闇に染まる世界
「――起きて下さ……ッ! サン……!。……ディ様……!」
ぼんやりと宙に浮いている様な意識の中、誰かがワタシを呼び掛けている声が聞こえてきた。
その声に応える形でワタシはゆっくりと目を開ける。
「う……うぅ……エメルダ……ちゃん……?」
寝起きではっきりとしない視界の中には一人の少女――エメルダちゃんの姿があった。そして彼女の周りを見渡すと、一匹のウサギと獅子も佇んでいる。しかしその姿形は朧気……いや、どちらかというと暗すぎてちょっと離れてしまえば簡単に見失ってしまいそうだ。
「? 起きたばかりでまだ冴えていないのかしら? まるで夜の世界みたいね……」
「夜の世界……それは少し違うわ~。正確には闇の世界、という表現の方が適切ね~」
「闇? <大賢者>、アンタ何ふざけたこと言ってんのよ? 妄想や空想じゃあるまいし」
『<陽光の剣士>、少し辺りを見て御覧さない。さすれば<大賢者>の言ったことを理解出来るでしょう』
「デカ猫まで何よ? しょうがないわねぇ~」
仕方なく忠告通り周囲に目を配る。そんなワタシの目に映ったのは、
「はあぁ!? 何よこれ!? どこを見ても一面真っ黒の空間!? ど、どうしてこんなことに!?」
いつの間にかワタシ達はどこかも定かではない暗黒の場所にポツンと座っていた。
かろうじてデカ猫の身体が発光しているからいいものの、もしそれが無かったら何も見えない状態だったでしょう。
驚きの余り口をあんぐりと開けていると、デカ猫の足に寄り掛かるウサギ姿の<大賢者>が首を傾げる。
「その反応、事の顛末を覚えてない感じかしら~? それともそんな余裕も無かったのかもしれないわね~」
「その言い方だと三人はこうなった経緯を見てたってこと? 教えて、何があったの?」
「端的に説明するならば<火の大精霊>の<神器>”黒王”によって放たれた”黒き焔”が【焔魔地帯】一帯を闇に染め上げたのです」
冷静に考えればそれ以外考えられないか。
でもこの結果である以上、ワタシは失敗したってことよね? その事実に気付き、悔しさで地面を叩く。
「クソッ! <火の大精霊>を取り逃がすだけでなく、【焔魔地帯】をこんな風にさせてしまったなんて! どう詫びればいいのかしら!?」
「そう気に病まないで下さい! 何故ならサンディ様のお陰で私め達は全員無事で済んだのですから!」
「そうよ~、<陽光の剣士>が決死の覚悟で臨んでくれなきゃ今頃どうなっていたことやら~」
『二人の言う通りです。今の<陽光の剣士>には気休め的な慰めにしかならないでしょうが、あの人智を超えた驚異的な力を抑え込んだだけでも十二分な働きだったと言えます。正直、あれを初見で対応し切れるのは【獄園】に精通している<勇者>の他いないでしょう』
『命あっての物種』。デカ猫はきっとそう言いたいのだろうけど、結果は結果。<火の大精霊>の”黒き焔”を止められなかったことに違いはない。だけど、既に過ぎてしまったことを悔やんでもしょうがないから、まずこれからどうすべきかを考えるのが先決でしょうね。
そのことについて<大賢者>が意見を出す。
「当然そのことについて<陽光の剣士>が気を失っている間この三人で協議を図ったわ~。その結果、満場一致。撤退以外の選択肢はないと判断したわ~」
「は? それでいいの? 問題は何一つとして解決していないばかりか、下手すれば悪化してるじゃない?」
「だからこそよ~。もう<火の大精霊>が想像よりも手に負えない相手であることが確定した以上、この件から手を引きたくなったのよね~。流石に相手が”神器”二刀流で来るなんて思いもしなかったし、”黒き焔”も世界をこんな風に暗黒で包む能力だなんて思いもしなかったし~」
「ふざけないで! 元はと言えばアンタが持ち出した案件じゃない!? 勝手に巻き込んどいて勝手にサジ投げるなんて許されると思ってる?」
「仕方ないでしょ~。だって<陽光の剣士>がいつまで経っても本気を出さないんだもの~。ちゃちゃっと本気さえ出してしまえば済む話だったじゃない~?」
「ッ」
<大賢者>にしては珍しい至極真っ当な指摘に絶句する。
(認めたくないけど、コイツの言い分は正しい。<大賢者>はワタシの本領を戦力に数えた上で<火の大精霊>に対応することを想定していたのだろう。でもワタシはある意味でその期待を裏切った。それもワタシ個人のワガママのせいで……)
こっちが困って反論出来ないことをいいことに、<大賢者>は追撃を仕掛けてきた。
「どうしてそう頑なに左手を使ってくれないのかしら~? もしかして<無魔力の忌み子>に配慮とかしてるとかはないわよね~?」
「!?」
「……まさか図星~? ……呆れてモノも言えないわ~」
今ばかりは本当に<大賢者>の言う通りだ。都合が悪いだけに何も言い返せない……。
「<陽光の剣士>の考えも分からなくはないわ~。そもそも<無魔力の忌み子>に<火の大精霊>との契約をして貰うのが一番手っ取り早いし、本来の目的に即しているからこそ最優先事項にしたい気持ちも汲み取れるけども、どう考えたって無理なものは無理でしょ~? あの感じだと実力行使以外の手段は取れないわよね~?」
「まぁそうね……。如何にもアイツは昔のワタシに似てる……。目的も理由もなくただ闇雲に暴れてた頃のさ……」
(だからこそ<火の大精霊>には必要なんだ。自分を負かし、そして愚かで間違った道を正してくれる強者を……。現に彼女も望んでたじゃない?)
ワタシの見解に<大賢者>はかぶりを振り、
「じゃあ<無魔力の忌み子>を戦わせて~――」
「そんな訳無いでしょ! エメルダちゃんにそんな危険はことは絶対にさせない!」
「なら<陽光の剣士>がどうにかしないといけないというのに、肝心の本人は自分勝手な理由で手を抜いてるときたわ~。じゃあ退却以外にどうしろっていうのよ~? 代々案を出すのなら、合理的かつ確実性がある物をお願いしたいわね~」
「~~~~ッ!」
一から十まで<大賢者>の言う通りだった。
まるで子供をたしなめる様な感覚で言われたものだから、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていることだろう。
(あぁー!、もうむしゃくちゃする! 考えるのはどうにも苦手だっていうのに、こういう時建設的な意見を求められるから、責任を問われる立場ってのは嫌いなのよ!)
柄にもなく脳内を沸騰させるくらい熟考させるが、どうしても答えを見出せない。このままだと<大賢者>が提案した逃げの一手しか道が無くなる。どうしたものかと絶望の淵に立たされていた折、終始ワタシと<大賢者>の会話を傍聴していたデカ猫が言葉を挟む。
『不躾ながらよろしいでしょうか? 良し悪しに関わらず二人の意見はどちらも妥当性があります。ですが、そこで敢えて戦うか一旦引くかという二者択一の考えから逸脱してみてはどうでしょう?』
「要は第三の選択肢を用意しろってこと?」
『その通りです』
「でも、果たしてそんな都合が良い話がありまして~?」
『俗に言う逆転の発想です。そしてそれが一番の最適解に成り得ます』
ワタシと<大賢者>は一緒にデカ猫の次の言葉を固唾を飲んで待った。そして満を持して紡がれた言葉に、ワタシと<大賢者>は勿論のこと、本来であれば蚊帳の外であるべきエメルダちゃんも目を見開くこととなった。
『簡単な話です。<火の大精霊>に対抗出来るだけの力――今回の場合は武力を<無魔力の忌み子>に与えてやればいいのです』




