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◆10.努力の行方

 エナジードリンクを飲みながら、僕は大学ラウンジの定位置に座って、三浜さんの登場を待っていた。今日、僕の手元には、いつもの自作小説の原稿の他に、二つ彼女に渡すものがある。


 最近、僕は吸血鬼が出てくる小説や、漫画、映画などをジャンル問わず調べて、時間が許す限り鑑賞している。そして、それらの共通点や、それぞれの作品のオリジナリティの要素、そして個人的に面白いと感じた部分などを昨日数時間かけて、紙にまとめておいた。一つ目は、この資料だ。

 これは別に、三浜さんに頼まれた訳じゃない。僕が勝手にしている事だ。僕は、この資料が三浜さんのスランプの解決に1%でも役立てば嬉しいし、彼女の笑顔が見れれば他には何もいらなかった。


 二つ目は、単純に映画のフライヤー。最近流行りのアニメ映画で、主人公達が家族を殺害した吸血鬼を倒すストーリーだ。記載されたあらすじを見ると、この作品内では吸血鬼の残虐性や身勝手さが強調され、観客に憎まれる、倒すべき存在として描かれるらしい。たぶん、この吸血鬼は弱点を暴露され、悪役として悲惨な最後を迎えるんだろう。

 残念ながらこの映画は三浜さんの書きたい、吸血鬼と友情を育んだり恋愛要素が絡む物語じゃない。でも、若者から大人まで幅広い年齢層に人気があって、感動的なシーンや緊迫感あふれるアクションシーンが盛りだくさんで、デートムービ―にも適しているという触れ込みだ。全く参考にならないなんて事はない筈で、だから僕は彼女をこの映画に誘おうと考えている。頭の中で、どうすれば、いかにナチュラルに映画へ誘えるか、そんなシミュレーションをここ数日重ねてきた。それに、もう続編の制作も既に決まったという噂もある。これを機に三浜さんと定期的に映画を観られたらなんて、そんな期待も膨らむ。

 もちろん下心が全く無いとは言えない。でも、若干の下心が許されるくらいには、我ながら頑張ったと思う。


 今日何度目かの欠伸を噛み殺していると、不意にテーブルに置いたスマートフォンが鳴った。電話の相手は三浜さんだ。珍しいと思いながら、画面をタッチして耳に近づける。前回、彼女から掛かって来たのは、いつだっけ。

「はい。もしもし。松永です」

「あっ、もしもし。三浜です。急にすみません、松永先輩。申し訳ないんですけど、今日の活動をお休みしたいんです」

 僕は彼女が何を言っているのか、意味がよく分からなかった。彼女が休むなんて事は、今まで一度も無かった筈だ。

「もしもし? 松永先輩? 聞いてますか?」

「ごめん、聞いてるよ。理由は? 何かあったの?」

「友達がちょっと体調不良みたいで、お見舞いに行きたくて」

 お見舞い。

「その友達は入院でもしたの?」

「いえ。ただ、最近大学に来ていないんです」

 大学生なら、急に来なくなる奴なんて幾らでもいる事は、この文芸サークルが証明しているんだが。

「……そう。なら、今日は僕の事は気にせずに、お見舞いに行くといいよ。ちなみになんだけど、週末は時間あるかい? 今、『鮮血のエクリプス』って、吸血鬼が登場するアニメ映画が上映中でね。三浜さん、吸血鬼の話を書きたいって言ってたでしょ? 小説の参考にもなると思うんだ。だから暇なら、一緒に観に行かない?」

 僕はスマートフォンを限界まで耳に近づけて、彼女の返答を待った。少しの沈黙の後、三浜さんの声が聞こえた。

「あの、今日お見舞に行く友達の体調が、どの程度悪いのか分からないので。もし、酷いようなら、しばらく看病もしてあげたいと思ってるんです。なので、今後の予定はまだ分からなくて。誘っていただいたのに、すみません」

 そんな事、三浜さんがしないといけないの? という言葉を、僕は時間をかけて何とか飲み込む。

「……そっか。分かった。もし、映画に行けそうなら、また連絡してよ」

「はい。わざわざ誘って頂いたのにすみません。それじゃあ、失礼します」

 そう言って、通話は切れた。スマートフォンの着信履歴を遡る。三浜さんから電話がかかってきたのは、春休みの電話以来だ。恋愛経験が浅い僕にだって、流石に分かる。たとえ週末の彼女に時間的余裕があろうとも、連絡はこない。

 律儀にサークルに参加した後、めっきり味のしなくなったエナジードリンクを飲み干し、僕は重い足取りで大学を後にした。



 駅前で見覚えのある女がいる。彼女はワインのマークが印刷された保冷バックを持って、緊張した面持ちで知らないマンションに入っていった。果たして、病人のお見舞いに酒を持参していく人物なんているんだろうか。しばらく立ちすくんだ後、僕はリュックサックから自作の資料と映画のフライヤーを取り出し、ずたずたに引き裂いて、近くにあったコンビニのゴミ箱の底にまとめて叩きつけた。


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