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19. 当主交代

「これからは私が当主として、領地も王都の屋敷も切り盛りしていきます」

 お兄さまから主導権を受け取って挨拶した。


「――――――――――は?」


 一斉に、私に注目が集まる。

 お兄さまが当主になったと思っていたのだろう。首席入学、首席卒業の秀才で上級官吏、何より長男だ。


 お父さままで口をあんぐり開けているけれど、書類に目を通しておいて、何故初めて知ったような顔をするのか疑問だ。


「私はこちらのラム侯爵家に婿入りするので」

「跡取りだろう!」


「セラフィナは六歳の頃から、当主代理の手伝いをしておりますよ。初めのころはままごとの延長で頼りなかったですが、十歳のときには十分、戦力になっていました。私が就職して忙しくなってからは代って帳簿を付けたり、領地からの報告書に目を通したりと、一人前と言える働きを見せていました。しかも学園での成績は優秀で上位二割に入る秀才。卒業後は王宮官吏を目指しています」


「しかし女だ!」

 大叔父さまが吠える。


「それが何か?」

「女だぞ、任せられるか!」

 お兄さまは微笑んだまま聞き流す。


「女でも皆さんより優秀です。この中に十歳で帳簿を読み、領地の状況を正確に理解できた人はいましたか?」

「必要なかったからしなかっただけだ!」


「財務官僚から、完璧と太鼓判を押されるほど優秀だったと?」

「そんなものは主観でしかない!」

「誰も上級官吏になれなかったのに?」


 貴族の次男以下――家を継げない子息は就職しなくてはいけない。一番人気は給料の良さと貴族との付き合いの多さから王宮官吏。上手く一人娘やその親の目にとまれば、入り婿になる可能性もある。叔父さまたちだって優秀であれば上級官吏を目指しただろう。あくせく働くのが嫌で中級官吏にすらならず、領地でのんびりと杜撰な管理をし続けていた。


「エリオットは優秀だろうが、妹はそうじゃないだろう?」

 学園での成績を知らないとはいえ、随分な失礼な言われ方だ。


「優秀ですよ。確かに学年首席ではありませんが、女子生徒の中で一番優秀です。上級官吏試験も、あと少し頑張れば受かりそうです」

 ここまで言われて、ようやく私が当主としてやっていけそうなことに気付いたらしい。


「だったら、妹の結婚相手は親族の誰かの息子から選ばないと!」


「何故?」

 お兄さまに変わって私が尋ねる。


「領地を盛り立ててる家の息子が必要だからだ!」

 再び「そうだ」の合唱が入った。


 無能な当主の子供たちが無能とは限らない。

 とはいえ無能な親を放置していたのだから、決して有能ではないだろう。


「正直、送られている報告書を見る限り、必要性をまったく感じません」

 出来が悪すぎる、と呟いた。確かにと私も合いの手を小さく入れた。恋愛関係でもないのに、こんな親と縁続きにはなりたいと思わない。


「年端もいかない癖に、わかった口を!」


「わかりますよ。もう帳簿を付けて六年になります。報告書は八年見続けています。だからこそ、叔父さまたちの息子と結婚する意味を見出せません」

 言い切った。


 アルヴィンさまとの結婚を死守するためにも、絶対に負けられない戦いだ。

 まさか私がここまではっきりと、意見を言うと思わなかったのか絶句している。

 その隙を縫って再び口を開く。


「借金を作ったのはお父さまで、叔父さまたちに原因はありません。でも我が家が爵位返上すれば、皆さまにも影響は大いにありました。住むところも仕事もなくなったでしょう。でもどうされました? 生活の見直しも、経費を見直してどう借金を返すか、お父さまと一緒に努力されましたか? していないでしょう? そんな方の息子と結婚なんかできません。考えたくもありません」

 無能に用はない。その影響下にある息子たちにも。


「では我々の協力は不要というのだな」

「協力しないのであれば、役職を取り上げるだけです」

 上手くやっていけるなら、それでも良い。

 でも協力しないなら必要なく、放り出す一択。


「――――なっ!」


「当然でしょう。領主の意向を無視する家臣は不要です。そもそも縁故で雇っているだけの関係です」


 役立たずの無能だと、それまでの会話の流れでわかりそうなもの。親戚だからという理由だけで、仕事と家が提供されている。利害関係はなく、能力を買っているわけでもない。


 要は義理と情だけの関係なのだ。


「ふざけるな! 今までどれほど家に尽くしたと思っている!!」

「本当に? お祖母さまを諫めた方はいなかったように思いますが?」

 誰一人として苦言を呈する人はいなかった。

 言葉を区切ると、ぐっとお腹に力を籠める。


「誰か、お祖母さまやお父さまを諫めた方はいましたか?」

 いないのを知ってて尋ねた。


 息子であるお父さまや叔父さまよりも、お祖父さまの弟である大叔父さまたちの方が、お祖母さまに強く言えただろうに。

 散財しがちな叔父さまたちはお祖母の様子を見て、自分たちが追及されずに済むと、むしろ支出を増やした人たちばかりだろう。あの頃、叔父さまや大叔父さまの姿を王都の屋敷でよく見かけた。


 お祖父さまの容態を気にして、日に一度は部屋に顔を見てはいたけれど、日中は買い物だ観劇だと遊び歩いていた。

 お祖母さまからお小遣いをもらって。


 今回、領地に来たのは、お父さまに私たち兄妹の婚約の報告をするためだけではない。叔父さまたちの不正を詳らかにして、場合によっては放逐するのが主な目的。

 だからこそ財務官僚のアルヴィンさまと一緒に来たのだから。


「セラフィナ! 言い過ぎだ!!」

 お父さまの諫める声は、ただ虚しさを感じるだけだった。


 もう何を言われても心に響かない。

 十年振りに見るお父さまは、記憶にあるよりずっと小さくて頼りなかった。


「お前はそれで良いのか、エリオット?」


「もちろんです。私からセラフィナに持ち掛けた話ですから」

 跡取りを外された、もしくは私に当主の座を奪われて悔しかろうと思ったお父さま。


 残念、お兄さまが婿入りを決めたから、突然私に当主の座が回ってきたのだ。

 だから私たち兄妹の間に合意は取れている。


「何故、婿養子など……」

「自分を買ってくれたからですね。それと令嬢がとても可愛いんですよ。気立ては良いし、思慮深くて思いやりがある。そんな女の子から熱烈に求愛されたら、落ちて当然でしょう」


 どうでも良いけれどお兄さま、婚約者父の前で盛大に惚気るのはどうかと思うわ。

 大したことないなんて謙遜するのはもっての外とはいえ……。


「それでセラフィナの方は……?」

「お父さまの作った借金を、二日できれいさっぱり消し去ってくれたのです。頼もしいではありませんか。この部屋の中で、お兄さまと同じくらい有能で頼りになります」

 一瞬で室内が静まり返った。数瞬の後にざわめきが広がる。


「ある訳がない」


「あったんですよ。取引先の不正を発見しました。我が家に不当な高額を吹っ掛けていたのを返金させました。それと不法行為に対する迷惑料を商品価格の二倍、国で定められた上限で請求した結果です。一日半で帳簿を見直して問題を見つけ、次の半日で裏取りを終わらせました。だから借金がなくなったのです。我が家の救世主ですよ」


 借金に対する利子も当然無効だった。

 年利一割五分の高利は重かった。一日でも早く完済したいと思っても、額が額だけに簡単には行かなくて。レナルド叔父さまには、本当に脛を齧らせてもらった。


「知っていますか、お父さま。私が十一歳のときに、借金を代わりに返してやるから私を嫁に寄越せと、大叔父さまくらいの年の方から提案があったのを」


 「はぁっ!?」

 意図せず出たような声だった。本当に知らなかったらしい。


「六年前に知っていたら、お父さまはどう考えましたか? 叔父さまたちは?」

 ぐるりと見回すと、気まずそうに眼を逸らされた。


「お兄さまは爵位を返上してでも私を守ると言ってくださいました。十七歳の、未だ学園に通っている身で」

「それは……!」

 お父さまははっとした顔をする。叔父さまたちはほっとした様子。


 知っていたら私を守っていたと言いたかったのか、身分を返上するのは駄目だと言いたかったのか。

 残念ながらお父さまは後者だと思っている。娘と家の両方を守れるならそうするだろうけれど、どちらか一方であれば家や自分を優先する。叔父さまたちは考えるまでもなく後者。

 ざわり、と再び室内がうるさくなった。でもギロリとお兄さまが一睨みしたら黙った。


「私を守ってくれたのはお兄さまと、お母さまの弟であるレナルド叔父さまだけです。恩があるのも二人だけ」

 目の前の叔父さまたちは含まれない。もちろんお父さまも。

 そう言い切った。


「何もしてくれなかった方々に、偉そうに言われたくありません」


 叔父さまたちが心の中で何を思っているかわからないけれど、今は何を言っても無駄なことを悟ったらしく、これ以上何も言わなかった。

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