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24. ドミニク・アールグレーン家の澱

 次の捜索先はお祖父さまの弟にあたる五男、ドミニク大叔父さまの興した分家。


 私を襲おうとした再従兄弟の屋敷だ。

 ボートン家からは表帳簿の差分のみを持ってきている。分家の帳簿の補間になりそうだ。


 先ほどは執務室を捜索しただけで、あとは気になって寝室などを見て回っただけだから、一刻もかからずに済んだけれど、今度はどうだろう?


「少しやりにくいかも。一応分家だもの、きっと偉そうに色々言ってくるわ」

「そうだろうね。でもまあここは兵力に物を言わせても良いかなと思ってるよ」

 先ほどは初めて聞いたお兄さまの酷薄そうな声音に驚いたけれど、既にいつも通りの穏やかな口調に戻っている。


 まだ領地に住んでいた頃、我が家にやって来る大叔父さまや従叔父はいつも、年長者を立てろとお父さまに偉そうだった。後からお祖父さまにやりこめられていたけれど。


「声が大きくて、苦手なのよね、みんな」

 分家の当主たちはとても偉そうで、正直言って今でもあんまり顔を合わせたくない。


「まあこれが最後か、最後から二番目の顔合わせだと思えば」

 最後が何時とは言わないけれど、きっと処分を告げるとき。


「わかってはいるの。こんなことがあったのだから、解決した後は会わなくなるって。でもなんて言うか苦手なのよ」

 不正までなら多少の制裁だけで済ませられるけれど、私たちを害そうとした相手まで軽い処罰では済ませられない。最低でも貸与している準男爵位は剥奪する。


 とはいえただ放逐しただけでは生活に窮して、何をしでかすかわからないから野放しにはできない。

 横領をするような人を事務仕事には回せないし、女性の尊厳を奪って言いなりにしようとする人を、まっとうな場所に住まわすのも難しい。


 近づくにつれ気分が重くなるけれど仕方がない。

 嫌な気持ちが拭えないまま、それでも次期当主というか、既に当主なのだから、忍耐でもって我慢しようと思いつつ馬車を降りた。


「どういうことだ! いくら当主とはいえやって良い範疇を越えているぞ!」

 私たちを見るなり、大叔父さまが唾を飛ばしながら大声を上げた。

 歳甲斐なく感情を(たかぶ)らせるから、憤死するんじゃないかと思ってしまう。


「当主どころか分家に過ぎないのに、弁えない方がどうだと思うけどね」

 ボートン家の時と同じように冷たい目でお兄さまが見据える。


 当主になったばかりの私ではなくお兄さまが矢面に立つのは、逆恨みから何かされる危険回避のため。家を出るお兄さまの方が、被害に遭いにくいだろうという配慮だった。


 当主の座に着いたのは私なのだからと断ったのだけれど、問題のある家を妹に任せてしまったのだから、兄としてこれくらいはと言われ任せることにした。アルヴィンさまからも、その方が良いと言われたのもある。「兄として良い所を見せたいんだよ」なんて軽い口を叩いたけれど、本当は私の罪悪感を少なくする方便だろう。


「ごめんなさい、お兄さま」

「こういうときは『よろしくね、お兄さま』と言うんだよ」

 思わず涙が零れそうだった。


「妹に手を掛けようとして開き直るなんてね。弁えないにもほどがあるよね」

 口元は笑っているのに、目は笑っていない。

 それどころか剣呑な光を湛え、いまにも食い殺しそうな獰猛さを秘めていた。


 こんなに怖い顔のお兄さまを見たことがない。

 先ほどと同様、分家家族――大叔父夫婦と従叔父夫婦、再従兄弟……押し入ってきたカイルの弟の五人――が食堂に集められている。未明の拘束であっても服装が整っているのも、先ほどと一緒。


「大叔父上や叔父上がカイルをけしかけたと本人は言っていますが、首謀者は誰です?」

「誰だって良いだろう! 結局、カイルは失敗してお前の妹は無傷なんだからな!」

「そうよ、だから解放しなさい!」


 虚勢? それとも本気でどうでも良いと思っているのかしら?

 もともとあまり好意的に思っていなかった人たちだけれど、もう同じ親戚だとは思えない。


「行こうか」

「そうね……」


 アルヴィンさまが私にだけ聞こえるような小声で退室を則す。

 ここに居ても辛いだけだもの。私たちには私たちでやることもあるのだし。




「隠す気がまったくなかったのね」


 ボートン家の執務室以上に、簡単に裏帳簿が見つかった。

 場所はなんと机の一番下の引き出し。堂々と見えるようにしまってあったのだ。


 ボートン家にあった表帳簿の差分はこれから記載する部分。一度に書き込むのは大変だろうからと、少しずつ作っていたらしい。お金の流れ的にも大体あってはいる。


 裏帳簿の方には高価な宝飾品などをいくつも買った記録が残っていた。収入と支出のどちらも、領地のお父さまと王都の私たち兄妹の分を合わせてたよりも多い。


「大叔母さまは貴族の令嬢だったから、贅沢が忘れられなかったのかしら? 後を継がない五男に嫁いだのだから、庶民よりは良い程度の暮らししかできないってわかりそうなものなのに」


「人は一度覚えた贅沢を忘れられないものだし、生活水準を落とすのはとても難しいですからね」


「だったら跡取りの長男か、せめて上級官吏になった次男以下を狙うべきだったわ。裏帳簿にあるような生活くらいできたのだから」

 もっとも相手が大叔母さまを選ぶかわからないけれど。


「どうしたものかしらね。財産を手切れ金として放逐するのが良いか、我が家に与えた損害分を回収して飼い殺しにするのが良いか」

 きっとお父さまに相談したら後者を選ぶだろう。非情になりきれないから。


「セラフィナが同じ領地に住んでいても我慢できるか、というのが基準になるんじゃないかな」

「だったら放逐一択だわ。無理だもの、そんなケダモノみたいな人が身近に暮らしてるなんて」


「それが答えだ」


 自分勝手な気持ちで一つの家族を破滅させて良いのかわからないけれど、アルヴィンさまはきっと協力してくれる。お兄さまも。

 そう思ったら多少なりとも気持ちが軽くなった。


「ありがとう……」

「どういたしまして」

 アルヴィンさまの厳しい目元が、ほんの少し柔らかくなった。


「一応、屋敷の中も見て回りましょうか」

 まずは大叔父夫婦の寝室から。


 衣裳部屋には貴族の社交を続けているようなドレスがたくさんあった。宝石も保管用の棚にぎっしり。

 家宝になるような贅沢な逸品はないものの、それなりに値が張るものばかり。


 従叔父(じゅうしゅくふ)夫婦――ドミニク大叔父さまの息子――の寝室も同様だった。

 とはいえこちらは、妻が貴族階級出身ではなく、裕福とはいえ平民階級の出身だからなのか派手さは控えめ。とはいえ姑に競うように買っていた感じではあった。


 既に嫁いだ娘の部屋も着替えが何枚も残っていて、気軽に遊びに来て泊っていけるようになっている。やはり上質なドレスばかり。中にはレースをたっぷり使った子供用のドレスもあった。


「これはまた、自分たちは貴族だと思っていたかのような……」

 一応、準男爵だから貴族の末端ではある。貴族の子弟しか入れない学園の入学資格も持つし。


 とはいえ爵位は我が家の持ち物でただ貸しているだけに過ぎない。体面のために名乗るのを許されている、その程度のものだ。


「これから生きていけるのかしら?」

「どうでしょう。心を入れ替えればどうにかなるでしょうが、そんな人間は最初から大それたことはしませんからね」

「そうよねえ……」


 私たちは食堂に足を向けながら、どうしたものかと話し合う。

 実際の処罰はすべてが明らかになってからと言っても、それほど複雑な帳簿の操作はなかったから、さほど時間はかからずに決着しそう。


「どうだった?」

「拍子抜けするほど簡単だったわ。あと衣装部屋が凄かった」

 階段の下で食堂から出てきたお兄さまと合流する。


 大叔父さまたちはどうだったか水を向けると、やらかした諸々のすべてを「大したことがない」と言っていたらしい。再従兄弟をたきつけた男親だけでなく、女親たちも。


「女が盲目的に父や夫に傅く時代ではないのにな」

 アルヴィンさまの言う通りだ。


 女性が爵位を継ぐのは建国まで遡る。もう二百五十年も前の話だ。

 だからなのか家長に従えという風潮はあっても夫に従えという風潮は、私の知る限りで存在しない。


 とはいえ田舎の方では、腕力にものを言わせて妻を従属させるような夫は少なくなく、アールグレーン伯爵領でも同じような風潮はあった。


 だけれど未婚の令嬢を襲って傷物にし、夫の座に着こうとするほどの暴挙は見たことも聞いたこともない。

 短慮過ぎる愚かな所業に、呆れ以外、何も感じなかった。

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