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◆18.そっと手を伸ばす

 夏休みに入って、僕は三浜さんの事を忘れようと努めていた。高校時代の友人に相談して、「世の中には他にも女はいるんだ」という言葉を真に受けて、恋愛指南書と銘打った本を何冊か購入し、出会い系のアプリにも登録した。

 それからアプリを介して何人かの女性とやり取りをしたけれど、スマートフォンの画面越しですら会話は弾まないし、これから実際に会って関係性を深めていきたいとも思えない。それが透けて見えたのか、どれも長続きはしなかった。もちろん、僕の方に問題がある。僕の頭は片隅どころか大部分で未だ三浜さんの事を考えているし、他の異性と話していても彼女の影が常にちらついた。我ながら未練がましい。


 結局のところ、僕は盛大に彼女に振られる事でしか、前に進めないんだと思う。でも、それは叶わない。正確に言えば、僕は過去の三浜さんに恋をしている。僕が好きだったのは、熱意をもって夢に向かって努力を続けている可愛らしい女性だ。今の、小説も書かず、平気で嘘をついて人との約束を破る、あの女ではない。だから、今の三浜さんに振られても意味が無い。

 僕が知らなかっただけで、彼女が元からそういう女性だった可能性はあるし、無意識の内に過剰に美化していて、『僕が好きだった三浜さん』なんてものは初めから存在しないのかもしれない。それでも、僕は彼女との思い出を、美しい姿のまま手元に残しておきたかった。何とかして、三浜さんに情熱を取り戻させられないか、そればかり考えている。


 長期休暇も明けて、また大学へ通う日々が始まった。サークルも文化祭に向けて、人が戻ってくる。文芸サークルは10月に開催される文化祭で、毎年『ホオズキ』という名の部誌を発行している。サークルで唯一といっていい年1回の大切な行事だ。幽霊部員が多い文芸サークルも、学園祭が近づくと人が増えてくる。なんだかんだ皆小説が好きなんだと思う。心のどこかで、僕は根拠のない淡い期待を抱いていた。だけど、それは簡単に打ち砕かれた。夏休みが明けても三浜さんのサークルへの出席率は悪いままだ。そして文化祭用の短編すら過去の作品を使いまわす体たらくで、本当にがっかりさせられる。しばらく僕は彼女の顔も見たくなくて、ひたすらに無視を決め込んだ。でも、それじゃ何も変わらない事は分かりきっている。


 意を決して、僕は三浜さんを諭す為に、文化祭当日に今日の午後時間がないか尋ねた。でも、三浜さんは友達との約束があるとか言って断った。一体何が彼女をここまで変えてしまったのか。やり場のない怒りを抱えながら一人で文化祭を巡っていると、僕は三浜さんを見つけてしまった。彼女は馬鹿げた仮装をした男と、腕を絡ませて歩いている。どうみても、明らかにただの友人関係ではなかった。それに、こういうイベントにかこつけて、仮装をしておちゃらける人間は、僕が一番嫌いなタイプだ。何とかして男の顔が見たくて、僕は人込みに紛れて正面に回った。でも、奴の表情はカボチャ頭のせいで全く分からない。そして、代わりに見れたのは、僕には見せた事の無い種類の笑みを浮かべて、楽しそうにそいつと会話する三浜さんだった。

 こんなにも違うものなのか。僕が愕然としていると、二人は僕に全く気付かずに前を素通りする。本当に僕は背景でしかないんだ。頭の中で何かが明確に音をたてて壊れていく。


 男とすれ違う際に、不意に煙草の臭いがした。最近、三浜さんが漂わせている、あの嫌な臭いだ。……彼女が運命的な出会いが僕にあったと断言したのが3月の春休みで、それから会うたびに三浜さんの体から煙草臭がするようになり、スランプにも関わらず原稿用紙が白紙でも悩んでいる様子が無くて、サークル活動すら休み、あからさまに手を抜くようになった。頭の中で、パズルのピースが一つずつ嚙み合っていく。あの男が全ての原因で、三浜さんを歪ませた張本人じゃないのか。あいつを彼女から取り除けば、全て元に戻るかもしれない。


 後を付けながら、僕は男に問い詰める機会を待っていた。でも、三浜さんはずっと仮装男から離れない。本当にイライラさせられる。結局、文化祭の終盤まで二人は付かず離れずで、日が沈んだタイミングで、人気を避けるように時計塔に入っていった。嫌な予感がして、僕も中に入り、階段の上段辺りにしゃがみこんで、様子を伺う。暗がりで良く見えないけれど、男の方がカボチャ頭を脱いで煙草を吸い始めた。時計塔はもう喫煙所ではないし、明らかに不良学生じゃないか。そしてあろうことか、三浜さんに煙草を手渡した。やっぱり奴の影響で彼女はおかしくなっている。猛烈な眩暈と動悸に襲われながら、僕はただ見ている事しか出来ない。鉄の味が滲む。


 でも天は僕を見放さなかった。花火が終わった後、三浜さんはおもむろに立ちあがる。彼女が階段の方にやって来た時は流石に肝を冷やしたが、一階の死角に隠れて難を逃れた。僕がここにいるなんて考えもしないんだろう。彼女が時計塔を出て十分遠ざかってから、僕は二階へと向かう。仮装男は窓際に立ち、こちらの気も知らないで新しい煙草に火を点けた。僕は音もたてず彼の背後に近づきながら、三浜さんの元から去るように説得するために、男の胸倉を掴むイメージを膨らませる。でも、気付いた。もっと簡単で確実な方法がある。僕はそっと手を伸ばして、彼を窓の外へ突き落した。


 鈍い音が辺りに響く。足の骨が折れる程度なら良い薬になる。そう思って、僕は窓の下を眺めたが、奴がピクリとも動かなくて、体から赤い液体が広がっていくのを見て、血の気が引いた。まずい。学生達が異変に気付いて、集まってきた。一人の野次馬が僕の方を指差したせいで、一斉に視線が僕の方へ集まる。見るな。僕はここまでしたかったんじゃない。正義感の強い馬鹿が僕を捕まえようと時計塔に入ってくる。やめろ。近付くな。僕はそいつらを蹴り飛ばして、逃げて、逃げて、逃げた。


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