしているだけでなく、学園内で顰蹙を買うほど、浮気相手との物理的な距離が近いことを知って腹を立てていた。
元々、テルフォート伯爵が大物風を吹かせるため、我が家では評判が良くない。しかし次男のダニエルと私の関係が良好だったため、婚約が続いていた側面もある。
もし最初から険悪だったら、圧力をかけられての縁だったとしても、他の貴族に仲介してもらって縁切りすることは可能だった。家格や財政に大きな差があるとはいえ、どちらも同じ伯爵家だからだ。結んだ縁を切るほどの力はなくても、結ばない程度の力はあるのだから。
もっともテルフォート伯爵はそこまで非道というほどでもないので、当事者の二人が嫌い合っていたり相性が悪すぎだったりしたら、婚約を結ぼうとか、無理に結婚させようと思わなかったとも思う。絶対に逃がせない縁でない限り、と但し書きが付くけれど。
我が家は縁を結ぶ価値は十分にあるけれど、代わりがないほど重要ではなく、言ってしまえば『その程度』の縁でしかない。
「それでどうなりましたの?」
「向こうも寝耳に水で驚いておられた。しかし素行が悪すぎるのは困るという苦言は聞き入れてもらえたよ。若気の至りといっても、ものには限度というものがあるからね。流石に家の醜聞になりかねない程となれば、当主として諫めることもあるだろうよ」
「まあ、ではご当主が公認されていないと?」
二人の交際を許しはしないと思っていたから、やっぱりという感じ。でも一応、確認はしておく。
可愛らしいけれど、キャンディ様にはそれだけしかない。ご実家のヘイデン男爵家は小さくて特色もなく、テルフォート伯爵家にとって結びつく利点はなかった。せめて領地が近ければ話は違ってきたのだろうけれど。条件的にまったく旨味がないから、政略結婚の可能性もほぼない。どうあってもテルフォート伯爵が二人の交際を認める日はこないだろう。
「そういうことだ。今すぐの婚約解消は難しかったが、今年度中に二人の仲が戻らなければ、婚約解消すると同意を得た。契約書も新たに書き直してきたよ」
「そうでしたか」
ほっとしながら頷く。
今すぐの解消は難しかったみたいだけれど、大きな前進だ。きっとダニエルさまとキャンディさまが、半年程度で行動を見直すとは思えないから。
実質、婚約解消の言質をとったようなものだった。今のダニエルさまと一緒になりたいという気持ちは残っておらず、きれいさっぱり霧散している。
「最初はダニエルの卒業までという話だったが、今の状況で残り二年弱も待つのは難しいからね。我が家の借金はテルフォート伯爵家の支援がなくとも、どうにかなる目途が立っている。向こうもこちらの領地を通る街道以外に、新たに整備された街道を使うようになったから、以前ほどお前たち二人の婚約が重要ではなくなったからね」
「状況が変わったのは事実ですが、面子を潰されたと怒りだすかと思っていました」
「最初にダニエルの素行調査の結果を出したからね。父親は付き合うには癖が強すぎて、正直敬遠したい相手だが、息子の行状をこちらの所為にするのは、無理がありすぎると理解できるくらいには筋を通す人物だよ」
多少、棘を含んだ言い方だけれど事実だった。
テルフォート伯爵は押しが強すぎるだけでなく、癖の強い人物なのだ。
「そうでしたか……。てっきり自分の利益しか考えてない人だと思ってました」
強引な取引や権力に飽かせた言動など、正直に言えば下種なところが多い人物で、ダニエルさまに好意を持っていた当時でさえ苦手な相手だった。ただ違法行為やそれに準じた行動まではしない分別があることだけは知っている。息子たちの幸福を第一には考えていないけれど、不幸にする気がないことも。
だから政略の駒として利用はするけれど、相性の悪い相手との縁を無理矢理結ばせることはしない。
「結局のところセラフィナたちの婚約は利がある反面、出費という不利益もある。天秤にかければどちらにも傾かない程度でしかない。だったら我が家と縁を結ぶ以上に有利な家と、息子を縁組させたいってことだろう。間違っても田舎の男爵家の娘との結婚はない」
お兄さまの考えは私の考えと一致していた。
キャンディさまのご実家と縁を事業提携するような利点はない。何よりヘイデン男爵家には息子が三人いる。キャンディさまの上に二人と下に一人。だからよほどのことが無い限り、結婚してもダニエルさまが跡を継ぐことはない。男爵家としてはそれなりに収入は多い方だけれど、下位貴族としてそこそこなだけであって、平均的な伯爵家と比べれば大したことはない。
次男であり跡取りでないダニエルさまは就職先を探さなくてはいけないけれど、ヘイデン男爵家に有力なコネがあると聞いたことはない。
そんな無い無い尽くしの相手と、お互いに好意があるからと言って結婚を許すとは思えなかった。
「反対された結果、こちらに火の粉が降りかかってこなければ良いのですが……」
「そんな阿呆なことはしないだろうよ。今は相手に夢中過ぎて周囲が見えないが、そこまで話の判らない莫迦ではないだろう?」
ダニエルさまはあまり深く物事を考えないきらいはあったけれど、非常識ではなかった。関係が良好だったころは。でも今は周囲の冷ややかな目に気付きもしない。私との婚約を解消するという、筋を通す気もないようだ。
「どうでしょう? 以前は普通でしたが、今は周囲が引くくらい考えなしですもの」
不当に貶める気はないけれど、今の婚約者を見ているとまるで別人のように愚かで、信用できない自分がいた。
* * *
「このままだと婚約を解消することになりそうよ」
「良かったじゃない。縁が切れて」
同級生のダリアとは学園入学以来の付き合い。ずっとすごく気が合って、今では親友と言って差し支えない間柄になっている。
私は食堂で昼食をいただきながら、昨日、お兄さまから聞いた話を伝える。彼女にはダニエルさまのことでずっと心配をかけていた。
食堂にはダニエルさまとキャンディさまが、仲睦まじく食事を摂っているけれど、もう気にはならない。
リーナさまと知り合うまでは、お二人の周囲のことまで気が付いていなかった。確かに周囲にまで広げて見てみると、お二人の周囲は男子生徒が取り巻いている。
それはとても不自然なことで。
男女が偶然とはいえ隣に座るのは憚られるから、婚約者や身内でもない限り、異性との間には一つ席を空けるくらいの配慮をしつつも男子女子混ざって座るのが普通。でもキャンディさまの周囲に、女子生徒が一切座らない。隙がないほど幾重に男子生徒が陣取っているのもあるけれど、どちらかといえば女子生徒が忌避している感じだった。
まるで王族の姫を守る親衛隊のように、キャンディさまを守っているということだろうか。
私は一瞥した後、意識から彼らを排除して、向かいに座るダリアに婚約の行方について説明する。
「まだ切れてないけれど、今年度中に私たち二人の関係が元通りにならなければという条件付きで、婚約解消が決まったわ」
「随分と長いわね」
ダリアは美しい顔を少しだけしかめる。
二年生になってまだ数か月だから年度末は随分と先だけれど、それまでにダニエルさまとキャンディさまが別れて、更に私とダニエルさまが再構築を始めたとして、期限までに元通りになるかと言われれば難しい。失った信用は直ぐには戻らないから。
「お二人が別れるというだけではなくて、私たち二人の関係が元通りになればという条件だから、むしろ短いと言えるわ。それに多分、無理だと思っているもの。婚約者がいるのに新たな縁を探すのは不義理かもしれない。だけど先日話した通り、水面下で探すつもりよ。お兄さまは良い顔をしないと思うけれど」
ダニエルさまの不実に泣く日々から立ち直った直後、ダリアにだけ話していたのだ。次のお相手を探そうかと思うわと。
「お兄さまが正しいわ。とはいえ学園を卒業してしまったら出会いは極端に減るもの。セラフィナの気持ちも判りますわ」
恋愛結婚の場合、学園で相手を探すのが普通。政略の場合でも、女性の場合は親か親戚が学園卒業までに相手を見つけてくることが多い。卒業した後は社交界に出入りするから出会いは増える。とはいえ女性でそこまで残っているのは、訳アリ物件になってしまう。男性の場合は一人前になってから探すという感じで、特に問題にはならないのに……。
実際、お兄さまも就職してから数年が経ち、ようやく平から昇進して役職が付いたから、結婚相手が見つかったのだ。
「とはいえお相手を探すというのも難しいわ。表立って動けないというのもあるけれど、どうやって出会えば良いのかと考えると……」
男女共学だから、昔の男女別々の学校に通っていた時代や、同じ学園とはいえ教室も食堂も別だった時代と比べれば、今は出会い自体は多いといえる。
でもやはり自然と同性同士で固まってしまうし、男子生徒とは挨拶と必要な会話以上はしたことがない。
「せめて異性のお友達が欲しいですわ」
私は溜息交じりに呟く。
「まあそうなるわよね」
私と同じ状況のダリアも、同様の意見だったみたいだ。




