<陽光の剣士>としての務め
「…………」
仕方ないことだったとはいえ、ワタシは毛嫌いする存在――通称デカ猫――を召喚する運びとなってしまった。
デカ猫はワタシを見てどこか満足気だった。
『久し振りですね、<陽光の剣士>。息災そうで何より』
「……お陰様でね」
ワタシはデカ猫と一切顔を合わせはしないで、つんけんとした態度で返事をした。本当ならこうして言葉を交わす気も毛頭無かったけど、あくまでコチラはこのデカ猫に助力を頼む身。ここで心証を悪くさせる訳にはいかない。
明らかに感動の再会といった具合ではない中、デカ猫は感慨深く周囲を見渡した。
『どこか懐かしい匂いがすると思ったら、もしかしてここは<大魔女>アメルダが所有する森ですか? いやはや、それは何とも不思議な縁ですね。最初に<陽光の剣士>と出逢ったのはここでしたし――』
「デカ猫!」
ワタシはデカ猫の話を大声で無理矢理遮る。
「デカ猫……悪いけど今はアンタと昔話に花を咲かせる時間も余裕もないの……。恥だと知りながらこうしてアンタを召喚したのよ? この意味がわからないなんて言わないでしょうね?」
奥歯を噛み苦痛に満ちた表情で訴えると、デカ猫は声色を変える。
『それもそうですね。事は一刻を争う。向かう場所は世界の端の【焔魔地帯】。そこまでの移動は是非某にお任せ下さい』
「頼んだわよ。……良し! これで目下の足は確保出来たわね。――って、どうしたのよ? さっきから黙りこくちゃってさ?」
「え~っ? あ……あぁ~、ちょっとビックリしちゃったね~?」
「?」
<大賢者>は何故かプルプルと震え上がっており、その口調もどこか上の空だった。
(こんな変な<大賢者>の姿は初めてね。いつも調子こいてる態度しか見せないから斬新だわ)
どこか楽しくなったワタシはニンマリと笑みを浮かべる。
「どうしたのよ、急に塩らしくなって? もしかしてガブッと食べられちゃうと思って怖がってるのかしら?」
「そ、そ、そ~! そんな次元の話じゃないわ~。アレが猫~!? それはあまりにも罰当たり過ぎるわ~! この獅子……いや、この御方は『デカ猫』なんて軽々しく呼んでいい存在じゃ~」
「何言ってんの? デカ猫はデカ猫でしょ?」
「~~~ッ! そういう単純な話じゃないわ~! まさか<陽光の剣士>、この御方の正体を知らないなんて言わないでしょうね~?」
「正体? それになんの意味があるのよ? ……でもまぁ知ってることとすればこの"陽光の剣"を司”守護霊”的な何かだったかしら?」
ワタシの一言に<大賢者>は呆然とし、泡を吹いてその場で倒れ込んだ。
「何なのよ、一体全体?」
『<大賢者>は<陽光の剣士>よりもよっぽど知識的で世間の事柄に興味を持っているということですよ』
「は? それはつまりワタシは馬鹿で非常識とでも罵りたいの?」
『その意図は一切ありません。それが<陽光の剣士>の良さだと言いたいのです』
「それ皮肉にしか聞こえないんだけど?」
やっぱアンタのことは好きになれないわ、と無下に吐き捨てる。
「ともかく倒れたコイツどうしようかしら? 出発までに起きてくれればいいけど……って、アレ?」
……というか、さっきこのデカ猫はなんて言った? まだ誰も、アイツのことを名前で呼んでないわよ?
「デカ猫、アンタどうしてあの白ウサギが<大賢者>だって見抜けたのよ?」
『それは、あの方もあの方で高名ですから一目見てわかっただけです。<大賢者>はかの偉大な――』
「――あぁ、いい、いい、そういうまどろっこしい話はさ。ワタシがそういう肩書きとか経歴に興味無いの知ってるでしょ?」
『どうやらそのことについては昔も今も変わらなそうですね。……<二つ名>に無頓着なのはご自身の<陽光の剣士>についても?』
「当然でしょ? その名を得る為にワタシが何人の剣士の人生を狂わせたと思ってるの? 本当は<陽光の剣士>なんて名はワタシには到底似つかわないわ」
ワタシは<陽光の剣士>の象徴たる獅子の被り物と腰に据えた"陽光の剣"に触れる。
(なんで左手にしか魔力を宿さないワタシみたいな一番弱いヤツが生き残ったのかしらね……。ホント、運命って残酷……)
「…………」
それでも”あの戦争”で勝ち残ったのは紛れもない事実。だからこそ<陽光の剣士>という名の称号を名乗る資格がある。
だけどそれは決して勝者の栄光としてではない。
(今もこうして<陽光の剣士>であるのは、ある意味で戒めの咎を背負うべきだからと感じてるから。せめてもの罪滅ぼしといっちゃアレだけど、ワタシは<彼女達>の意思を継がなければならないの)
「心配要らないわ、デカ猫。癪だけど<陽光の剣士>としての責務はちゃんと果たすからさ」
『そう言われずとも最初から信用していますから何の憂いもありません。期待しておりますよ』
「任せなさい」
ワタシは今一度自分の使命を胸に刻み、<火の大精霊>フーリとの死闘に身を投じる覚悟を決めたのだった。
●
ワタシと<大賢者>が先にエメルダちゃんとアメルダの家の前で待つこと約一時間、その間に街へ買出しをお願いしていたエメルダちゃんが無事に戻ってきた。
彼女の手には大きな紙袋が抱え込まれており、その中身を確認する。
「――うん! 水・塩分補給用の塩飴・ひんやり氷菓子・汗拭き用の布・半袖の着替え……これにあと<大賢者>の”防熱魔術”さえ揃えば【焔魔地帯】対策はバッチシね! ゴメンねエメルダちゃん、こんな多くの物買わせちゃって」
「いえ、これくらいの買い物なんてこともありませんでしたよ。<四大精霊>の皆も手伝ってくれましたし」
「あらそう。よくやったわ――ってどうしたの、そこの<四大精霊>諸君? 何だか顔色が青ざめてるわよ?」
ワタシはエメルダちゃんの後ろで縮こまっている<四大精霊>の三人を覗き込む。
特に褐色少女の<水の大精霊>――名は確かディーネだったかな?――の動揺振りは凄まじかった。
ディーネはわなわなと焦点が合わない指を震わせ、ワタシの背後でお行儀良くおすまししている生物を指差す。
「ん? あのデカ猫がどうしたって?」
「「「猫!?」」」
「へ?」
特段おかしなことを言ったつもりはないというのに、<四大精霊>全員が愕然とする。
そんな中、相変わらずディーネの慌て振りはこっちが心配してしまうくらいのモノであった。
「ウ……ウチの”マナ”感知能力が警報を鳴らしてるし……」
そんなディーネの警戒心に同調するように、寝惚け顔の<土の大精霊>ノムゥと歌手として有名な<風の大精霊>ルフも言葉を重ねる。
「うん……ボクも違和感バリバリ感じてるよぉ」
「あーしも二人の意見に一票。実際に見たことはないけど、潜在的にわかる。あのデカ猫……いやいや、そうじゃなくて――」
「何よ、三人して。そんなにあのデカ猫が気になるの?」
その信じられないと言わんばかりの反応は<大賢者>に似ていた。
(<大賢者>といいこの子達と言い、ちょっとばかしデカい猫に怯え過ぎじゃないかしら?)
はて?、と小首を曲げると後ろのデカ猫はワタシにだけ聞こえるようにクスリと笑った。
『これは残念。<四大精霊>相手にも正体を誤魔化すことは叶いませんか』
「なんか言った?」
『いえ、今代の<四大精霊>もその力は健在だと思っただけです』
「健在? よく知らないけど、<四大精霊>はワタシの見立て通り悪い存在じゃなかったのは確かね」
ふとエメルダちゃんに<四大精霊>の問題を解決した時に発したセリフを思い出す。
『どうか<四大精霊>達を救ってあげて。きっとそれは<無魔力の忌み子>であるエメルダちゃんにしか叶えられない奇跡だとワタシは信じているわ』
その言葉を発したのにはエメルダちゃんのことを信じ切っていたという意味合いもあるけど、その他に<四大精霊>はそんなに敵対するような相手では無いという予測を立てていたから。
その予想通り、<四大精霊>の四人中三人はエメルダちゃんと心を交わすに至った。やはりエメルダちゃんに託した判断に間違いは無かった。
(けれど、次はそう簡単にはいかない。あくまでエメルダちゃんを立てたい所だけど、場合によっちゃ――)
とある考えを巡らせ神妙な面持ちになってしまったのに気付き、ワタシはそれを紛らすように手を叩いた。
「さぁ、エメルダちゃん! これで準備は完了よ! 【焔魔地帯】へ向かう覚悟はいい?」
「はい!」
「良い返事! じゃあ早速<火の大精霊>の元へ赴くとしましょうか!」
ワタシはまだ地面の上で気絶している<大賢者>を拾い上げエメルダちゃんに抱かせると、そのまま彼女の身体をデカ猫の背中に乗せる。それに伴い、ワタシ自身もデカ猫の背に跨る。
エメルダちゃんがデカ猫の毛の柔らかさに感銘を受けている中、こちらに近付く人影が三つ。<四大精霊>だ。
彼女達は何かを訴える様に上目遣いで羨望の眼差しを向ける。そこに含まれているであろう意味を汲み取れぬワタシじゃない。
「あのさぁ、まだワタシのことが信用ならない? 大丈夫よ、アナタ達にも負けないくらい、ワタシはエメルダちゃんのことを大切に思ってる。絶対に何があっても無事にここへ送り届けるわ。勿論、その隣に<火の大精霊>を連れた上でね」
片目だけを器用に閉じつつ決意表明をしてやると、やっと三人は納得してくれたみたい。
そんな<四大精霊>に見送られる形でとうとう出発の時がやってきた。
「さぁ、デカ猫。手筈通り最高速で一っ飛びやっちゃって!」
『……<陽光の剣士>の命には基本従順でありたいですが、宜しいのですか? 最高速とは正しく――』
「いいのよ。そもそも悠長に構えてられないし、それに苦しむのが確定してるなら辛い時間は短くするに越したことはないでしょ?」
『承りました。ならお望み通り、某の”神速”をお見せするとしましょう』
刹那、デカ猫の四脚に光がほとばしる。そしてそのまま一歩を踏み出すと、
『――光・一閃』
光の粒子となりその場から消えたのだった。




