18-1. 父と兄妹の対決
お父さまに婚約の件を伝えた後だった。領地に呼び出されたのは。
「面倒臭いけれど、仕方ないのよね……」
「溜息をついてると幸せが逃げるよ」
お兄さまから窘められたけれど、面倒なのは面倒だった。
とはいえ私が当主に就任したり、お兄さまが家を出る前に片付けられるのは、僥倖と言って良いのかもしれない。
「判ってはいるのですけれど……」
馬車の中には私たち兄妹とアルヴィン様。後続の馬車にはクランツ侯爵と、お兄さまの婿入り先のラム侯爵、四台目以降は王都の屋敷から使用人などが乗り込む大所帯だ。
話は数か月前、ダニエルさまとの婚約解消まで遡る。
「お父上には、こちらから話をしよう」
婚約解消の話し合いの折、テルフォート伯爵の申し出はとてもありがたかった。
お父さまは親族からの押しには弱くて、体面だとか面子をすごく気にする人。ダニエルさまとの件を知ったら、婚約を解消されたと大騒ぎするのは目に見えている。
領地が隣り合い、長年付き合いがあるからこその申し出だった。
「上手く話しておくから、婚約解消に関してはあれこれ言ってこないようにするよ」
テルフォート伯爵の癖の強さに負けて、何も言えないだけでは、と思わなくもないけれど、骨を折ってくれると言うのだから黙っておく。
お兄さまの婚約と私の婚約、そして私がアールグレーン伯爵家の跡取りになることは、私の婚約パーティ後に知らせることにしたのだった。それぞれの婚約者の実家からは反対されたけれど、後ろ盾がない私とお兄さまだけだと、父という立場から絶対反対の姿勢を貫くだろう、もう後に引けないところまで行って、強硬な態度が取れない状態の方が上手く行くと話したら、渋々ながら了承してくれた。決めては我が家の財務状況だった。借金額とお父さまの態度を話したら放置できないと、反対から一転賛成に回ったのだった。
私たちが領地に行く時間が取れないこと、準男爵として領地運営に関わっている親戚たちを相手にするより、お父さま一人の方が楽なことから、王都に来てもらって説明した。
当然、ものすごく反発されたし怒られたけれど、借金清算と財務の立て直しが完了した話をしたところ、納得せざるを得なかった。
それで話が終われば、めでたしめでたしで終わったのだけれど…………終わらなかった。
親戚たちが納得しなかったから。
今すぐに説明に戻ってこいとの命令は面倒でしかなかった。
とはいえお父さまと親族の関係を考えると、行かないという選択肢はない。
学園の休暇に合わせて伺います。
そう連絡をしたのは、お父さまが領地に戻った半月後。
時間があると、親戚たちに準備の時間を与えてしまうのだけが難点だったけれど、でも学業優先だから仕方がなかった。
* * *
領地に到着したのは王都を出て三日後の昼。
整備不良とはいえ街道の通る領地なので、移動はそれなりに楽。細い道過ぎて通行人が少なく、その分整備も手があまり入っていない。馬車がガタガタと揺れて乗り心地は悪かった。
私たちを出迎えたのは親戚たちだけ。不機嫌を顔に出したままでとても失礼だった。
「父上は?」
「年長者に挨拶もないのか」
いきなりの先制攻撃に溜息が出かかる。
「次代の当主にも、お客さまにも挨拶がないのに? 無礼過ぎる」
お兄さまの口調は固い。格上に対する不遜な態度が鼻に付いたのだろう。
集まった親族たちの内訳は、お父さまの二番目の弟と大叔父三人。全員が準男爵だから親族としての立場は上だと思っているのかもしれない。私とお兄さまは敬意を持つべき立場だと。
だけれど彼らの身分はこの中で一番下。
「呼ばれてもないのに、無理に来た方々は客ではありません」
「正式に先触れを出し、当主から許可の出ている客に対して、この態度だとは」
言い終えると大きく溜息をつく。
これは……厳しい対応をしても許されそうな気が。
気を取り直して、室内に入る。お父さまは既に着席していた。
「それで……? 当主の代理権限は与えたが、勝手に婚約するのを許した覚えはない」
「おや? 王都では納得していたようですが」
「あれは、言いくるめられただけで」
お父さまは叔父さまたちとお兄さまの板挟みになりながら、苦しい言い訳を口にする。
そしてなかったことにされた。
無理が通る訳ないのに。
「借金をすべて返済した結果だと申し上げましたが……」
お兄さまは特大の溜息をついた。
ラム侯爵は借金の半分を結納金として払うと、破格の申し出をしてくれた。あと十年お兄さまが上級官吏として頑張れば、返済できる目途もついていたけれど、返済期間が短くなれば、私が中級官吏として十年近く勤めあげればどうにかなる額になった。結果的にアルヴィンさまの活躍で、借金そのものがなくなったけれど。
母方の親戚付き合いが途絶え、お父さまの親族はもお金の無心しかしないバークス子爵家と、一応貴族とはいえ準男爵でしかない叔父と大叔父たちでは、貴族相手に頼りない。
お兄さまの婿入り先と、私の婚約者の実家が後ろ盾になってくれるのは、政略的にも非常に有用だった。
「婚約解消したと思えば、勝手に婚約を結び披露目まで済ますとは……!」
パーティまで終わっているのに、当主があずかり知らぬとは言いづらい。実はお兄さまが婿養子に行き、私が後継者になるのも、当然言ってなかった。
昔気質なところがあるから、兄を差し置いて妹がなんて知ったら卒倒しそうであった。
「勝手をしなければ借金は消えなかったでしょう。それで破産を招きかけた当主は、その後何か成果を上げられましたか?」
「領地に追いやっておいて、できるはずもなかろう」
「領地改革だとか領地の屋敷での経費削減など、できることは山のようにあるでしょう。それまでの生活と何ら変わらぬ暮らしを送っていて、何を言ってるのです?」
兄の追及に、あっという間に言葉に詰まるお父さま。現状維持しかできなかったのだから、当然実績はない。
「そういうお前は何をしたんだ? 王宮勤めの給料を入れた程度で偉そうに」
「使用人をほぼ全員解雇しましたよ。家事はすべて私とセラフィナで分担しました。私が出仕するようになってからは、セラフィナが一人で。可哀そうに冬は手にあかぎれを作って……。衣服も売れる分はすべて売って、屋敷の中では平民が着るような服で過ごしました。料理だって育ち盛りに必要な量は確保しましたが、高級食材なんか食べていません。仕入れは平民向けの店まで行って購入してます。もちろん配達してくれるような、割高な店は使わないでね! それで父上は? 領地の屋敷の経費は借金前と変わっていませんが」
実際にはお父さまの食費や生活費の分、増加している。でもこれは王都の屋敷での生活費をそのまま横移動させただけなので、この場では触れないでおく。一応、交際費とともに服飾費もなくなっている。十年もの間、服を新調しない程度には自重したらしい。
反面、食費を削るだとか使用人を減らすといった、生活費を削ることはなかった。多くの使用人にかしずかれた生活は悪くないものだったのが見て取れる。
「セラフィナは十歳から帳簿をつけ、王都で必要な決裁の手伝いをし、更には内職までしましたよ。家事と勉強の合間にね。自分の食い扶持を自力で稼いでいましたが、父上は?」
もう一度、溜息をつくと「子供よりもお粗末だ」と冷笑した。




