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10. 女神の破滅

 朝、目覚めたとき少し貴族街が騒がしいと思った。


 喧騒で目を覚ましたわけでも、馬車の往来が多いという訳ではなく、心の中にひっかかりを残したまま学園に登校して、その理由を知った。

 生徒の中に阿片中毒が出たという情報は、瞬く間に学園を駆け抜け、授業が始まる前には全校生徒が知るところに。


「一年生が数人、休んでいるみたいだけど、あの女子生徒絡みかしら?」

「間違いなくそうね、彼女から阿片の臭いがしていたもの」

 登校すると、まだ生徒がまばらな教室内は既に噂で盛り上がっていた。


「セラフィナ、阿片の臭いなんて知ってるの?」

「領主の仕事の一環で、阿片窟を強制的に閉鎖したことがあるの。そのときに少しね」


 お兄さまと私は王都に過ごしながら借金返済と、王都に住むお金の無心しかしない親戚の対応をしている。領地の管理はお父さまに任せきりとはいえ多少の情報は入る。


 その中に届け出のない阿片窟があるというものがあった。敢えて領地境に作り、捜査の手から逃れようとしていたのだ。野放しにしていては問題が悪化するだけであるからと、憲兵や騎士団と一緒に踏み込んだのは、まだ私が十三歳のとき。お兄さまは十九歳だった。


 子供を同伴させるのはと、当初は良い顔をされなかったけれど、領主代理ということで粘り勝ちした。

 お父さまには事後、阿片窟を潰したことと、領内をきちんと見回ってほしいとだけ連絡した。


「そういうことね。てっきり吸ったことがあるのかと思ってびっくりしたわ!」

 ダリアは本当にびっくりした様子だった。もし一度でも吸ったと言ったら友情が終わりそうなほど。


「絶対に手を出したくないわ。中毒になったら悲惨よ。貴族としての体裁どころか、人として駄目になってしまうもの」


「それって……」

「使っていた生徒たちが軽い中毒だったら良いけど、重かったら元通りにはならない可能性もある。最悪は自主退学かしら。表の世界から消えるどころか、療養所から一歩も出られない未来もあるわね」


 ダリアは絶句したままだ。少し刺激が強すぎたらしい。怖がらせるつもりはなかったのだけれど、言い過ぎてしまったのかもしれない。

 そして私とダリアが話をした翌日から、学園は休校に入った。



 * * * 



「阿片窟の手入れなんかに同行したいと言われたときは猛反対だったが、こうなってみると連れて行って正解だったな」

 お兄さまは溜息交じりで呟いた。


 キャンディさまの信奉者全員が、中毒患者として治療が必要な状態だった。私に暴力を振るって退学になった男子生徒たちも含めてみな治療院への入院が決まったらしい。


 同じクラスの男子生徒たち全員が中毒にならなかったのは、同級生の女子生徒たちが臭いと教師に苦情を申し立てたから。

 ダニエルさまが信奉者たちと違うのも同じ理由からかもしれない。影響は受けたのだろうけれど、見た感じその影響は軽微だ。


 それでも念のためにテルフォート伯爵に連絡を入れた。即座に「念のために医者に見せる」と感謝の言葉と一緒に綴られていた手紙が返ってきた。


「でもわからないのは、香水に混ぜられた阿片で中毒になったとして、使っていたキャンディさまは問題なくて、お近くにいた方たちが中毒になったのは何故なのでしょう?」


「好きな女の子と同じ香水が欲しいと、店を調べて自ら買い求めていたらしいよ。店の商品すべてに阿片が含まれていたようだね。最近は阿片を使う人も少ないから、家族も臭いで気づかなかったみたいだ」


「そうですのね……。お父さま世代なら知っているのが普通だと思っていました」


 もしかしたらキャンディさまは、香に何かあると感じていたのかもしれない。男子生徒に会うときにだけ使って、それ以外の時は絶対に使わないように。

 男子生徒たちの方は女神と同じ香りに包まれ、幸せな気持ちになって使い過ぎたのかも。


「父よりも祖父母世代だろうね、一般家庭にも阿片チンキの瓶が常備されていたのは」


 我が家はお祖父さまが病に伏したときに、苦しいならとお祖母さまが何度も飲ませようとしていた。強すぎる薬は体力を奪うからと取り上げていたのはお兄さま。

 楽にして死期を早めるか、苦しいものの適切な薬で延命するか、お祖母さまに選択を強いてはよく罵られていた。


 お父さまはオロオロするばかりで、そういえば役に立たなかった。いつも親の顔色を伺うばかりで。仕事はできる人だけれど、押しが弱すぎるのは、当主として不向きなのだろう。


「キャンディさま……。キャンディさまはどうなったのでしょうか?」

 すぐに休校してしまったから、男子生徒たちの女神がどうなったかはわからなかった。


 中心人物なのに常に処分の対象外だったけれど、さすがにここまで騒動が大きくなって休校にまで発展してしまえば、野放しはないだろう。


「除籍処分になったよ。ヘイデン男爵は自主退学にしたかったらしいが、学園側が許さなくてね。退学処分にさえしたくなかったらしい」

 それはまた、予想以上に厳しい処分に……。


「本人を領地に戻してほとぼりが冷めるのを待つらしいけど、どうなるんだろうな。少ししたらどこかに嫁に出すんじゃないかと思うよ……」


 お兄さまは学園関係者ではないけれど、事件の関係者ではある。

 学内の問題を王宮で公表して女子生徒の救済に奔走したのは、妹である私や私の友人のため。男子生徒の阿片中毒を憲兵に通報したのもお兄さまだ。阿片の臭いに気付いたのも私だけだったから。お兄さまを通じて憲兵に通報した。

 だから関係者扱いで、少しばかりほかの人より情報が多く流れてくる。


「どこかに後妻として嫁がせたいのかもしれないけれど、男爵の思う通りに行かない気がするわ」


 中毒になった生徒の親たちから相当恨まれているだろう。表に出られなくなったからといって、許さない家は多いと思う。上手く逃げおおせたら良いけれど、そうでなければ未来は暗そうだ。



 * * *



 半月ぶりの登校に、少し緊張したけれど普通に授業が始まり、放課後まで何事もなかった。


「一年生では男子生徒の半分近くが休学になったみたいです」

 休校明け初日、リーナさまが我が家に寄ってくれる。


「私たちの学年は、念のためにって全員が医者の診察を受けて……」

 どういう状況なのか私たち二年生では知り得ない。

 緘口令は敷かれていないけれど、教師たちは敢えてほかの学年にまで説明する気はないらしい。一年生以外でも信奉者も中毒者もいるのだけれど。


 「やっぱり……。思っていた以上に多く休学したみたいね」

 朝、いつも通り早めの時間に登校したら、以前より生徒の数が多かった。気になって早めに家を出た生徒が多かったのだと思う。


 でもそれだけだった。

 教師は特に何も言わず、平穏なまま放課後を迎えた。けれど食堂では明らかに男子生徒が少なく、事件の影響を思い知らされた。


「信奉者の方々は、阿片入りの香をご自分でも買い求めていらっしゃったみたいだから、知らずに中毒になっていたらしいわ」


 この情報はお兄さまから教えてもらっていた。

 表通りにそんな店が普通に営業していたとは……、と少々驚いていた。

 捕り物があった後、一斉に査察を入れたという話だ。


「そうなんですね……。少しずつ理性の抑えが効かなくなっていたみたいだし、何か近寄りがたい雰囲気があったのはそういうことなの……」

 なるほど、と相槌を打つ。妙に納得した顔だった。


「お父さまは商会を興していますけど、貴族御用達でお店は持っていないから、こういった情報は入ってこなくて……」

「貴族が商会長で、貴族御用達ならお店は必要ありませんものね」

 貴族向けの場合、お屋敷に伺うから店は必要ない。せいぜいが商品を保管する倉庫が必要な程度だ。


「先生方は生徒数が減り過ぎていて、授業がやりにくかったみたいです。でも女子生徒たちは変に絡まれることもなくなったし、安心して通学できるって歓迎してました」

「手を上げられないとはいえ、複数人で人の目の届かない場所に連れていかれるのだもの。暴力を振るわれるのと同じくらい怖かったと思うわ」


 リーナさまもだけど調査のために歩き回っていたとき、みんな顔色が悪く震えていた。

 きっとすごく怖かったのだと思う。


「これでようやく平和が戻ったわね」

「ええ、休学した男子生徒が戻ってくるのが、ちょっとだけ怖いですけれど、取敢えず安心しました」


 そう言って笑うリーナさまは、心からほっとした様子だった。できればこのまま心穏やかな学園生活を送ってほしい。




 さらに半月ほど経ってから多くの男子生徒が学園に戻ってきた。


 復学できない生徒たちも、回復次第復帰するらしい。重い中毒に陥り、退学する生徒は出なかったのが唯一良かったことかもしれない。


「朝、いきなり謝罪を受けました」

 リーナさまが笑顔で報告してくれる。


「復帰してきた信奉者の方々が、一斉に頭を下げられて申し訳なかったと。それはもう真剣に」

「貴族として学んできたのですもの。薬が抜けて正気に戻られましたら、何が良くなかったか嫌というほど理解できたでしょうね」


「その通りです。まだ信用はできないけれど、謝罪は受け取りますと、代表で一番身分の高い女子の同級生がまとめてくださって。まだ表面上の和解ですけれど、このまま彼らが普通の生徒として過ごしていれば、私たちとの間の溝が自然と埋まっていくのはないかって思ってます」

 言葉だけでは駄目ですよね、と言うリーナさまだけれど、学園の空気が変わったことは歓迎している。


「勉強は療養中に必死で学んだらしくて、休学前より学力が上がっているらしいですわ」

 良い雰囲気の中で授業を受けられたと、喜んだ声が返ってきた。

「そういえばキャンディさまに侍っていたときは、成績が落ち続けていたとおっしゃっていましたものね」


 ようやく普通の学園生活が送れるようになったと、嬉しそうに言って帰宅する。

 これで学園内が元通りになってくれれば良いのだけれど……。

欧米では、割と最近まで阿片が合法だったり。

という訳で作中では合法(認可制)としました。


合法だったのは良い鎮痛剤がなかったなどの理由がありそうですが、赤ん坊の夜泣き防止みたいな、現代人だと「マジで!?」な使われ方も。

中毒になるのは自己管理ができてないからだそうで……。

個人的にはたとえ合法でも不必要な薬は使うものではないなと思ってます。

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