<無魔力の忌み子>と『 』.⑤
――ここはどことも知らぬ暗黒の中。しかし私めはつい先程まで、周囲全てが真っ暗という似た空間――【焔魔地帯】にいた筈。もしかすると同じ場所かとも思いましたが、恐らくその推測は間違いでしょう。どうやら私めは知らぬ間に別の場所へと飛ばされてしまったようです。
そう状況を分析したのも束の間、いきなり息苦しさと気持ち悪さが襲い掛かります。
(……がぁッ! 身体の中から激痛がッ!? まるで体内の中で何かが暴れ散らかしている様な!?)
突然の痛みに立っていることすらままならず、地面でのたうち回ってしまいます。そうしている間にも呼吸もままならなくなります。結果、脳に酸素が行き渡らない酸欠状態となり、少しずつ意識が欠如してきました。
(こ、このままじゃ……不味ぃ……)
この時私めは、まるで生にしがみつくように無意識の内に手を伸ばしていました。
我ながら何とも愚かしい悪あがきだと言わざるを得ません。誰もその手を引いてくれる訳無いというのに……。
(――――)
とうとう目の前の視界は途切れ悶絶寸前。そして苦痛が少しずつ快楽に変わってきました。そのままその心地良さに沈んでしまった方がいっそ楽なのでは?、と力無く手を降ろそうとした刹那、
「ねぇ、こんな言葉をご存じ?」
どこか聞き慣れた声が耳に入ってきたかと思うと、
「二度あることは三度ある。こうして<無魔力の忌み子>を絶望の淵から救ったのはこれで三度目じゃない?」
いきなり私めの意識が覚醒し、ハッと目の前を見つめました。そこにいらっしゃったのは、もう御馴染みとなった一人の仮面姿の女性。『空虚で何者でも無い者』こと――
「<ヴォイド・ノーバディー>さん……」
が目元を緩めながら微笑みつつ、私めの手を力強く引っ張って下さったのでした。
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「――取り敢えず大丈夫かしら? 生憎この場所は、少しずつ精神と身体を食い散らかしていく。不安や絶望といった負の感情を餌にしてね。だからここで長く生き残りたいのなら気持ちを強く明るく持つこと。いいわね?」
「と言われましても何が何だか……。そもそもここはどこなのです? もしや<ヴォイド・ノーバディー>さんと会えたということはいつも通り夢だったりするのではありませんか?」
「残念ながらここは、現実と幻想の狭間という実体を伴う空間。仮にここで命が事切れればそれ即ち、現実世界での消失を意味する。だから絶対に気を失わないことね」
そんなフワフワとした抽象的なことを聞いたのではないのですが……。
さっきまでとても辛い状況にありましたからそんな不満を隠せる余裕は皆無だったらしく、顔に出てしまった本音を見た<ヴォイド・ノーバディー>さんが苦笑を漏らします。
「ごめんなさい。詳しく言えばここは、<無魔力の忌み子>が<炎神>の工房で見つけた剣の中の世界なの。つまり、今私達はその剣の内部に取り込まれているんだわ」
「すみません……詳しいどころかもっとこんがらがってしまったのですが……」
「そう言われても事実なのだから受け入れて頂戴。さっきも言ったけどここでの長居は危険よ。早急に用件――<無魔力の忌み子>があの剣に魅入られたことの重大さを伝えないと」
<ヴォイド・ノーバディー>さんは仮面の奥から覗く目の眼力を強め、ジッとこちらを見据えます。その真剣な眼差しに背筋が整います。
「まず初めに結論から言うと、<無魔力の忌み子>が見つけたあの剣こそ<火の大精霊>に唯一対抗し得る武力と言えるわ。そして同時にあの剣は待ち望んでいた。<無魔力の忌み子>との会合をね」
「待っていたというと?」
「簡単な話よ。そもそもあの剣は<無魔力の忌み子>にしか扱えないし、もっと言えば視覚すら不可能なの。だからこそこの剣はずっと遣い手を待ち続けた。そしてとうとうそれに見合う<無魔力の忌み子>を発見した。だからこの剣はきっと大喜びね。無意識に自分の空間に取り込んでしまうくらいにさ」
「貴女はとても不思議なことを言いますね。まるで剣に意思が宿っているみたいな言い方です」
「その通りよ」
「ですよね、ただの比喩ですよね――って、えっぇ!?」
<ヴォイド・ノーバディー>さんは間違いなくこちらの言葉をサラッと肯定しました。ということはつまり……?
たまらずギョッと目を見開く私めを他所に、<ヴォイド・ノーバディー>さんはキョトンとなさります。
「そんなに驚くことかしら? この世界は広いのだから、物を考える武器くらいあるかもしれないじゃない?」
「だからって急に言われたら焦りもしますよ……。ですが、ふと声らしきモノを感じたのも事実です。<ヴォイド・ノーバディー>さんの話が本当なら、その声の発信源はこの剣だったのかもしれません」
「さっきからそう言っているでしょ? ともかく、<無魔力の忌み子>はとうとうこの剣に触れなければならない所まで駒を進めた。この先、どう転ぶかはこの私ですら予測不可能。ざっと見積もった感じ、成功率は二桁%行くか行かないかといった具合かしらね」
「もし失敗したら?」
「わざわざ言うまでもないわ」
ここに来て一切の忌憚無き一言。
そうなった時のことを容易に想像し身も凍る思いをする中、<ヴォイド・ノーバディー>さんが尋ねます。
「それでもやる?――なんて今更聞く必要も無いわよね。そうよ、<無魔力の忌み子>には前に進む選択肢しか無いの。例え道を踏み外して全てを失う危険が伴っていたとしても」
「はい、その通りで御座います。私めはただ突き進むのみです!」
そう失敗を恐れない威風堂々たる姿勢を示すと、今までずっと平静を保っていた<ヴォイド・ノーバディー>さんの頬に汗が流れます。
「……えらく自信ありげね。今回ばかりは私の助けは期待できないというのに」
「そんなことはありません。現についさっき助けて下さったではありませんか? 実はこう見えてとても嬉しいのです。<ヴォイド・ノーバディー>さんがずっと私めのことを見守ってくれていることが」
「……何とも大袈裟な表現だこと。間接的に<無魔力の忌み子>が戦うことを強要しているじゃない?」
「それでもいいのです。いずれ私めにも身を護り、そしてあわよくばアメルダ先生やサンディ様の助けとなる力が必要だと痛感していましたから。――もうあんな不甲斐無いことは真っ平御免です」
そうして頭の中で想起されるのは、地底都市【アンダグラーダ】で大きな傷を受けた時のこと。仮にあの時の私めに力があれば、自分自身は勿論のこと先生も救えたかもしれません。
その時思い知った後悔と無力さに<ヴォイド・ノーバディー>さんは共感を覚えたようで、
「まぁ、あんなことがあれば必然的にそう感じるか。なら存分にこの剣を振るいなさい。――そして証明して。<無魔力の忌み子>の運命を定めるのは自分自身であるということを」
「それはどういう……うっ……!」
<ヴォイド・ノーバディー>さんの言葉の意味が気になった矢先、何の前触れもなく強烈な頭痛が舞い込んで来ました。
「どうやら限界の様ね。なら最後に一つだけ忠告を残すわ。この剣の力はあの<火の大精霊>を軽く凌駕するくらい絶大なもの。でもその代わりに相応の対価を支払う必要がある。だから決して飲み込まれちゃ駄目よ。この剣――<魔剣>”イザナミ”が放つ影にね……」
<ヴォイド・ノーバディー>さんのその言葉を最後に、再び私めの視界は閉ざされ、そして同時に意識も刈り取られたのでした。




