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14. 植物園

 「こんなに高い樹もあるのですね!」

 首が痛くなるほど曲げて見なければ、一番上までみられないほどだった。


 南国に育つというそれは、とても背が高かった。硝子張りの温室は冬だとは思えないほど暖かく、中に入ると羽織っていたケープを脱ぐほどだった。


 ほかにも初めて見る樹々に目を輝かせる。

 樹皮が固くなく緑のまま大きく育つものや、子供が乗れそうなほど大きな蓮の葉、私の顔より大きな葉を持つ木など、驚きの連続だった。


「こちらに来られるのは初めてですか?」

「ええ。奥の区域はその、入園料が少々お高いでしょう?」


 植物園は三つの区域に分かれている。銅貨一枚で入れて庶民でも楽しめる場所。この国でも少し郊外に行ったら見られるような、よくある木々や花が楽しめる憩いの場所だ。


 次の区域は銅貨二十枚の、少し裕福な平民や貴族の楽しむ場所。割と珍しい植物が育てられていて、わざわざここを目当てに訪れる人もいるくらい。


 最後の植物園最奥のここは、温室の維持費が高いらしく入場料も銀貨が必要。高い分、入場者はぐっと減って、かわりに研究者らしい人たちを見かけるようになる。

 今日は休日だからそこそこ客が多いらしいけれど、それでも前後を歩く人たちとはそれなりの距離があった。


「一つ前の区域までは、お兄さまと何度か来たことがあるんです。あまりどこにも連れて行ってあげられないからって……。お兄さまだって今の私よりも幼かったのに……」


「優しい兄君ですね。職場では家の話をあまりしないようですが、それでも妹を溺愛しているのは有名ですよ」


「祖父が亡くなってからは、お兄さまがお父さまの代わりです。お父さまは頼りなくて押しに弱いですから、子供ながらに任せてはおけないと思ったのでしょう。当時の私でさえ頼りなく感じたくらいですから」


「王都に留まらせたら借金を膨らませそうだからと、お兄さまが領地経営に専念して経費の見直しをしてくれと追い出したんです。結局、ほとんど変わりませんでしたが、ご自分が王都に居た時とほぼ同額を送金してくれています。両親の費用が浮いた分と使用人の給金分が、借金返済に充てられました」


 そう話しながら一つ目の温室を出る。少し歩くと杉みたいだけど、変わった枝ぶりの木が植えてあった。


「別の大陸が原産の木みたいですね」

「足元に木の名前と原産地が書いてあるからわかりやすいです」

 温室を繋ぐ小道にまで珍しい木だからすごい。

 そして二つ目の温室へ。こちらはあまり高い建物ではなかった。


「割れた石がたくさんあると思ったら、これも植物だったのですね」

「こちらは葉から良い香りがしますわ」

「棘がいっぱいで、うっかり触ったら痛そうですね」

 子供のようにはしゃいでるとわかっているけれど、本当に面白い。


「こちらにも面白いものがありますよ。これは珈琲の木、チャノキも別のところに植えてあります」

「日ごろ飲んでいますけれど、どんな木なのか全然知りませんものね」


 植物園に植えてあるのを見て初めて、チャノキが低木なのも珈琲の実が赤いのも知った。

 すべての温室を巡って、気付いたら陽が中天を過ぎていた。


植物園(ここ)で食事を摂りませんか」

「ええ、楽しみです」


 温室のある区域は学術的な意味合いが強くて、休憩用のベンチくらいしか置いていないけれど、一つ手前のちょっとだけ入園料が高い区域にはレストランやのほかに、ベンチで食べられるような、紙に包んで渡される揚げた魚なども売っている。


 子供のころお兄さまと魚を半分ずつ食べたのは、今でも良い思い出だ。

 (ゲート)を抜けて区画を出ると、雰囲気がまるで違う。


「なんか異国から戻ってきた感じがします」

 門の向こうは温室の外でさえ見慣れない樹々ばかりで、同じ国の中とは思えないほどだったけれど、こちらはちらほらと見慣れた木や花もある。大半はやっぱり知らないのだけれど。


 レストランは先ほどの温室みたいに硝子張りで、遠目からでも目立つ建物だった。柱はすべて純白で、こまめに洗っているように見える。


「近くにあるようでいて、実は遠いですが」

「ええ、昔見たときは驚いたものです」


 建物が大きいから、近くにあると錯覚するのだ。

 ゆっくり歩いても、あまり大きさが変わらない。

 小道が曲がると、樹に建物が隠れ、次に現れるのと目の前にある。珍しいものではないのに、なぜかすごく変わっている印象を受けたものだ。


「見たことがあるような、ないような木ですね」

 池のほとりにあるのは、珍しくないようで見たことのない木だった。根元に「目薬の木」とある。


「薬の材料が取れるのでしょうか?」

「昔、(まじな)いに使われていたのかもしれません。眼病のときにはこの木の皮や葉を使ったりしたのかも」

 二人でどちらだろうと話し合う。どちらも正解を知らないから答えは出ない。

 だけれどそれも楽しい。


 子供のころ、お兄さまと一緒に歩いた道をアルヴィンさまと一緒に歩く。子供の頃に憧れて、いつか借金返し終わったら食べに行きたいと思ったレストランに入る。一緒に行こうと約束していたのに、私だけ来てしまって少し後ろめたい。

 次の休みはお兄さまとみんなで来ようかしら、と思いながら中に入った。


「温室だわ!」

 先ほど見た温室よりは少し木が少ないけれど、植物園の中のお店らしい内装は外よりずっと暖かい。

 食事は簡単なコース料理で、スープにもお肉のソースにも珍しい野菜が使われている。


「お肉が柔らかい」

「植物園の秘密のレシピを使っているみたいですよ」

 上等な肉だからというだけではなさそうな柔らかさは、もしかしたらこの国では一般的でないハーブで柔らかくなっているのかもしれない。


 口の中で溶けるお肉を堪能する。

 なんて美味しいのだろうと思いながら。

 ゆっくりと食事を楽しんだ後は、散歩がてらのんびりと植物園を歩く。来てからすぐに温室のある区域に行ったから、この区域はレストランに直行しただけで、ほとんど見ていない。


 「アルヴィンさま、もしかして迷子でしょうか?」

 少し先には一人であるく少年の姿があった。

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