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18-2. 父と兄妹の対決

 お兄さまや私とは、借金に対する気持ちも、心構えも何もかもが違うのだろう。わかっていたけれど失望は否めない。


 お兄さまが王都の屋敷を処分しなかったのは、没落まったなしと思われるのを避けるためなのと、私たち兄妹が学園に通う拠点を維持するため。もちろん就職してからの生活の場としても考えていた。何より拠点がなくなってしまえば、嫡男だったお兄さまはともかく、私の進学のはほぼなかっただろう。それをお兄さまは一番危惧していた。売ったところで借金が残るのも理由の一つ。


 ほかにも借金相手の商会を、お父さまと接触させないのが一番の理由。貴族の体面を理由に、色々と買い物をさせようとしていたから。

 お兄さまが当主代理の権限を手に入れ、対応を一手に引き受けてくれたお陰で、更なる借金ができずに済んだ。


 貴族の面子というのも、王都の屋敷を引き払えない理由の一つに上がる。高位貴族で王都に屋敷を持つのは常識で、手放すと足元を見られるというのもあった。引き払った上で、狭くて安い家に引っ越すのも悪手だ。貴族街とはいえ歴史ある高位貴族が住むような地域では、空き物件がなかなか出てこない。さほど裕福でない下位貴族が住むような街では、体面が保てないから却下される。贅沢気ままな暮らしているようだけれど、貴族は窮屈で思い切ったことができないだけなのだと、高額資産を好きなように売り飛ばせなかったときに思ったのだ。


 なんて不自由何だろうと。


 爵位を返上すれば、体面なんか気にせずにすべてを清算して、借金もなくなったけれど先がない。世間知らずの貴族の子息や令嬢が市井に放り出されて生活できるものではないから。


 結局、一番高値だったのは、お母さまに置いていかせた宝石類と盛装だった。家を出るときに必要だからと全部持っていこうとしたけれど、お兄さまが言ったのだ。置いていく子供たちが食べる物にも困り、飢えるのを放置しても着飾りたいのかと。流石に気まずくなったのか、必要最低限の身の回りのものだけを持って、残りは全て置いて出て行った。


 屋敷だけでなく家宝や玄関ホールや食堂、応接室など人目に付く場所の調度や美術品も売ってない。破産しそうなほど困窮していると知られれば、あっという間に付け込まれて身ぐるみが剥がされるから。多額の借金はあるけど、返せないほどではないと思われなくてはいけないから、本当に大変だった。


 使用人は年嵩で他所には行きにくい、長年仕えてくれていた数人だけ。お客さまが来ることはなかったけれど、もしもの時は残った人たちが表に出ることにはなっていた。ハリボテだけれど重要な事だった。二頭いる馬は両方手放したかったし、馬車だって手放したかった。でも高位貴族が外出に辻馬車では格好がつかないからと残さざるを得なかった。


 爵位を返上する事態になっていれば、なりふり構わずすべてを売り払ったけれど、幸いにもそこまでは至らなかった。叔父の一人が助けてくれたから。


 唯一、手を差し伸べてくれたのは、お母さまの弟に当たるレナルド叔父さまだった。お父さまのやりようにお母さま方の親族は怒り心頭で、絶縁を言い渡された。そんな中で私たち兄妹に援助してくれたおかげで、ご自分は実家から勘当されてしまったのに、それでも全力で守ってくれた。


 そしてお兄さまが王宮官吏になったときの給料額と、その場合の返済に必要な年数を提示してくれた。就職するまでに必要なお金がどれほどなのかも。逆に学園を卒業せず下級官吏や労働者として働いた場合の収入も提示し、学業の重要性を教えてくれた。


 領地から送られてくるお金は借金前の額からお父さまの経費を差し引いた分のみ。削減した必要経費と、今まで掛かっていたお母さまの分を、就職までの借金返済に割り当てた。


 レナルド叔父さまの試算よりも数年早く、借金返済の目途が立ったのは、お兄さまが就職してからも最低限しか社交をおこなわなかったから。屋敷に幼い妹を残せないと言い訳しつつ、衣装代を借金返済に回したのだった。


「結局、父上は一人の使用人も削減せず、食費の見直しすらしなかった」

 言葉を切ると、ジロリとお父さまと叔父さまたちを一瞥した。


「それで貴族らしい生活を一人満喫した父上は、どうやって借金を返済する算段をつけたのでしょうか。何年で返せる見込みだったのかおしえてください」


「領地を守っていただろう!」

「父上がいなくてもどうにかなる程度にね。それに借金の返済は一切ご協力いただけなかった」

 お父さまの顔色が悪い。


「どうやって借金を返す予定だったのか、返済計画の一端だけでも教えていただけませんか」

「お父上は我々と一致協力していた!」


「生活水準の見直しも、経費削減や借金の返済には非協力でしたね。爵位返上の瀬戸際では意味の無い程度でしたが、何かほかに……?」

 お兄さまの言葉に、叔父さまたちは納得せずに口うるさかったけれど、面と向かって発言する勇気はなかったらしい。


 そしてお父さまは――――――――――――折れた。


 項垂れ、辛そうな顔をする。

 本当に辛い目にあったのは私たち兄妹だけなのに。


「父上、当主の座を譲ってください」

「わかった」

 その言葉に「止めろ」「早まるな」などの言葉が飛び交うけれど、外野の越えに耳を貸さず、こちら側が用意した書類に署名した。


「…………すまなかった」

 消えそうなほど小さな声だった。


 結局のところ、お父さまは貴族家の当主として、有能ではなかったけれど善良ではあったのだ。

 だから父親の命が危ぶまれ、母から涙ながらに訴えられたら、言われるがままに薬を手配した。お母さまと喧嘩になったら、言い返せなくて逃げた。


 借金の返済ができず、息子がやると言ったからすべてを任せ、協力の仕方がわからないからと放置した。

 そのすべてに悪意だけは介在していなかった。

明日より更新が平日1回/日になります。(体力的に厳しいので)

土日は時間があれば更新するかもしれない、くらいに考えていただけると助かります。

残り約10話ほど、途中で休載せずに完結予定です。

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