◇17.輝く夜空の下で
スマートフォンを構えて、バスロータリー前に置かれたベニヤ板製の巨大な入場門や、発泡スチロールで作られた『第62回文化祭』のモニュメントを画角に収めていく。文化祭はハロウィンが時期的に近い事も相まって、アニメキャラのコスプレや仮装で売り子をしている学生もたくさんいる。今年はぽかぽかとした秋晴れで、見た感じでは去年よりも多いかもしれない。私自身はそういうのはしないタイプだけど、傍から眺めているだけでも非日常気分を味わえて好き、だったんだけど。私はスマートフォンで今撮った写真を確認してみる。その全てにジャックオーランタンの被り物に黒マントという、クラシカルな仮装の変質者が見切れるように映り込んでいた。
「……やっぱり関西人の血がそうさせるの?」
隣を見ると、写真に写った変質者が私のスマートフォンを覗き込んでいる。印刷されたカボチャの表情は変わらないけど、アザミは不服そうに腕を組んで。それから太陽を指差して、身振り手振りでアピールする。彼女の名誉の為に補足しておくと、人込みの中で日傘を差す訳にもいかないし、苦肉の策のはずだ。そのわりにはノリノリに見えるけど。数日前に文化祭当日の天気予報を見て、急いでインターネットで購入したみたい。
「コスプレするって聞いた時は期待したのに」
目的は陽射し除けなので、肌の露出を最小限に抑えて予算も限られるとなると、確かにこういうのかペラペラの着ぐるみタイプしか無くて、妥当ではあるんだけど。彼女の顔と身長とスタイルなら、もっと似合う衣装がたくさんあるだけに惜しい。王子様とかブレザーの制服とか和装とか。私の好みを着てくれるなら、お金だって全然出すのに。
「というか、それ喋れないの?」
アザミを見ると、プラスチック製のカボチャ頭の口元がペコペコ凹む。私が黙って見守っていると、カボチャ頭が耳元まで迫ってきた。
「さ ん け つ な る」
「あぁ、なるほどね」
私は鞄から文化祭のパンフレットを取り出して、彼女の前でパラパラとめくる。
「じゃあ、アザミは何処か行きたい模擬店とかある? お昼だし、食べたい物とかでもいいよ」
アザミはパンフレットを受け取ると、カボチャ頭に近づけては離し、それから首を傾げる。
「……もしかして、それ視界も悪いの?」
カボチャ頭は見当違いの方向にこくこく頷いて、危うくモニュメントにぶつかるところだった。前途多難。
「しょうがないなー。じゃあ、これでいこっか」
危なっかしいから、私は彼女の隣に移動して腕を絡めてあげる。それから、私たちはお昼ご飯に焼きそばを食べて、デザートに違うクレープを半分ずつ交換して。軽音サークルのライブで熱狂し、また茶道部でお茶を嗜み休憩して。アーチェリーサークルで的当てを楽しんだ後はスタンプラリーにも参加して、目一杯文化祭を楽しんだ。その間、私はずっとアザミの腕を抱きしめて、カボチャ頭の彼女を誘導する羽目になった。想像していたのとは、ちょっと違う。でも、まぁ、これも一つの思い出かもしれない。日が沈む頃には二人とも歩き疲れて、予定より早めに時計塔に行って待機している。アザミが言うには、文化祭の終わりに花火が上がるらしい。いつもの長椅子に座って、窓から外を眺めているけど、まだそれらしい気配は無かった。
「去年見た記憶無いんだけどなぁ」
「んしょ。もうちょっと時間あるよ。ほんまに最後やから。去年は、始まる前に帰ってしもたんちゃう?」
そう言いながら、彼女はようやくカボチャ頭を脱いだ。やっぱり、こっちの方がいい。
「前期と後期の試験落ちたら、追試あるやろ? その追試代使って、花火打ち上げるらしいで?」
「……絶対嘘だ」
「どうやろなー」
アザミは煙草に火を点け、煙を肺に少しずつため込み、ゆっくりと宙に逃がした。
「ほんとに美味しそうに吸うね」
「ん。誉め言葉として受け取っておくわ」
煙草を左手に挟んで、彼女はニヤリと笑う。
「そういえば、夏帆にウチが何で煙草吸ってるか、話した事あったっけ?」
「え? 元カレの影響じゃないの?」
アザミはまた煙草をほんの少しだけ吸って、煙を斜めに吹き下ろした。
「うん。初めはな。でも、今はちょっとちゃう。禁煙社会になって、煙草吸ってる人もどんどん減ってるやろ? あと、数十年したら、世界から煙草は無くなるかもしれへん。もちろん、それが正しい時代の流れとは分かってるんやけど。吸血鬼になってからは、こいつに妙な親近感沸いてな。あほらしい話やけど。ウチはさ、最後の一人になっても煙草吸ってたろ、って思ってるんよ」
「ふうん」
私は彼女の指から煙草を奪って、見よう見まねで吸ってみる。初めての煙草は、甘くて苦い。大人の味だ。くらくらする。
「じゃあ、これで二人だね」
私が笑いながらそう言うと、彼女はくしゃくしゃと私の頭を撫でた。
煙草を吸い終わり、二人で肩を並べて待っていると、歓声と共に大きな花火が何発も打ち上がる。特等席で眺めるその景色は本当に綺麗で、私はこの景色が永遠に続く事を願った。音に掻き消されない様に、彼女の耳元で囁く。
「ねぇ、アザミ。お願いがあるんだけど」
「何?」
私はそっとブラウスの首のボタンを外す。
「アザミが吸血鬼になって、ずっと辛かったっていうのは知ってるよ。言葉にすると軽いけど、一緒にいて、その大変さも分かってるつもり。でも、私ね。アザミと同じ時間を生きて、同じ景色を一緒に見たいの。だから、私も吸血鬼にしてくれない?」
言ってから、これじゃまるで愛の告白みたいだ、と私が顔を真っ赤にして固まっていると、アザミは微笑みながら「馬鹿」と呟く。そして、牙を立てずに、私の首筋に優しくキスをした。




