<大魔女>との契約
突如として私めは目をパチリと開きました。
その先に拡がっていたのは見知らぬ天井。ここは一体どこでしょうか?
「ん……んぅん~……」
眠気眼のまま身体を起き上がらせますと、その拍子に被されてあったタオルが床に落ちます。正確な状況は掴めませんがなんとなく予想は付きます。多分ではありますが、ここは<大魔女>アメルダ様が所有する屋敷内なのでしよう。
「…………」
そう当たりを付け辺りを見渡しますが、件のアメルダ様はいらっしゃらないご様子。
私めは寝かされていた横長のソファから立ち上がり、試しに部屋の扉から顔を出します。しかし人の気配は感じられませんでした。
「うっ……」
初めて訪れている場所で多少不安にはなりますが、どうやらここから移動しなければ埒が明かない様です。私めは勇気の一歩を踏み出します。
「ぉぉ~……」
それにしても広い廊下で御座います。それに部屋も数が多い様に見受けられます。外観だけに留まらず、内装もそれに負けず劣らずの高級感を放っておりました。
もしかするとこれから先、私めはアメルダ様と共にここで生活することになるのでしょうか? ……そう考えると何だか気が引けてしまいます。こんな私め――<無魔力の忌み子>として世から毛嫌いされている私めにこんな豪勢な場所は以ての外ではないのでしょうか?
『そんなことは関係ないのじゃ! 其方はもう妾と一緒に住む定めであるぞ!』
……等と豪語するアメルダ様のお姿が容易に想像できます。
そんなお気持ちを無下にするのもどうかと思われますので、快諾する他無いのかもしれませんね……。
「…………」
そんなこんなで進んでおりますと、下の階へ進む階段に差し掛かりました。それを一歩ずつ慎重に降りていると、どこかから大きな物音がしたと思ったら……
「ふんぎゃぁぁあ~!?」
と続け様に女性の声らしき絶叫が聞こえてきました。
その音にビックリした私めはそちらへ駆け寄ります。
どうやら屋敷の玄関先にある小部屋から音がしたらしく、そこからホコリが舞い込んでおりました。
目を凝らしモクモクと立ち込める煙の奥を覗きますとそこには、たくさんの本に押し潰されている<大魔女>アメルダ様がいらっしゃいました。
かのアメルダ様は身体に覆いかぶさった本をどかすと私めの存在にお気付きになられます。
「おぉ、其方か。おはようなのじゃ、昨夜は心地良く寝れたかの?」
「は……ぃ……」
「それは良かった。スマヌな、いきなり大きな音を出してしもうて。少しばかり部屋の掃除をしようと思ったのじゃが、早速失敗してしもうたい……」
アメルダ様はがっくしと肩を落としますが、それでも挫けず本を整え始めます。
「悪いが手伝ってはくれぬか? この部屋にある物を全て外に出してくれるだけで良いからの」
『二人でやればそう時間も掛かるまい』と言い腕まくりをするアメルダ様。
どこかやる気を出しているアメルダ様ですが、少しだけ気になることがあります。
私めは手元にあった紙を棒状に丸め、そのまま振ります。
(何故アメルダ様は”魔術”を使わないのでしょう? 昨夜私めを浮かした”魔術”を使用すれば簡単に本を移動させられるのでは?)
そんな疑問をジェスチャーと目線で送ると、アメルダ様は首を傾げます。
「む? もしや其方、”魔術”を行使すれば良いのでは?と思っておるな?」
「はぃ……」
「その点については敢えて使わぬと言った方が正しいかの。理由としては<無魔力の忌み子>である其方に教えてやりたいのじゃ、魔力なんてなくてもどうとでもなるとな」
「!」
どうやらアメルダ様は私めに遠慮してわざとお力を発揮なさらない様です。
(そのせいでアメルダ様に不慣れなことをさせてしまいました……。私めはなんと厚かましいのでしょう……)
私めは自身の不甲斐なさに心底悔い、ギュッと口を結んでしまいます。
するとアメルダ様は急に私めの口を上に引っ張り上げます。
「ほぉれ、またそんな暗い顔をするでないわ。其方のそれ――何でもかんでも自分が悪いんだと思い込む癖は誰も幸せにせぬ。其方は其方が思っておる程無価値な存在では無いでの」
「……ッ!」
そんなことはない。
私めはその意思を示すかの如く、大きく首を横に振ります。
(かの<大魔女>様でも私めに価値を見出すことなんて不可能です! 私めには魔力が宿っていない。たったそれだけで私めの可能性はほぼゼロなのでございますから!)
「本当にそうかの?」
「!?」
まるで私めの感情を読み取ったかの様なアメルダ様。かの御方は今まで見せたことの無かった真剣な表情をこちらへ向けます。
「――ある。絶対にあるのじゃ、其方にしか出来ぬことがの」
「そ、そんなことぉ……」
「むぅう! 其方はとことん頑固者じゃのぉ! ……ならこうしよう。妾は必ず其方でしか起こせぬ奇跡を一個編み出してやる。それが成功した暁には妾の言うことを一つ聞いて貰う? それで良いか?」
私めはその提案を承諾します。
「よし! ならタイムリミットは街で執り行われる祭り――<流星祭>が終わるまでじゃ。……ほれ、なら契約を交わそうぞ?」
アメルダ様は何故か右手の小指を差し出します。
その行動の意味は分かりませんでしたが、私めも同じ様に小指を出します。すると私めとアメルダ様の小指同士が結ばれました。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたらはりせんぼん飲〜ますっ、指きったっ、のじゃ!」
「?」
「む? ゆびきりげんまんを知らぬのか? まぁ無理もないか、これは遠い東方の国で流行っておった契約方法じゃからの。……ともかく<魔女>との契約を破ったらとんでもないことになるからくれぐれも忘れるで無いぞ?」
アメルダ様はどこか小悪魔的な微笑をお浮かべになられます。
そのお言葉と表情にどこか真剣さが垣間見え、私めの背筋が自然と正されます。
その後、アメルダ様はまた二カッと笑うと足元の本を重ね始めます。
「さぁて、こうして話しておってもただ時間を浪費するだけじゃ。さっさと作業を始めるでの」
アメルダ様は明らかに慣れぬ手付きで本を両手で抱え込みます。
やはり”魔術”を扱わないのは勿体無い、と不安そうな顔をする私めですが、アメルダ様は一向に杖を出そうとはしません。
「良いではないか、たまには。実は妾は憧れておったのじゃよ? こういう”魔術”に頼らぬ生活を送ることをの」
そう言ってアメルダ様が軽快な笑ったその時です。
「先生! アメルダ先生はいらっしゃるか!?」
いきなり屋敷の扉が開かれ、その奥から数人の集団が中へと入ってきました。
アメルダ様はそんな方々を出迎えます。
「おぉ~、どうした? そんな血相を変えてからに?」
突然の来客にきょとんとした顔をするアメルダ様。
そんなアメルダ様の肩を来客の一人である男性が掴みます。
「大変だ、アメルダ先生! 街がとんでもないことに!」
「? なんじゃそりゃ? いきなり詰め寄れられても困るわ。ゆっくりでいいから説明せい」
「口じゃ言い様が無いくらいヤバいんだよ! ともかく一目見れば全部理解出来るだろうから、早く街に下りてきてくれ!」
「わ、わかったのじゃ~……。行けばいいのじゃろ、行けば?」
若干鬱陶しそうな表情をなさるアメルダ様を私めが覗き込みます。
「アメルダ……様……?」
「ふぬ、これは街に出向かねばならぬの。とは言え其方を一人にする訳にはいかぬから付いて来てくれぬか? それに何か嫌な予感もするでの」
そう仰るアメルダ様はどこか神妙な顔付きで身支度をするのでした。




