◆13.お世辞じゃない
僕はいつものように大学のラウンジに来て、自分のノートパソコンを開いて小説を書いている。毎週火曜日と金曜日、サークル活動の始まる少し前に三浜さんと合流して、ここで自作の小説を読み合ってきた。彼女が来なくなってからも、習慣は抜けない様で自然と早めに足を運んでしまう。あれから三浜さんからの連絡はない。映画を一緒に観に行くことも、創作について語り合うことも、出来ていない。分かっていたけれど、それは想像以上に堪えた。僕は節目節目に通知のないスマートフォンの画面を眺めては、ため息を吐いている。三浜さんと会いたいし、話したい。その思いが胸の奥を掻きむしる。こんなに辛く悲しいなら、好意なんて抱かなければ良かった。でも、今更どうにもできない。
僕と三浜さんの共通点は、創作が好きと言う事につきる。だから、彼女が小説を書かなくなると、僕は自分が三浜さんに何をしてあげられるのか全く分からなくなった。そもそも、彼女が友人の看病という嘘をついてまでサークルをサボったあの日から、僕は三浜さんがスランプになって本気で悩んでいるとはどうしても思えないでいる。僕だって全く書けない時期や挫折は何度か経験があるし、試行錯誤して乗り越えてきた自負がある。多かれ少なかれ創作を行っている人は自身の持つ葛藤や悩みと向き合って、工夫して克服しているはずだ。だから、三浜さんから何か一言相談さえあれば、まだまだ提案できる事はある。でも、それは本人にやる気が無いと全く意味を為さない。
何故、ここまで三浜さんを心配するのかと問われれば、やはり彼女に才能を感じるからだ。僕とは違う独特の視点で日常の些細な出来事を捉え、拾い上げて埃をぱんと払い、意味を見出し磨き上げて作品として昇華する。それは凡人の僕には到底出来ない事で。客観的に見てロマンチストすぎるし、時折作者と作品の距離が近すぎて傷ついていないか心配にもなるけれど。僕はこれから彼女が書くであろうたくさんの物語を読みたかった。ここで筆を折るのは間違った選択だ。もはや三浜さんからどう思われてもいい。それで、彼女がまた熱意を取り戻すなら。僕はスマートフォンを操作して、通話ボタンに三浜さんへの思いを込めて押す。彼女は長いコールの末にやっと出た。電話先は静かじゃなくて、屋外の様だ。その事実さえも、僕を苛つかせる。
「もしもし、松永です。三浜さん、今何してるの?」
「あっ、もしもし。松永先輩? お久しぶりです。すみません。サークル連続で休んでしまって。今ですか? 今は大学近くの商店街のスーパーで買い物してて。これから、例の体調不良の友達の家に行って、料理を作ろうかなって感じです」
まだ嘘に嘘を重ねる気なのかと、内心呆れかえってしまう。この前、三浜さんがサークルを休んだ日、酒瓶を抱えて見慣れないマンションに入ったのを見たと言ってやろうか。でも、それでストーカー紛いに勘違いされるのも癪だ。僕は違う。
「……へぇ。もう結構日数が経ってるけど、まだその友達の体調は悪いんだ?」
「そうですね。熱は下がったんですけど、まだ外出は出来てなくて。私が大学の帰りに寄って買い物とか、洗濯とかしている感じなんです」
「その友達は病院には通ってるの? そんな何日も体調不良が続くぐらい重症なら、自己判断じゃなくて医療のプロに任せた方が良いと思うけどね」
三浜さんは押し黙ってしまった。ほら、初めから設定に無理があるから、すぐにボロが出るんだ。
「その、友達は病院に行きたくないみたいで」
僕はもう笑ってしまいそうになる。大学生にもなって、彼女は何を言っているんだろうか。もし、本当にそんな友人が実在するなら、引っ叩いてでも病院に連れていくべきだ。
「そうなんだ。まぁ、それならしょうがないね。看病頑張って。それで、三浜さん。小説の方は最近書けているの?」
「今は全く書いてないですね」
電話口の三浜さんの声が小さくなる。
「書けていないじゃなくて、書いていない、なんだね。どうだろう。何か技術的に参考になりそうな本でも貸そうか? プロットの作り方とか脚本術について書かれた本なら何冊か持ってるよ。それに、何年か上の先輩が小説執筆講座っていうのに関わってるらしいから、それを紹介してもいい。あと、最近知ったんだけど、アプリで作業通話しながら創作をする人も居るみたいで。相互監視みたいなもので、決まった時間に通話しながら書けば習慣化できるかもしれない。とにかく、机に向かって書かないと何も進まないよ? これは三浜さんを心配して言っているんだ」
「色々教えてくださってありがとうございます。ただ、今はどれにも時間を割けそうにないです。……あの、どうして、松永先輩はそこまで私の事を心配してくださるんですか?」
質問の意図が分からなくて、言葉に詰まった。一瞬、ここで彼女に対する思いの丈を全て正直にぶつけてしまおうかとも思った。けれど、告白するのなら、こんな電話越しで言うのは抵抗がある。それに、単純な恋愛感情や性欲解消目的で心配していると思われるのも嫌だった。彼女を異性として見ている以上、そこに全く繋がりが無いとは言いきれないが、少なくとも僕の中ではイコールではない。もっと高尚な気持ちのはずだ。
「どうしてって、それは。……三浜さんの書く文章が誇張抜きで好きだからだよ。また、君の書く物語が読みたいんだ」
「そうなんですね。お世辞かもしれないですけど、ありがとうございます。そんな事言ってもらえるのはありがたい事だと、感謝しないといけないとは思うんです。でも、正直今の私にとっては小説を書くことは二の次なんです。小説家になる夢を諦めた訳じゃなくて、今は友達の為に時間を使いたくて。現状小説の事を集中して考えられる状態では無いので、松永先輩に心配していただくのもつらい物があります。また小説を書けたら、見せます。それまで、少しそっとしておいてもらえますか?」
「……分かった」
僕が返事すると、三浜さんは小さい声で「すみません」と言って、そこで通話は切れた。スマートフォンを置いて、頭をテーブルに叩きつける。思ったよりも、大きな音がラウンジに響く。周りの学生の視線を感じるが、どうでも良かった。痛みも感じない。
「……お世辞じゃないんだ、お世辞じゃ」
引っ掻き続けた胸の奥底が抜け落ちた気がする。どろりとした黒く生暖かい物が僕の中で顔を出した。




