15. 迷子
少し長かったので、2話に分割しました。
「アルヴィンさま、もしかして迷子でしょうか?」
少し先には一人であるく少年の姿があった。
年のころはよくわからないけれど、多分、五、六歳くらいだと思う。
とぼとぼと歩く足取りは重くて、どこか寂しそうで……。
「行ってみましょうか」
アルヴィンさまの同意を得て、少年の元に向かった。
「大丈夫かしら?」
膝を折って、下から見上げるように少年の顔を覗き込んだ。
――少し目が潤んでいるわ。
親と逸れたので間違いなさそうね。
「お父さんやお母さんは近くにいるかしら?」
多分、いないから一人なのだろうと思いつつも確認してみる。見た感じ平民みたいだから、口調はできるだけ砕いて。
「……いない」
言葉が少ない。
一人きりになった不安からなのか、知らない人に声をかけられて、緊張しているからなのかはわからない。
「そう、だったら一緒に探しましょうか?」
できる限り怯えられないように、柔らかい微笑みを心がけた。
「一人よりも三人の方が、見つけやすいと思うの。どうかしら?」
ついて行くべきかどうか、足元と私の顔を交互に見ながら逡巡しているのが見て取れた。
返事は急かさない。自分から話したくなるまで待ち続けるだけ。
「……………………行く」
「ええ、一緒に行きましょう」
ゆっくりと立ち上がりながら手を差し出す。
「お名前を聞いても良い?」
「カイ」
年齢よりも幼く感じる言葉は、どう話して良いかわからないからかもしれない。必要最低限だけを話そうとして、ぶっきらぼうになっているだけな気がする。
「肩車をしよう」
アルヴィンさまが膝をつきながら提案する。
でもカイはびくりとした後、私の腕をぎゅっと掴んだまま動こうとしない。話しかけたとき以上に緊張しているのが見て取れた。「どうかしたの?」と声をかけようとして、怯えた目に気付いた。
恐ろしいのかしら。鋭い目をしていらっしゃるから……。
アルヴィンさまの顔は少々、いえかなり怖い。
「大丈夫、実はとても優しいのよ。背が高くて大きいから怖く見えるだけなの」
少し宥めたけれど、でもカイは動かない。
「高い所からの方が、きっとお父さんやお母さんを見つけやすいと思うの」
カイの、私の腕を掴む手に力が入った。
「ねえ、あの木の実を触ってみたくない?」
指さした先には小さくて赤い実が沢山なっている。見たことのない木だから、もしかすると海を渡ってきたものかもしれない。
「採るのは駄目だけれど、触るくらいなら大丈夫だと思うわ」
できるだけ楽しそうに提案する。興味をもってくれると良いのだけれど。
「じゃあ……」
おずおずというのがよくわかる動いで、手を離した。
軽く背中を押すと一瞬だけビクリと震えて、ゆっくりとアルヴィンさまに近づいた。
アルヴィンさまの肩に手をかけたところで、再び私の方を見る。
不安そうに瞳が揺れて、少しばかり涙目になっている。
「大丈夫よ」
できるだけ明るい声でこたえたけれど、逡巡が見て取れた。
少しの間、迷った後に、意を決したように肩に足をかけた。
「行きましょうか」
肩に乗ったところで、ゆっくりと歩きだす。
カイは肩車されたままカチコチに固まっていた。
だけど木のすぐ近くまで来て、そっと果実を触った途端に目が輝いきだした。
「柔らかい……!」
目がキラキラと輝き始める。
「そう、柔らかいのね。ほかには間近で見た発見はある?」
「えっと……表面がブツブツしてる! すごく小さいから、下からはわかんなかった!」
一瞬で全身の強張りは消え失せて、目の前の木に夢中になった。
悪くない感じ。
「次はどの木を見ましょうか?」
「じゃあ、あれ!」
指さしたのは少し離れた変わった枝ぶりの木だった。
肩に乗せているアルヴィンさまに、カイが指した木は見えない。「あの木」ですと、代わりに私が指さした。
そうやって何本もの木を回り、その度にカイは大喜びする。
まるでかつての私みたい。
お兄さまと、屋敷に残ってくれた使用人たちと一緒に遊びに来た当時の。
確かこの先には、可愛らしい塗装の馬車で飴を売っている……。
自分の記憶を辿りながら歩いていくと、思い出そののままの飴売りがいた。
蜂蜜色の飴も、記憶の通り。
懐かしさに浸りながら、一番大きな瓶を一つ、小さな瓶を四つ購入した。
「お一つどうぞ」
大きな瓶から取り出した飴を、まずカイに一粒。次にアルヴィンさま、私と口に含んだ。
「あまーい!」
カイの目が一層キラキラと輝く。
「そろそろ、お父さんとお母さんも探しましょうか」
「あ……」
アルヴィンさまの肩の上が楽し過ぎて、自分が迷子だったのを忘れていたらしい。
「高いと遠くまでよく見えるでしょう? きっとすぐに見つかるわ」
「うん!」
一瞬で気持ちを切り替えて、親を探し始めた。
「歩いていたら、そのうちに見つかるだろう。カイが親を見つけやすいように、向こうもカイを見つけやすい」
アルヴィンさまの声がいつも以上に柔らかい。
樹々に立ち寄りながらゆっくりと親を探していると、向こうから駆け寄ってくる男女がいた。
カイが三つ目の飴を舐め始めたときだった。
「お父さんとお母さんかしら?」
「うん!」
アルヴィンさまがゆっくりと膝を曲げカイを下ろすのと、両親が目の前まで来たのはほぼ同時だった。
「見つかって良かったね」
「ありがとう。お姉ちゃん、おじちゃん!」
カイはご機嫌だったけれど、両親の方は真っ青な顔をしていた。
当然かもしれない。
両親もカイも平民、それも労働者階級らしい服装だから。
子供が貴族男性の肩に乗っていたなんて、何があるかわからないと思ったのかもしれない。
「カイ君は良い子でしたよ」
少しでも安心させたくて声をかける。
「楽しかったですよね?」
アルヴィンさまに同意を求めると「ああ、良い子だった」と返ってきた。
「カイ君、これをどうぞ。一緒にお散歩してくれてありがとう」
残った飴を瓶ごとすべて渡す。
「もらっていいの!?」
差し出した飴に手を伸ばしたけれど、両親の顔は真っ青なままだ。
「大丈夫ですよ、カイ君はとても良い子で、私たちも楽しかったの。これはそのお礼です」
「両親と逸れても全然泣かなかった。彼は強い子ですね」
アルヴィンさまからも援護が入った。
けれど、両親は更に顔を青くさせる。
微笑んで怖がられるのは、少し……いえかなり不憫かもしれない。
本当はとても優しい方なのに……。
「本当に大丈夫ですよ。私たちの方から肩車を提案したんです。カイ君の我儘ではありませんよ」
「子供ができたらこんな感じなのかと……。カイ君は大きいから重いかと思ったら、思ったよりも大丈夫だった。予行練習に丁度良かったですよ」
二人で安心させるような言葉をかけて、ようやく肩の力が抜けたみたいにほっとした。
「昔、ここに来た時にね、兄に飴を買ってもらって嬉しかったの。だからカイ君にも同じ気持ちになってもらいたいわ」
出会った最初の時と同じように、膝を屈めてカイと同じ目線で話す。
次は両親も止めなかった。
「ありがとう、もらってくれて」
「ううん、こっちこそ! ありがとう、すごくうれしい!」
満面の笑みだった。
親はそういうことならと丁寧に頭を下げた。
カイは何度も振り返り、手を振りながら遠ざかっていった。
「僕たちも帰りましょうか」
「ええ……」
そっと手を繋ぐ。
アルヴィンさまの手はとても温かかった。
アルヴィンの強面エピソードをようやく出せました!
「寝た子も泣きだす強面」
「平穏な家庭に氷点下の嵐を吹き起こす強面」とか
「死者をもショック死させる強面」
みたいな感じにしたかったのですが、力不足感が否めません。




