13. 初めての贈り物
ようやくのデート回です。
窓の外から馬車の音が聞こえて外を見る。居間からは外がよく見えるのだ。
「迎えが来たみたいだね」
向かいに座るお兄さまはそう言うのに腰を浮かせる素振りがない。
「……?」
「出かける前にアルヴィン先輩とお茶をしたいと思ってね。一人分、追加してもらうから、ちょっと待ってて」
そう言うと私には部屋で待つように言って立ち上がった。
少し前まで使用人が三人しかいなかった我が家は、呼び鈴で使用人を呼べるほど人が多くない。
だから何かあれば自分で動く必要がある。一般的な貴族の屋敷みたいになるのは、まだ先になりそうだった。
お兄さまたちは学園で一学年違いで、以前から面識があるらしい。呼び方が少し砕けているのはその所為。
でも学園時代は面識だけで付き合いはなかったらしい。
「早かったわね」
お兄さまが戻ってくるよりも早くドアがノックされる。
お茶の支度をするメイドに労いの言葉をかけて……固まった。
「アルヴィンさま!」
人違いだった!
恥ずかしすぎる……。
「いらっしゃいませ。まだ片付けていませんが、どうぞおかけになって」
手早くお兄さまの食器を脇にどけて、向かいの席についてもらう。
「すまない、急がせてしまって」
「そんなことありません!」
慌てて訂正する。アルヴィンさまには何も非はない。駄目なのは勘違いした私の方。
恥ずかし過ぎて気まずいと思ったところで、メイドが入ってくる。新しいポットからお茶が注がれた。
でもお兄さまは戻ってこなくて、食器が片付けられる。
二人きり……。
婚約者同士とはいえ、よくないような…………。
使用人すらいない部屋で異性と二人きりなのは、醜聞なのではと思うけれど、でも嬉しい。
「実はエリオットに席を外してもらったんだ」
「そう、でしたか……」
お兄さまは割と礼法には厳しいというか、貧乏人の娘と誹られないように細心の注意を払っている。だからこういう醜聞に繋がりそうなことは、絶対に反対すると思っていたのに。
「短時間なら構わない、と言われたよ」
笑顔に苦笑が混じる。妹大好きな兄を思い浮かべたのだろう。
「出かける前にこれを渡したくて、時間を作ってもらったんだ」
そう言って出されたのはピンク色のリボンがかかった小箱。
思いがけない贈り物に、びっくりだった。
「こちらは?」
「開けてみて」
リボンをほどいて蓋を開ける。
「まあ……!」
白い天鵞絨の上に鎮座するのは、小粒だけれどキラキラと輝いている橄欖石の耳飾りだった。私の緑の瞳よりやや濃いそれは、顔の近くにあってもうるさくなくて……控えめに言ってとても綺麗だった。
「素敵だわ」
「うん、宝飾店で見て一目惚れしたんだ。似合うと思って」
「
「瞳と同じ色ね。ありがとう。初めてなの、宝石を持つの」
お母さまの宝石類は家に代々伝わるもの以外すべて処分した。幼いころは必要なかったし、年ごろになった今でも借金がある身で着飾るなんてできはしない。
外出着はつい先日、お兄さまから贈っていただいたけれど、一度に身の回りを整えるなんて無理だった。特に欲しいと思ったことはなかったけれど、でもこうして自分に贈られるとすごく嬉しくてたまらない。
「出かけるのに、アクセサリーの一つもないようでは寂しいかと思って」
言われて気付く。それなりの年齢を迎えていて、一つも持っていないのは貧乏だと後ろ指をさされるかもと。
ようやく新しい服を誂えられるようになったばかりだから、アクセサリーまで気が回らなかった。気付いたとしても買えなかったけれど。
男性のアルヴィンさまでもカフスに宝石を使っているし、タイピンも揃いになっている。
連れの私が身を飾るものを一つもつけていないのでは、恥をかかせてしまったかもしれない。
「そうじゃないよ……。私が着飾ったセラフィナを見たかったんだ」
心を見透かすように言われてドキリとする。
「好いた女性を飾るのは、男の特権だと思っている」
少し照れたように言うのが可愛らしい。帳簿を確認するときの真摯で厳しい目つきや、初めて顔を合わせたときの微笑んでいるのに睨まれているような凄みのある目が、柔らかな光を湛えていた。
「ありがとうございます。さっそく付けても?」
そっと手のひらに乗せる。鏡はどこだったかしら……。
「この場でつけられる」
そう言って上着のポケットから手鏡を差し出される。
「用意周到ですのね」
「エリオットが渡してくれた。身に着けたところを一番に見たいだろうと」
「お兄さまらしいわ」
いつだって私の一番喜ぶように動いてくれる。
今回はアルヴィンさまにとっても一番嬉しいのだと思いたい。
小粒とはいえ照や輝きが強く存在感のある橄欖石が、顔の周りを飾り華やかさを与えてくれた。
「どう……かしら?」
私のために特注したと言われても、頷いてしまいそうになるほど似合っているとは思う。
でも他人の目から見てどうだろうと、少し不安で……。
何せ初めて宝石を身に着けるのだ。
「すごく似合っている。可愛いから何を身に着けても似合うとは思うが」
顔から火が出そうなくらい熱い。きっと真っ赤になっている気がする。
真顔で可愛いなんて言うから、どう反応したら良いかわからない。
「あ……ありがとうございます」
「じゃあ、出かけようか。玄関先に馬車を待たせている」
「ええ」
エスコートを受けながら部屋を出た。
「先輩、妹に不埒な真似はしていないですよね」
私の顔を一瞥したお兄さまが凄みのある笑みでアルヴィンさまを見つめる。
「婚約者の名誉を汚すような真似はしないよ」
「お兄さま、嬉し過ぎて興奮してしまっただけなの」
否定しないとアルヴィンさまの立場が悪くなりそう。笑っているのに人を殺しそうな目をしていたし。
「本当よ。本当に何もなかったわ! 悲しませるようなことする訳がないわ!!」
「わかった、セラフィナを信じるよ。楽しんでおいで。でも日が暮れるまでには帰っておいで」
「ええ、楽しんでくる。夕食は一緒に食べるから待っていて」
お兄さまに手を振り、アルヴィンさまの手を借りて馬車に乗り込んだ。
「本当にありがとうございます。大切にしますね」
「喜んでもらえて良かった。初めて宝石を贈られる経験を、エリオットから譲ってもらった甲斐があった」
「お兄さまにはつい数日前に、ドレスを贈ってもらったんです。今の時期、これ以上買っていただく訳にはいきません」
ドレスを少し摘まんで見せる。
「素敵ですね。妹に何色が似合うかよく知っている。それに子供っぽくもなく、さりとて大人びてもない絶妙なデザインだと思います。真面目一辺倒のエリオットが、こんなに粋だとは思いもよらなかった」
「ドレスメーカーの店長が優秀なのです。こういう感じにしたいと言いますと、ではここら辺はどうでしょうと、デザインブックからいくつかのデザインを見せてくださいます。私たちはその中から一番気に入ったものを選ぶだけで、想像より素晴らしいドレスが出来上がってくるのですわ。初めてお店でドレスを誂えましたけれど、とても面白かったです。もちろんお兄さまの愛情が為せるところも大きいですが」
令嬢や夫人がドレスを何枚も作りたくなる気持ちがわかった。
無駄にたくさん作りたいとは思わないけれど、季節ごとに新しいドレスを作れるようになったら嬉しい。その前に無給で働いてくれた使用人たちに、お礼を兼ねて何かしたいけれど。何が喜ばれるかわからなくて模索中。でも今までの苦労には絶対に報いたいと思っている。
「仲が良いのはいいですね」
「アルヴィンさまのところは如何ですか?」
あまり私生活のことを根堀り葉堀り聞いてはいけない気がして尋ねたことがなかった。
「仲は良いですよ。我が家は兄と私の二人兄弟ですが、子供のころはよく遊びましたし、勉強をおしえてもらったこともありましたが、男同士なので大人になってからはあまり話さないですね」
「そういうもの、でしょうか?」
「そういうものです」
淋しいとは思うものの、特に不仲ではないというのなら、聞き流す方が良いのかしら?
アルヴィンさま自身、さほど饒舌ではないから、同じような気質だったら交わす言葉も少なくなりそうな気はする。
おしゃべりをしている間に、植物園に到着する。馬車に乗ったと思ったらあっという間に着いてしまったから、もう少し二人で話していたかったと思うくらい。
「ではいきましょうか」
そう言って先に降りると、手を差し出してくれた。




