表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

15. 迷子

少し長かったので、2話に分割しました。

 「アルヴィンさま、もしかして迷子でしょうか?」

 少し先には一人であるく少年の姿があった。


 年のころはよくわからないけれど、多分、五、六歳くらいだと思う。

 とぼとぼと歩く足取りは重くて、どこか寂しそうで……。


「行ってみましょうか」

 アルヴィンさまの同意を得て、少年の元に向かった。


「大丈夫かしら?」

 膝を折って、下から見上げるように少年の顔を覗き込んだ。


 ――少し目が潤んでいるわ。

 親と逸れたので間違いなさそうね。


「お父さんやお母さんは近くにいるかしら?」

 多分、いないから一人なのだろうと思いつつも確認してみる。見た感じ平民みたいだから、口調はできるだけ砕いて。


「……いない」

 言葉が少ない。

 一人きりになった不安からなのか、知らない人に声をかけられて、緊張しているからなのかはわからない。


「そう、だったら一緒に探しましょうか?」

 できる限り怯えられないように、柔らかい微笑みを心がけた。


「一人よりも三人の方が、見つけやすいと思うの。どうかしら?」

 ついて行くべきかどうか、足元と私の顔を交互に見ながら逡巡しているのが見て取れた。

 返事は急かさない。自分から話したくなるまで待ち続けるだけ。


「……………………行く」


「ええ、一緒に行きましょう」

 ゆっくりと立ち上がりながら手を差し出す。


「お名前を聞いても良い?」

「カイ」

 年齢よりも幼く感じる言葉は、どう話して良いかわからないからかもしれない。必要最低限だけを話そうとして、ぶっきらぼうになっているだけな気がする。


「肩車をしよう」

 アルヴィンさまが膝をつきながら提案する。

 でもカイはびくりとした後、私の腕をぎゅっと掴んだまま動こうとしない。話しかけたとき以上に緊張しているのが見て取れた。「どうかしたの?」と声をかけようとして、怯えた目に気付いた。


 恐ろしいのかしら。鋭い目をしていらっしゃるから……。

 アルヴィンさまの顔は少々、いえかなり怖い。


「大丈夫、実はとても優しいのよ。背が高くて大きいから怖く見えるだけなの」

 少し宥めたけれど、でもカイは動かない。


「高い所からの方が、きっとお父さんやお母さんを見つけやすいと思うの」

 カイの、私の腕を掴む手に力が入った。


「ねえ、あの木の実を触ってみたくない?」

 指さした先には小さくて赤い実が沢山なっている。見たことのない木だから、もしかすると海を渡ってきたものかもしれない。


「採るのは駄目だけれど、触るくらいなら大丈夫だと思うわ」

 できるだけ楽しそうに提案する。興味をもってくれると良いのだけれど。


「じゃあ……」

 おずおずというのがよくわかる動いで、手を離した。


 軽く背中を押すと一瞬だけビクリと震えて、ゆっくりとアルヴィンさまに近づいた。

 アルヴィンさまの肩に手をかけたところで、再び私の方を見る。

 不安そうに瞳が揺れて、少しばかり涙目になっている。


「大丈夫よ」

 できるだけ明るい声でこたえたけれど、逡巡が見て取れた。

 少しの間、迷った後に、意を決したように肩に足をかけた。


「行きましょうか」

 肩に乗ったところで、ゆっくりと歩きだす。

 カイは肩車されたままカチコチに固まっていた。

 だけど木のすぐ近くまで来て、そっと果実を触った途端に目が輝いきだした。


「柔らかい……!」

 目がキラキラと輝き始める。


「そう、柔らかいのね。ほかには間近で見た発見はある?」

「えっと……表面がブツブツしてる! すごく小さいから、下からはわかんなかった!」

 一瞬で全身の強張りは消え失せて、目の前の木に夢中になった。


 悪くない感じ。


「次はどの木を見ましょうか?」

「じゃあ、あれ!」

 指さしたのは少し離れた変わった枝ぶりの木だった。


 肩に乗せているアルヴィンさまに、カイが指した木は見えない。「あの木」ですと、代わりに私が指さした。

 そうやって何本もの木を回り、その度にカイは大喜びする。


 まるでかつての私みたい。

 お兄さまと、屋敷に残ってくれた使用人たちと一緒に遊びに来た当時の。


 確かこの先には、可愛らしい塗装の馬車で飴を売っている……。

 自分の記憶を辿りながら歩いていくと、思い出そののままの飴売りがいた。


 蜂蜜色の飴も、記憶の通り。

 懐かしさに浸りながら、一番大きな瓶を一つ、小さな瓶を四つ購入した。


「お一つどうぞ」

 大きな瓶から取り出した飴を、まずカイに一粒。次にアルヴィンさま、私と口に含んだ。


「あまーい!」

 カイの目が一層キラキラと輝く。


「そろそろ、お父さんとお母さんも探しましょうか」

「あ……」

 アルヴィンさまの肩の上が楽し過ぎて、自分が迷子だったのを忘れていたらしい。


「高いと遠くまでよく見えるでしょう? きっとすぐに見つかるわ」

「うん!」

 一瞬で気持ちを切り替えて、親を探し始めた。


「歩いていたら、そのうちに見つかるだろう。カイが親を見つけやすいように、向こうもカイを見つけやすい」

 アルヴィンさまの声がいつも以上に柔らかい。


 樹々に立ち寄りながらゆっくりと親を探していると、向こうから駆け寄ってくる男女がいた。

 カイが三つ目の飴を舐め始めたときだった。


「お父さんとお母さんかしら?」

「うん!」

 アルヴィンさまがゆっくりと膝を曲げカイを下ろすのと、両親が目の前まで来たのはほぼ同時だった。


「見つかって良かったね」

「ありがとう。お姉ちゃん、おじちゃん!」

 カイはご機嫌だったけれど、両親の方は真っ青な顔をしていた。


 当然かもしれない。

 両親もカイも平民、それも労働者階級らしい服装だから。

 子供が貴族男性の肩に乗っていたなんて、何があるかわからないと思ったのかもしれない。


「カイ君は良い子でしたよ」

 少しでも安心させたくて声をかける。


「楽しかったですよね?」

 アルヴィンさまに同意を求めると「ああ、良い子だった」と返ってきた。


「カイ君、これをどうぞ。一緒にお散歩してくれてありがとう」

 残った飴を瓶ごとすべて渡す。


「もらっていいの!?」

 差し出した飴に手を伸ばしたけれど、両親の顔は真っ青なままだ。


「大丈夫ですよ、カイ君はとても良い子で、私たちも楽しかったの。これはそのお礼です」

「両親と逸れても全然泣かなかった。彼は強い子ですね」

 アルヴィンさまからも援護が入った。


 けれど、両親は更に顔を青くさせる。

 微笑んで怖がられるのは、少し……いえかなり不憫かもしれない。

 本当はとても優しい方なのに……。


「本当に大丈夫ですよ。私たちの方から肩車を提案したんです。カイ君の我儘ではありませんよ」

「子供ができたらこんな感じなのかと……。カイ君は大きいから重いかと思ったら、思ったよりも大丈夫だった。予行練習に丁度良かったですよ」

 二人で安心させるような言葉をかけて、ようやく肩の力が抜けたみたいにほっとした。


「昔、ここに来た時にね、兄に飴を買ってもらって嬉しかったの。だからカイ君にも同じ気持ちになってもらいたいわ」

 出会った最初の時と同じように、膝を屈めてカイと同じ目線で話す。

 次は両親も止めなかった。


「ありがとう、もらってくれて」

「ううん、こっちこそ! ありがとう、すごくうれしい!」


 満面の笑みだった。

 親はそういうことならと丁寧に頭を下げた。

 カイは何度も振り返り、手を振りながら遠ざかっていった。


「僕たちも帰りましょうか」

「ええ……」


 そっと手を繋ぐ。

 アルヴィンさまの手はとても温かかった。

アルヴィンの強面エピソードをようやく出せました!

「寝た子も泣きだす強面」

「平穏な家庭に氷点下の嵐を吹き起こす強面」とか

「死者をもショック死させる強面」

みたいな感じにしたかったのですが、力不足感が否めません。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ