17-1. 叔父との決別
「随分、豪勢なパーティじゃないか」
隣には叔父――父の弟に当たりバークス子爵家に婿入りした――が夫人らしい女性連れで近寄ってきた。
「お久しぶりですわ、子爵」
我が家が借金で潰れそうになったとき「親戚付き合いはこれまでだ。二度と叔父と呼んでくれるな」とまで言ってきた相手であり、今回招待状を送っていない相手でもある。
「何故、我が家に?」
「親戚なのだから当然だろう?」
「まあ……! 二度と連絡してくるなとおっしゃったのに?」
借金以前から色々あったから、正直なところ顔も見たくない相手だ。
「それは婚家に迷惑をかけると思ってな……」
「でしたらお祖母さまの暴走を諫めてくださればよろしかったのに。煽って勢い付かせたのは子爵ではありませんか」
このままでは借金で首が回らなくなると言っていたのに「父を見殺しにするのか」と激昂し、お兄さまに掴みかかろうとしたのは忘れていない。
「借金を増やす方向に尽力された挙句、実際に破産しかかったら罵声を浴びせて去ったのを忘れてませんわ」
貴族らしく、含みを持たせて話をするのは、この叔父には無駄。はっきりと迷惑だと言っても曲解しようとするのだから。
「二度と連絡するなと吐き捨てた方が、何故この場に?」
それほど大声ではないから、離れた場所に居る出席者に聞こえはしない。
だけど近くで談笑している人たちは、気付かないフリをしながら、全力で注視している。
一応、我が家は父が駄目領主で借金塗れとして、他家から遠巻きにされていたものの、お兄さまが代理の地位についてからの借金額の減少っぷりに注目されている。
最近、借金がきれいさっぱりなくなっただけでなく、財産が増え始めたことや、有力貴族との伝手を作っている手腕が認められ一目置かれ始めている。
そんな我が家の催しに招待状を持たない相手、しかも絶縁を宣言した相手が擦り寄ってきたとあって、注目されているのかもしれない。
「しかし叔父だぞ?」
「姪が路頭に迷いそうなのを見捨てた叔父さま、ですわね? それも我が家が破滅に向かうのを積極的に推し進め、迷惑をかけた」
そこで言葉を切って、独り言のように「ようやく縁が切れたと思ったのに……」と周囲に聞こえるように呟いた。
叔父の顔が朱に染まる。
自分の半分も生きていないような姪に、面子を潰されたのが許せなかったのだろう。
「またお金の無心ですの?」
「そんなことはない、姪の晴れ姿を見に来たのだ」
「では、今回は子爵が結婚して初めての、無心ではない訪問ですのね?」
言質を取る気でいる気満々な態度に、一瞬ではあるが怯む。
だが土性骨のような、めげずにいられる叔父なのだ。直ぐに立ち直って、こちらに干渉しようとする。
「い、いや……」
お金の無心だったらしい、やっぱりと言ったところか。
「別室で話した方がよろしい内容でしょうか?」
助け船を出したのはアルヴィンさま。叔父が縋れば、大勢の前で恥をかくのは避けられる。
どちらでもいい。
叔父さまがここで恥をかくのも、人目のない場所で引導を渡すのも。
お兄さまは私が爵位を受け継ぐ前に、悪縁を全て断ち切るつもりでいる。
切り捨てられる中に、この叔父も含まれていた。残りは領地を持たない準男爵の親族たちで、こちらはみな領地で暮らしている。
結局のところ、早いか遅いかの差でしかない。目の前のこの男が、我が家から切り捨てられるのは。
逡巡はほんの少しの間だけだった。
「場所を変えよう」
叔父さまの言葉に、私たちは頷いて応接室に移動した。
お兄さまがこちらをちらりと見たけれど「大丈夫」と目で語っておく。主催者側の人間が誰も居なくなるのはよろしくないから。
「茶も出さないのか」
座ってからしばらくしても、メイドが現れないのに不満そうだ。
歓迎されていないのだから、弁えてほしいところだ。
「未だ使用人が足りてないのです」
しれっと嘘をつく。本当は出したくないだけ。
飲ませるの価値もないという訳でなく、激昂して投げつけられるのを防ぐために。
とはいえ人手不足なのは事実。
大急ぎで増やしている最中とはいえ、あまり変な人は雇えない。紹介状があるのは当然のことで、メイド長の横の繋がりを通して為人を確認している。今日はアルヴィンさまのご実家であるクランツ侯爵家からと、リーナさまのご実家であるブラント男爵家から使用人をお借りしている。最近知り合ったばかりのリーナさまを頼ったのは、今回のパーティでご実家が経営している商会に、仕事を依頼して縁ができたから。
「それで私たちを祝うため、だけではないのでしょう?」
長々と時候の挨拶をするような、貴族的な対応をすべて省いて、さっくりと本題に入った。どうせお金の無心なのだろうと思いながら。
「やはり実家と付き合いがないのは肩身が狭くてな……。それでまた親しくしたいと」
こちらを上目遣いで見る。
いい歳した大人の男性、しかも狸腹でやや毛が薄くなった中年がやっても気持ち悪いだけだと思う。キャンディさまなら同性、しかも好感度ゼロでもドキドキしてしまうのに。「カワイイ」はそれだけで正義なのだと、思わず溜息をつきそうになった。
「私たちの所為ではありませんわ。男は二言がないのでは?」
「だから下手に出ているのだ」
いや、全然下手ではないですよね?
謝罪の言葉がない上に、都合の良い駒扱いしようとしているとろこの、どこが「下手」なのか聞いてみたい。
「それで……もし交流を再開したとして、どうしたいのですか?」
「実は、少々手元が不如意でな……」
「まあ! でも我が家では都合できませんわ。借金がゼロになったというだけで財産はゼロですから」
やっぱりお金!
一昨日来て、と言い返したい。
「しかし使用人を増やしているんだろう?」
「ええ、料理や洗濯を自分でしなくて良くなる程度には」
「だったら……」
「子爵、こちらに援助を求める前に生活水準を見直してくださいませ。我が家は解雇したら行き場がない年齢の使用人以外、すべて解雇しました。衣装だって売れるものは全部売って、普段着は私が全部縫いました。冬の洗濯はとても辛かったです。そこまでしてもどうにもならないというのならば、支援いたしましょう。大丈夫、子供だった私やお兄さまでもできたことです。出来ない事は要求してません」
にっこりと笑いながら言うと引かれた。失礼な。
「貴族の体面が!」
「家の存続に比べたら体面なんてどうってことありません」
きっぱりはっきり。
底辺まで行った強みが私たちにはあるから、ぬるま湯につかったままの叔父さまにも、今なら対処できる。以前は幼過ぎて、吐き捨てるように口に出した縁切りの言葉も、忌々しそうに睨みつけられるのも、怖くて怯えることしかできなかったけれど。
「まずは経費削減をどこまでしたのか教えてくださいませ。使用人削減と食事の見直しは当然として――」
絶対に見直してないわと、叔父さまの突き出たお腹を見ながら微笑んだ。
「バカにするな!」
苛立ちを隠そうともせずに声を張り上げた。




