03. 学園の問題
ダニエルの家名をテルフォートに変更しました。
「お兄さま、お話がありますの」
リーナさまと出会ったその日の夜、お兄さまの部屋に向かった。
「どうした、改まって」
「実は最近、学園に問題がありして。しかも教師の対応が悪いのです」
「それを僕に言われても解決はできないよ」
「ええ、そうかもしれません。でも上の方にお話しくださるくらいはできるでしょう? 少しは改善するかもしれません」
お兄さまは王宮に出仕される官吏だ。
省庁間は派閥もあって仲が悪い。だから学園など教育機関とお兄さまが務める内務省との間で、やりとりができるとは思えない。
でも問題が深刻であり、権力を持った人が動けば越権はできると思うのだ。
「令嬢が学園で傷つけられる可能性がありますの。それも複数。なのに先生方は及び腰なのは、問題だと思いませんか」
「取り合えず話を聞こうか」
お兄さまが聞く気になったところで、私はリーナさまから聞いた話をする。
「今年の一年生に問題の女子生徒がおりますの。彼女は一人の男子生徒とお付き合いをしていて、その方に婚約者がいます。それは問題ではありますが、本質ではありません」
「婚約者がいる相手と知って付き合うのが問題ではない……?」
「ええ、それ以上の問題がありまして。彼女が原因というよりも、彼女を慕う男子生徒が問題なのですけれど……」
私は一旦、言葉を切ってお兄さまの顔を見る。だけど無駄な時間を費やしていると思っているのか、妹を案じているのか、表情から伺い知ることはできない。
「そのご令嬢は大変庇護欲をかき立てられる方なのです。でもいつも人に世話されて当然という態度ですと、お友達はできませんでしょう? だけれど可愛らしいお顔と相まって、男子生徒の信奉者が多いのです。いつも男子生徒に取り囲まれております。とはいえ令嬢と信奉する男子生徒たちとの間は適切な距離があるので、不適切だとか不埒だとか誹られるほどにはなりません。なのでこれも良いのです」
「それは本当に良いのか……?」
少しお兄さまの眉間に皺が寄る。
本当に問題がないのか、疑問視しているようだった。
「ええ、適切な距離を置いてますもの。それよりも問題は、お友達ができないのは、女子生徒が令嬢を無視しているのだとか、嫌がらせをしていると泣きついていることです。彼女の言葉を妄信する信奉者たちが、女子生徒を無暗に攻撃していることです。今日、人目のつかない場所に女子生徒一人を連れだして、男子生徒が複数人で取り囲んでおりましたわ」
「……確かに問題があるな」
「ええ、ですがよくあることらしいのです。そして先生方も把握していて、目に付けば注意をするようですが、目の届きにくい場所では知らない振り。生徒の安全に気を配ったり、巡回するといったことはされていないようです。女子生徒たちには自衛するようにおっしゃるばかりで……」
言いながらリーナさまの困り切った顔を思い出す。
誰にも頼れなくて辛そうだった。
「それでなぜお前は知った? 人のいない所に行ったのはどうしてだ?」
「学園内ですもの、人の気配が無いといっても安全は担保されていると思うではありませんか。今日、自分の目で見るまで、一年生の間にこんな問題が出ているなんて知りませんでした。だから中庭を散歩したのです」
お兄さまも同じ学園を卒業しているのだからどういう場所だか知っている。本来なら人目がなくても安全だということも。
「彼らは令嬢が孤立する度に、原因を周囲の女子生徒に押し付け、恫喝するそうです。それも下位貴族の生徒ばかりを」
「上位貴族に目を付けられたくないか。姑息だな」
苦い顔になった。
男子生徒と女子生徒の実家の力関係を瞬時に理解したらしい。
「ええ、我が家のような下位貴族以下の暮らししかできない上位貴族は別みたいですけれどね」
卑怯だと思う。それに実家の威を借りて威張るなんてみっともない。
「私も今日初めて知りましたから詳しくはありませんが、皆さま一度は怖い思いをされたようですね。今は令嬢と同じ学年の女子生徒だけですが、この後、どうなるかは判りません。信奉者は二年生を始め違う学年にも増えつつあるらしいですから。それと今は呼び出して恫喝するだけですけれど、もっと過激な行動に出る可能性が充分あります。以前は人前で嫌味を言うのが恫喝に変わって、今は人気のない所に連れ出して、という状況なので」
行動が過激になってきている。
このままでは暴力に訴える可能性もあると示唆も忘れない。
「それは……しかし一人だけの言葉では信用が足らないな」
「証拠を挙げられたら動いてくださるというのなら、複数の証言を集めますわ。下級生たちが学園で怖い思いをするなんて嫌ですもの」
半月後、私は聞き取り調査をした結果をお兄さまに渡す。
始めた当初、一か月以上かかると思っていたけれど、毎日どこかしらで女子生徒が呼び出され、恫喝されていたからあっという間に証拠が積み上がっていったのだ。
放課後に人が少なそうな場所を歩くだけで、リーナさまのような下級生が見つかった。本当は介入したかったけれど、私の顔を男子生徒に晒したくなかったので、わざと足音を立てて男子生徒を立ち去らせるだけに止め、一人になった女子生徒にどんな理由で呼び出されたか質問した。
リーナさま自身は男子生徒からも女子生徒からも身を隠してもらっている。私はたまたま通りがかっただけの上級生。被害者は世間話の体で何があったかを話して別れる。お互い名乗らない。だけどリーナさまのお陰で、被害者と加害者の名前、具体的な被害の状況を日時付きで記録できた。
大雑把だけど二年生の顔と名前を覚えた後は、私一人の時でも学園の中を回り、呼び出されている女子生徒と呼び出している男子生徒を記録していった。
「たった半月でこれほど集まるとは……」
記録の束を受け取ったお兄さまは驚きを隠せなかった。
「最初の五日ほどは放課後だけ、後は昼休みと放課後ですが、まあ酷いものでした。被害を受ける女子生徒は一年生だけでしたけれど、恫喝する方は二年生や三年生もいらっしゃいました」
二年生なら私が全員わかった。三年生はリーナさまが知っていた。何でもよく一年生の教室付近で見かけるのだとか。
「中身も酷いな……。セラフィナの調査が無駄にならないように立ち回ってみるよ」
渋面のまま書類を鞄に仕舞った。
「お願いね、お兄さま」
「ああ、それと令嬢の恋人がダニエルとは、笑えない冗談だ」
調査書の最後に令嬢の名前と恋人の名前を記載したのを見たのだろう。
「そうなのよね、私が動くと私怨だと思われかねなくて。でも流石に見ない振りは嫌だったの」
困ったときの救いの手の有難さを嫌というほど知っている。
リーナさまたちの救いの手になりたいと思うのは、差し伸べてくれる手のありがたさを、身をもって知っているから。
お祖父さまの薬代が嵩んで没落寸前になったとき、ほとんどの親族にそっぽを向かれた。しかも残り少ない財産を奪おうと集った後で。結局、借金付きの爵位以外は何も奪えないと知って、波が引くように去っていった。
そんな中、ただ一人、残って助けてくれたのが母方の叔父さまだった。私たち兄妹が学園に通えているのも、その叔父さまのお陰。
だから私も、助けがない方々に手を差し伸べたいと思っている。自分達の足元を固めろと言われそうだけれど。
「一年生の女子生徒を助けるのと同時に、お前の方も何とかしないといけないな」
未だどう関係を清算するか悩んでいると聞いている。
当主権限をお父さまから捥ぎ取り、それなりに実績を上げているとはいえ、状況的になかなか難しいらしい。学園で少し破目を外したくらいで、と言われてしまうのだとか。これはテルフォート伯爵が、というよりも男性優位の社会ならではの弊害。
けれど流石に今の状況は見過ごせない、と考えて良いのかしら?




