17-2. 叔父との決別
「莫迦になど……」
お茶を濁すように、困った顔を作る。
もちろん全く困っていないし、どう追い出そうか思案しているだけ。
穏便に追い出せればよいけれど、無理なら少々手荒になっても仕方がないと思っている。
お父さまなら弟の頼みだと言って、困った顔をしながらお金を差し出すのだろう。例え借金が嵩んだとしても。食費に困っても、子供たちの学費に手をつけたとしても、強気に出られたら引き下がる、そういう人だから。
でも私とお兄さまは貴族とはいえないような辛酸を舐めた結果、自分たちの生活と家を死守するためには強く出られるように育った。いや育ってしまった。
昔は泣き虫で、お兄さまの後ろをついて歩くような子供だったのに、こんなに気が強くなった。
「子爵、我が家より良い暮らしを送っている方に、貧乏な我が家が支援できることなんて何もありませんわ」
「しかし、こんなに豪華なパーティを開いてるじゃないか!」
「伝手がありますからね。食材は平民向けの卸を利用していますし、花やそれ以外は貴族向けの商会から格安の価格で取引しました。子爵の想像の三割程度の費用に抑えましたわ」
実際のところ普段の食事は庶民向けのものだけれど、今日の食事は貴族向けの食材を使っている、伝手を使っているから多少は価格を抑えられているけれど。花も伝手を使って安い店を探している。ほかにも今回依頼した貴族向けの商会は、学園の不祥事解決の最中に知り合った生徒や親族を通じて、破格の価格でお願いしている。我が家がどうこうというのは知られていなくても、被害家族同士の連帯があるのだ。
その上、招待客の数が少ない。主に私の側の事情によって。
我が家は父方、母方双方の親族から軒並み縁を切られている。例外は破産寸前のときに手を差し伸べてくれた、お母さまの弟に当たる叔父さまだけ。もちろん招待している。ほかは私の友人と、アルヴィンさまの親族や友人と仕事関係者が少数。
「しかし今は借金がないのだろう!」
「借金がないのと財産があるのとは違います。資産も財産もゼロですよ」
実際は騙し取った薬代の過払い分の利子だけで一年分の生活費くらいになった。返金と賠償金なども既に入金済み。だけれど素直に教えて差し上げる必要はない。
その上、領地から送られてくる収入とお兄さまの給金のお陰で余裕は十分にある。贅沢に慣れないから倹しい生活になりがちなのと、為人を吟味している所為で急には増やせない使用人の数などもあって、見た目とは裏腹に小金持ちの仲間入りが出来そうである。
もっともお兄さまの給金は、まったく用意できていない結婚の支度金として溜め始めたばかりだし、ずっと援助し続けてくれたレナルド叔父さまにお金を返したいから、貯蓄を優先している。
そのほか私に学園学園で怪我を負わせて退学処分になった、男子生徒の保護者たちから破格の慰謝料も。多額のお金は口止めも含まれていて公にしていない。学園内の事件だから双方が口を噤めば、噂が社交界を賑わすことにはならないだろう。もし表に出ても、円満解決済みだと言い張れる根拠にもなる。
実際、お金だけでなく誠意をもって謝罪されているから、家同士に禍根は残っておらず、かなり円満な和解になった。
「ないなら担保を差し出せるじゃないか! 我が家はもう、担保にできるものが残ってないんだ!!」
「それは……」
破産一直線ですね、と言わない程度には自分を抑えた。
お祖父さまの薬代で借金を負ったときも担保はなかった。いざとなれば爵位と領地を差し押さえられるから。借金の先が薬を購入していた商会だけだったから、というのもある。
破産させて家屋を奪い取るよりも、存続させた方が利があると判断したのもあるだろう。無理して薬を探したという体を取っていたから、細いなりに付き合いは続いたし、借金返済後は以前以上に密に付き合っただろう。
結局、薬代を誤魔化したのが発覚した結果、芋蔓式にほかの悪事も詳らかにされて、商会は取り潰されたけれど。
「借金の理由は何ですの? 支出入の見直しは?」
「そんなものはどうでもいい!」
「遊行費ですのね……」
思わず特大の溜息が出た。
「援助金を全て遊びで使うような方に、支援なんかできませんわ。お帰りくださいませ」
卓上のベルを鳴らし使用人を呼ぶ。
メイドではなく男性使用人だ。しかもできるだけ体格が良い者ばかりが応接室に来るように予め伝達してあった。
「黙って金を出してればいいんだよッ!!」
酷い言い草だ。
でももう怖くない。
隣にはアルヴィンさまがいる。お兄さまだって頼れる。
私はもう小さな子供じゃないし、一人でもない。
叔父さまの振り上げた手は、下ろす暇もなく後ろ手に抑え込まれた。
「他家で暴力沙汰を起こしたとして、憲兵の世話になりますか?」
アルヴィンさまが抑えた声で尋ねる。
「バークス子爵、知っていますか? あなたが子爵家に婿入りしてからの、アールグレーン伯爵家から受け取った援助額を。伯爵家の借金の額よりも多いんですよ」
「だから何だ!」
「支援の所為で借金が出来た、と社交界で噂される可能性があるということです。実家の脛を齧った三男坊が、骨の髄までしゃぶろうとして没落させようとしたと」
それがどうした、とは返ってこなかったが、意味をすべて理解したとも言い難そうだ。
「支援がなければバークス子爵家は潰れる、そう思われるって事ですよ」
「――!!」
破産しそうな家からはみな手を引く。
貴族の買い物は基本、掛け払い。代金を取り逸れるかもしれないのに商品を売るような商人はいない。もし取引をするなら前金もしくは商品と引き換えになるだろう。
察するに今のバークス子爵家に支払い能力はない。突き放したら爵位返上もありえそう。
また爵位に見合う体面を整えられないようなら、王家辺りからやんわりと爵位返上を申し出るように勧められる。我が家が火の車の内情を悟られないよう、体面を取り繕いながら生活していたのも、これが理由だ。
だからって察して差し上げるほど優しくできない。
もしこれが返す当てがなくても、真っ当な理由――領地で発生した災害によるものだったり、家族の病気だったり――要は遊び以外のやむを得ない事情があれば、できる限りの支援はしたいと思う。
だけれど遊行目的のお金を我が家が援助する理由はない。
「これが血の繋がった叔父に対する仕打ちか!」
「自分が遊ぶお金を工面するために、姪を平民同然の暮らしに堕とそうなんて叔父、必要ありませんわ」
「貴様――ッ!!」
ここまで言われると思っていなかったのか、激昂した叔父さまが暴れる。
「それで……子爵夫人?」
呼びかけたけれど、本物の夫人なのか、愛人なのかわからない。お会いしたことがないから。
結婚式の頃は幼過ぎて不参加だったし、叔父さまが家に来るのは無心の時だけでいつもお一人。
デビュッタントはまだだから、夜会で会うこともない。お母さまと叔父さまが不仲だったから、夫人のお茶会に、なんて話もなかった。
「愛人だよ」
「そう……」
アルヴィンさまの言葉で、敬意を示す必要が消えた。
「お引き取りを」
お客さまの目につかないように、使用人用通路を使って裏口に向かう。招かれざる客の帰り方だった。
「このまま縁切りするなら、こちらも何もしない。だがもし手を出してくるようなら、即座に家を潰す。それと君――」
アルヴィンさまが子爵から愛人の方に顔を向けた。
「今の話を口外するようなら関係先を潰す。同業者から恨みを買いたくなければ自重することだ」
世間話をするような口調だけれど、十分過ぎる脅し文句だった。
もしかしたら女性の身元を知って、その上で話しかけているのかもしれない。
「若造が偉そうに」
アルヴィンさまの警告を一笑に付す。
確かに若くていらっしゃるけれど、王宮勤めの上級官吏であり実家は伝統ある侯爵家。伝手ならいくらでもあるのに……。腹が立ったからと言って、感情の赴くままに行動したらどうなるか、きっとわかっていないのだろう。
どうか自重なさって、と思うけれど多分行動を改めたりなんかしない。
きっと近い将来破滅するだろう。
叔父さまの態度はますます悪くなる。
けれど愛人の方はさっと顔色を変えた。
脅しではなく、本当にやると確信したのかもしれない。
私は女性を夫人と勘違いするほど、身元がわからなかった。でもアルヴィンさまは素性を知っている様子だった。
「婚約の場に、愛人連れなんて不道徳な親戚がいるなんて、恥でしかありませんの。どうぞお帰りを」
腹は立ったけれど、素直に顔に出してばかりでは、貴族家の当主としては失格だ。家族の私的な場所とはいえ、誰が見ているかわからないから、外向けの笑みを作る。にこやかな、遠目で見るだけで話の内容が聞こえない人たちからは、談笑しているようにしか思えない態度で帰宅を則した。
「それとも奥さまに引取りのご連絡を入れなくてはならないでしょうか?」
叔父さまは婿入りした立場なのに爵位を継いでいる。伯爵家と子爵家の家格差と力関係によるもののほかに、一人娘だった叔母さまがベタ惚れした結果でもある。
だから確かに正式な子爵ではあるのだけれど、離婚してしまえば、爵位は夫人もしくは子爵家の正当な血筋に戻る。状況的にはいわゆる中継ぎ状態。
未だ夫人は叔父さまに惚れこんでいるらしいけれど、その愛が永遠に続くかどうかは疑問だ。
「愛情が枯れないとよろしいですね」
ようやく分が悪いと察したのか、憮然としながらも一応貴族の体面を気にして捨て台詞を吐くような、下町のチンピラみたいな真似をせず静かに屋敷を出て行った。もちろん案内するのは裏口だ。
「もう二度と来なくてよろしいのに……」
きっと希望は泡のように消え去って、ほとぼりが冷めたと本人だけが思ったころに現れるのだろうけれど。
本当に迷惑だわ……。
溜息をついた後、今日は自分が主役のハレの日だと思い直して、大切な婚約者の元に足を向けた。
セラフィナの父方親族は大体こんな感じ。
まだあと3人ほど残っています。




