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◇1.プロローグ

 降水確率100%。朝、傘が必需品だとしきりに訴えていた天気予報士の言葉はバッチリと当たっていて、土砂降りの雨が今も止む気配も無く降り続いている。

 くすんだ天井のシミを眺めるのにもいい加減飽き飽きして、重い腰を上げビニール傘を片手に、勢いよく部屋を出た。玄関の扉を開けた瞬間、顔に降りかかる冷たい雨雫に心が折れそうになる。ガラス一枚隔てて見るのと大違いだ。理性と常識が後ろ髪を引くけど、勢いと直感で私は足を踏み出した。人が消えた様な街並みを歩きながら、物語のワンシーンになりそうな気配を探す。


 冠水して湖の中から生えている様に見える街路樹、リズミカルな旋律を奏でるトタン屋根、その軒下で雨宿りする茶トラの野良猫、暗闇に浮かぶ赤い『止まれ』の標識、雨粒の中で煌びやかな光を放つ駅前の古い商業ビルのネオンサイン。


 見つけるたびに、心の中でシャッターを切る。この情景を美しいと思える事に嬉しくなる半面、こんな物に価値を見出す人間は世の中に自分だけなんじゃないかと酷く不安になる。歩きながら、そんな事ばかり考えてしまう。

 普段通らない道を選んで遠回りした筈なのに、眼前には見知った景色が広がっていた。もう、大学の近くまで来てしまったみたい。雨脚が強くなり、突風に体を持ち上げられそうになる。傘が飛ばされないように両手を握りしめると、指が小刻みに震えた。気付けば体は奥の方まで冷えている。掌に息を吹きかけながら正門をくぐり、屋根がある場所を選びつつ噂に聞いた場所を目指す。大学に日曜日に来たのは初めてだけど、春休みでも幾つかのサークルが活動しているみたいで、体育館のある方向からは歓声が上がっていた。人気を避ける様に踵を返して、私は外れにある時計塔に足早に向かう。急いで時計塔の中に入り、ひんやりとした壁にもたれ掛かる。傘を閉じ、濡れたスカートの裾を絞りながら一息つく。


 塔の内部は薄暗い。死にかけの蛍光灯のおかげで、ぼんやりと階段の位置が分かる程度だ。そして、少しカビ臭い。ややホラーチック。胸の鼓動が早まるのが分かる。ここで恐怖と共に心躍る私は、やっぱり少しおかしいのかもしれない。吸い寄せられる様に時計塔の階段を上り、そこで私はバニラの匂いを纏う彼女に出会った。



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