20. 家宰の悪事
領地滞在二日目の朝だった。
「お客さまでもない方々に出す料理はありません」
連れ添って食堂に行った私たちに、にべもない態度のメイドが告げた。
呆れた、私たちがどういう立場なのか知っててコレなのかと。
「誰の指示ですか?」
「言う必要が?」
不遜過ぎる言葉にイラっとはするけれど、あまりに下らなさ過ぎて腹は立たない。
「主家の者に対して不敬が正しいと思っているなら」
「……家宰です」
「わかったわ。もう下がりなさい」
命令すると礼を取るどころか「フンッ」と鼻を鳴らして立ち去る。
メイドの後ろ姿を見送った後、アルヴィンさまや侯爵たちに頭を下げた。
「我が家の使用人が申し訳ありません」
「上級使用人からの指示であれば、仕方ないだろう。それよりもお父上の不甲斐なさに呆れるよ」
クランツ侯爵の言葉に、つい溜息をつきそうになる。
「取敢えず、お父さまのところに行きましょうか」
朝食を食べ逸れた苛立ちのまま、みなでお父さまの私室に乗り込んだ。室内では家宰と二人でお茶を飲んでいる。
「私たちは客ではないから、食事を出すなと指示を出したのはどちらでしょうか?」
おはよう、と言いかけたお父さまは「お」と言ったところで言葉を遮られた。
そして驚いたように、口が開けっぱなしだった。
「確かに客ではありませんね、当主ですから。でも仕える必要がないとはなりませんよね?」
家宰の目を見据えると、鼻を鳴らしながらこちらを小莫迦にしたように見てきた。
「お嬢さまに仕えている訳ではありませんから」
「そう、ではお前はたった今から馘よ」
宣言したけれど、それでも不遜な態度は変わらなかった。
「アルヴィンさま、申し訳ありませんが、使用人を四人連れてきてください」
使用人と言っているけれど、実際は護衛。ラム侯爵とクランツ侯爵の伝手で雇った傭兵たちで、拘束後に見張るための人員だった。
「強制されなくても、荷物をまとめて出ていきますよ」
「いいえ、荷物をまとめるのは許しません。部屋の中を捜索してから、こちらでまとめた荷物だけ渡します」
昨日、代替わりしたのと同時に当主印と執務室の鍵も受け取っている。
さっそくとばかり、お兄さまとアルヴィンさまの三人で十年前の帳簿から軽く見直した。
結果、経費削減は全然なされていなかっただけでなく、常に税収が一定だった。豊作の年も不作の年も。
あり得ない……。
私たち兄妹は確かに王都に住み続けていたけれど、それは防波堤になるためである。自分たち、特に私の進学、という目的もあったけれど。
「貴族的な生活の維持ができなければ、舐められて復活は難しいですよ」
と唆して、付き合いのあった商会は生活水準を変えさせないようにしていた。バークス子爵は借金を抱えている我が家に、お金の無心にきて、以前より大幅に額が減ったとはいえ、相も変わらずわらずお金を受け取っていた。
だからお兄さまは王都に残ったのだ。お父さまを領地に押し込めて、当主代理の権限を得た上で。
私も、領地に行ったら進学できないだろうという危機感もあったけれど、お父さまと一緒では自分にとって良くないと思ったし、何よりお兄さまの力になりたくて。
それからずっと二人で頑張ってきた。
最初の頃はまったく役に立たなかったどころか、足を引っ張ってばかりだったけれど。
「やりすぎだ!」
お父さまが抗議の声を上げる。
家宰は腹立たしそうにこちらを睨むが無言だった。
「お父さまもグルだったのでしょうか?」
「何がだッ!」
私はわざとらしく溜息をつく。
目の前の二人を煽る目的で。
「十年間、領地から送られてくる税収報告に目を通しました。毎年、ほぼ同じ金額でした。それ以前もほぼ同じでしたが」
「父上の代から変わらないなら、私の代になって不正が始まったとは言えないだろう。父上がお元気なころは領地と王都を往復していたから、不正は無理だった。その頃から変わらないぞ」
「だからこそおかしいのです」
理由がわからないお父さまは段々苛立ってくる。
今更だけれど、でも自分で気づいてほしい。何が問題なのか。
「本当にわかりませんか……?」
「だから、何なのかと!」
駄目だった……。
わかってほしかったのだけれど。
でも無理なら残念だけれど、今後一切、領地経営から手を引かせなければいけない。
本当だったら、叔父さまや大叔父さまのように、手伝いをしてほしかったのだけれど、それも難しい。
「十年間のうち七年は豊作でした。二年は例年通り、一年は不作だったとはいえ、大した被害はありませんでした。特にお祖父さまが倒れてから五年間、豊作が続いたのですが、なぜか税収は一緒でした。出来高に対して税が掛けられるのに、おかしいと思いませんでしたか?」
「王都と領地では天候は違う」
家宰が莫迦にしたように返した。
下らない挑発だった。反応する価値もない。
「テルフォート伯爵領を始めタリアン男爵家やベルトン子爵家など、複数の領主に確認を取った結果です。大雑把に各年の出来高も教えていただきました。例年を一として、大体どれくらい前後したのか。そして不作なのに、例年通りの収入があったのか。税率も確認しましたが一度として変わっていません。おかしいと思いませんか」
「それは……」
「間違いなく、誰かが中抜きしていなければ起きないのです。決して少なくない額です。それまで誠実に仕えていたとしても、処分しなければならないほど」
お父さまの顔は血の気が引いて真っ白だった。家宰にも焦りが見え始める。額に脂汗が浮いている。
お父さまの変貌は当然だろう、信頼していた中に、横領に手を染めた者がいるのだから。
そして家宰は間違いなく関わっていて狼狽えた。
お祖父さまの代から我が家に仕えている。信頼できる家臣から裏切られるのは如何ほどのことか。
「ですから、今朝のことがなくても家宰は一旦拘束する予定でした。申し訳ありませんが、お父さまもしばらくはこの部屋でお過ごしください」
「私は知らない!」
「ええ、多分知らないと思っています。でもお父さまの口から話が漏れるのを避けるためです。例え事後でも不正に関わってほしくありません。何も知らない方が傷が少なくて済みます」
愚かだけれど悪意がないのはよくわかっている。長い間、離れて暮らしていても親子だから。
お祖父さまが亡くなられたときの涙も、お祖母さまが亡くなられたときの慟哭も知っている。お母さまが家を出られたときの悲痛な顔も。そしてお兄さまと私を抱きしめながら「ごめん」と謝ったときの切なさも。
だからこそ仕事ができなくても、領地経営の手伝いをしてほしいと思っていた。少なくとも領民の意見を聞き取るくらいはできると思っていたから。
「残念です」
そう言うと、お父さまに一礼して部屋を出た。外でお兄さまと合流する。護衛を四人と言ったけれど、連れているのは六人。拘束する二人の見張りに二人ずつ配置するほか、私たちに二人付けられるように。
捜索中に邪魔をされないためには、私たちにも護衛は必要だった。
「うーん、見つかりませんね」
買い物をしていたとして、領収書など証拠になりそうな物を残しているとは思わなかった。
「お兄さまの方はどうですか?」
「こっちもみつからないな……」
でも物証は出てくると思ったのだ。当たり年のワインだとか一見わからないけけれど上質な衣服だとか。
そう思ったのに出てくるのは報酬の記録と几帳面に付けている支払い記録だけ。給料の範囲でやり繰りしているから何ら問題がみつからなかった。
既に二刻が経過している。
アルヴィンさまは執務室で帳簿を含めて資料に目を通してもらい、私たち兄妹で家宰の部屋を捜索しているけれど、それらしいものが何も出てこない。
まず書類関係を机に積み上げて確認したけれど、何も出てこない。
隠しているのかもと思って、本棚の本をすべて調べる。本はとても高価だとはいえ、中をくり抜いて収納箱にしていることもあれば、一見、本に見える箱があるかもしれない。重要な書類が頁の間に挟まれている可能性もあった。
飾っている絵の額を外したり、クローゼットの中や服の間も。
だけれどすべて問題なし。
困った。
このままでは放免しなくてはいけない。絶対に何かあるはずなのに。
「お兄さま……」
「困ったね」
二人で盛大に溜息をつく。
途方に暮れるとはこのことだ。
そんな中、アルヴィンさまとラム侯爵が入ってきた。
「全然見つかりません」
自分でもしょぼくれていると、わかる声だった。
「本当に何もないとは思えないのですが……」
絶対に不正をしていると確信はある。
でも証拠が出て来なければ、やってないことになってしまう。
「思ったよりも巧妙に隠しているみたいだねえ……。じゃあここは年長者の技を披露しようか。それともアルヴィン君が?」
ラム侯爵がニヤリと笑い、アルヴィンさまが同じように黒い笑みを返した。
「いえ、年長者にお任せしますよ」
その言葉を楽しそうに聞いた後、部屋の中をぐるりと歩き、机の下や寝台などを軽く見ていく。
そしておもむろに書き物机の前で膝をついた。
引き出しを開け閉めしながら中を手で探ると、突然下段の引き出しの更に下が飛び出してくる。
「――!!」
私たち兄妹は声も出ない。
まさかそんなところに、という気持ちでいっぱいになった。
ちらりとアルヴィンさまを見ると、やっぱりという顔をしている。
どうやらよくある隠し場所みたい。
「土地の権利証だね」
ラム侯爵は目を通しながら、どういった書類か読み上げる。
「庭付きの一軒家。それとこれは荘園か。……一財産だね」
「家宰なら退職した後、死ぬまで働かなくても食べるのに困らない悠々自適な生活を送れるのに……」
使用人だって通いの雑役メイドだけとはいえ雇える。特に不自由はしない。
「働いている身とはいえ、退職後は今より生活水準は下がるからね」
「そう……ではありますが」
料理は言わずに出てくるし、洗濯も掃除も下級メイドに命令してやらせる。上級使用人は雑用を自分でやる必要はないのだ。それどころかお茶の時間は下級使用人に給仕を任せて、優雅な時間を過ごせる。
そう思うと、確かに生活水準は下がるかもしれない。自由時間は増えるし、誰かの顔色を伺う必要もないけれど。
「なんてこと……」
呟くとラム侯爵から権利書を受け取った。
一軒家の価格はよくわからないけれど王都ではない。商業都市として流通の多い城塞都市の中で、庭付きの家なんて庶民には手を出せない。それなりに高給取りではあるけれど、持ち家となるとまず買えない金額である。
荘園に至っては倹しい生活を送るなら問題なさそう……。
我が家からの恩給と合わせれば通いのメイド一人どころか、下男や料理人など住み込みの使用人を何人も雇える。ちょっとした地主階級くらいの生活水準を維持できそうだった。
「身柄をお父さまの部屋から地下牢に移しましょう」
領主の館には野盗の類を一時的に拘禁するための牢がある。一通りの調査が終わるまで、そこに閉じ込めておいて、全てが詳らかになったとき、悪質な者は憲兵に引き渡しか。
幼いころお祖父さまの横で難しい顔をしながらも、真面目に働いていた家宰はもういない。遊んでくれたこともあるし、抱っこされてあやされたこともある。
忘れよう、もうすべて過去のこととしてすべて……。
小さく頭を振って気持ちを切り替える。
「お父さまの部屋に戻りましょう」
家宰を拘束し、お父さまに事実を話す。
きっと傷つくだろうけれど、でも言わなければならなかった。




