デカ猫
「――っていういきさつで、今回の<火の大精霊>の件はワタシと<大賢者>に一任される運びとなったわ。……という訳で、このワタシ自らがわざわざ出陣したことを感謝なさい!」
そうワタシが言っても、話相手からは返事は無かった。何とも心外ね。
それでもワタシは話すのを辞めなかった。
「はぁ~……アンタがもう少しシャッキとしてたら、ワタシ頑張らなくて良かったんだけども? アンタの不始末を拭うワタシの身にもなって頂戴。それに一人残されたエメルダちゃんの精神も不安定になってたわ。重圧とか役目とか何でもかんでもあの娘に押し付けて、肝心のママはスヤスヤお休み? いいご身分だこと」
挑発的な言葉にも相手は応えない。普通ならグヌヌと奥歯を噛み締めさせられる場面だが、こうも反応が無いと全く楽しくないわ。
業を煮やしたワタシは椅子から立ち上がり、彼女の寝顔を見下す。そして心の底から本音を口にした。
「……さっさと起きなさい。アンタはこんな所で死ぬ珠じゃないでしょ? 散々危険な目に遭いながらも『<大魔女>の妾はそう簡単にはくたばらないわい!』とほざいてた威勢はどこにいったの? それにエメルダちゃんの行く末を見守るって豪語したんなら最後まで責任もって導きなさい!」
ワタシは絶対安静の病人である<大魔女>アメルダの額に一発強烈なデコピンをかます。
その衝撃であわよくば目覚めるかと思ったけど、相変わらずアメルダは沈黙を貫いていた。
全く起きる気配を見せず、生死を彷徨うアメルダの症状に何とも言えぬ不気味さを感じ取りつつも、ワタシは彼女に背を向けた。
そしてそのまま部屋を後にしようとした時であった。ゴソリと背後から布擦れの音がしたのである。
「え……?」
どうやらアメルダの顔がこちらに傾き、頭だけ寝返りを打ったらしい。
まさか意識が戻って!?、と思ったが残念ながらアメルダは終始死人のように押し黙っていた。
何よ一体……と心理現象に出くわした時みたいに冷や汗を流したまま、もう一度退出しようとした刹那、
『 』
と、耳の中に声にも満たない何かが入ってきた。
正体不明の何か。それでも何となくそれがなんだったのかに気付いたワタシは後頭部を掻きつつ病室から出たのだった。
●
アメルダが治療されている病院から外に出ると、不意に見知らぬ三人の少女が立ち塞がった。
健康的な色黒肌を服の袖から伸ばす蒼色髪の少女。
枕を手にし眠そうに欠伸をする栗毛色髪の少女。
そしてどこかで見たようなキラキラ雰囲気を醸し出す薄翠色髪の少女。
そんな彼女達にいきなり詰め寄られたワタシは訝し気に眉をひそめる。
「何?」
すると蒼色髪の少女がおずおずと尋ねる。
「もしかしてエメっちが言ってたサンディってお姉さんのことだし?」
「この獅子の被り物をしてる時はさ、そう呼ばないでくれる? 一応<陽光の剣士>とサンディは別人で通してるの。覚えておきなさい、<四大精霊>諸君」
その指摘に栗毛色髪の少女が動揺する。
「どうしてバレてるのぉ?」
「【神都】の情報収集力を舐めないことね。見た目や性格、はたまた能力くらいは容易に把握済みよ。……して、そんな<四大精霊>様がこぞって何の用?」
今度は薄翠色髪の少女が前に出る。
「エメエメの話だとフーリをどうにかするように頼まれたんだよね? そのことで同郷であるあーし達から頼みがあるの。どうか彼女の命だけは――」
「申し訳ないけどそれは無理な相談ね」
「「「!?」」」
話途中で切り込んだ無情な一言に<四大精霊>達の表情が青ざめる。
その反応を気にすることはせず、ワタシは話を続ける。
「別にこれから慈善行為をしようって訳じゃない。相手がそれ相応の覚悟で来るのなら、こちらとて容赦するつもりは無い。そうじゃなきゃワタシが死ぬ。互いの息の根を止めるまで争うのが所謂戦争ってヤツよ」
「「「…………」」」
ワタシの言い分に押し黙る三人。
無情だけどこれが現実だ。
(そう……ワタシはこれから戦場にまた立たねばならないの。そこに赴く以上、甘えは禁物。ワタシとて無事で済むかどうか。だけど、最も危険なのは――)
「そもそもアナタ達は大きな思い違いをしているわ。<火の大精霊>と戦うのはワタシじゃないんだけど?」
その一言にまたしても三人の表情が強張る。
「ワタシはともかく、<あの娘>がそんなことをしないのはアナタ達が一番よく知ってるでしょ? 今回の件についてワタシはあくまで脇役で、主役は<あの娘>。そんな彼女の命が危ぶまれない限りはでしゃばったりしないから安心なさい」
流れ的に話は終わりだと察したワタシは<四大精霊>達の横を通り過ぎる。そのすれ違いざま件の三人は深々と頭を下げる。
「「「どうか――」」」
「――あぁ、いいっていいって。そのお願いはついさっきされたばっかだからさ」
『エメルダを任せたでの』
ワタシは『言われるまでも無い』と言わんばかりに、目の前の三人と未だ病室で眠るアメルダに握り拳を向けるのだった。
●
アメルダの見舞いを終え、ワタシはエメルダちゃんが待つ彼女の自宅へと戻った。するとその家の前に一匹の白うさぎが寝っ転がっていた。ワタシはその小動物の耳に小声で話し掛ける。
「案の定アメルダはまだ起きてなかったわ。やっぱり今回の件はワタシとアンタでエメルダちゃんを支援しないとダメみたい」
「まぁあれだけの”魔術”を使えば当然の事ね~」
その言葉にワタシは目を細める。
「なぁ、<大賢者>。アンタがアメルダとエメルダちゃんの偵察という体で見たという【地底都市】での出来事は本当に起こったことなの? まだにわかに信じられないんだけど?」
「<大魔女>と<無魔力の忌み子>の監視は【神都】からの直接の命令であるからこそ嘘偽りはない――と言いたい所だけど、実はその事実は<陽光の剣士>以外には伝えてないわ~」
「は? なんでワタシにも嘘を突き通さなかった?」
「そういう訳にはいかないわ~。だって<陽光の剣士>は数少ない<大魔女>に対する抑止力兼理解者なんでしょ~? なら、いざとなれば<大魔女>の暴走を止めて貰う必要があるってことよね~」
「ふざけるのも大概になさい! 例えそうだったとしても、ワタシにあのアメルダもどきをどうにかする自身は無いわよ!」
「でも誰かしらが矢面に立つ必要があるわ~。今回の<火の大精霊>の件と同じく、<陽光の剣士>は良い意味で寛容だからこそ、他の<強者>と比べて物事が穏便に済む可能性が高いじゃない~?。実はこう見えて<陽光の剣士>のことは相当買ってあげてるのよ~? その期待を裏切らないで欲しいものね~」
「それは買い被り過ぎ。ワタシは決してそんな高尚な人間じゃない。だってこの手はとっくに汚れ切ってるんだもの」
『素直じゃないわね~』とうさぎ姿の<大賢者>は、嘆息を漏らす代わりに鼻からフンと息を出す。
「過去はどうあれ、現状<火の大精霊>をどうにか出来るのは<陽光の剣士>しかいないわ~。でもそう一人で抱え込まなくても大丈夫よ~。だってこの<大賢者>が付いてるんだから~」
そう言って白うさぎはシャキッと立ち上がる。
その姿にワタシは不安で仕方なかった。
「そもそもアンタ、その姿で本当に本領を発揮出来る訳? てかなんでわざわざ変身なんてした?」
「そりゃこっちの方が<陽光の剣士>の肩に乗れて移動が楽――じゃなくて~、そうしないと【あの場所】では身体が持たないからよ~」
「もしかして目的地のこと? 確か【焔魔地帯】とか言われる場所だったかしら?」
「そうよ~。そこは気温的にとっても暑いのだけども、問題はそこじゃないわ~。【焔魔地帯】はその名の通り、”マナ”そのものが燃やし尽くされる環境なの~。つまり、その場に一歩足を踏み入れるや否や、その人物の魔力を燃料に燃え盛って、あっという間に焼身体が出来上がるって寸法よ~」
こりゃまた概要を聞かされるだけでもゾッとする話ね。果たしてそんな場所にエメルダちゃんを連れてっても平気かどうか――ってちょっと待って。<大賢者>の話が本当なら……
「実はそれって無魔力のエメルダちゃんや左手しか魔力を宿さないワタシなら問題無かったりするのかしら?」
「いかんせん実際にそういった事例は起こり得なかったから確定ではないけれど、その可能性は十分にあるわ~」
「じゃあ仮にその予測が外れれば?」
「ほぼ確実に丸焦げね~。でもそれで<無魔力の忌み子>は断念してくれるかしら~?」
「はは、彼女に限ってそれは十中八九ないわね。行くと決めた以上、それ以外に選択肢はないと考えてるのはワタシも同じよ?」
そういうことならワタシは用意しないといけない物がある。
「【焔魔地帯】は地理的に世界の端に位置する。悠長に歩いたり、汽車とかの公共交通機関を使ってたら日が暮れちゃうわね。……なら<アイツ>ご自慢の脚力に頼らざるを得ないか。はぁー……個人的に<アイツ>の力を借りたら負けな様な気がしてどうにも気乗りしないけど、しょうがないか」
ワタシは面倒臭そうに右腰に差した"陽光の剣"を左手で抜くと、すぐさま剣が発光を始める。
"陽光の剣"の真価を引き出した上で、ワタシは”魔術詠唱”基”召喚詠唱”を始める。
『――かの<陽光の剣士>が命ずる。我と”主従契約関係”を結ぶ高名な金獅子よ、我が名の元に顕現し給え』
そんな歯が浮くような小っ恥ずかしい口上に反応するかの如く、上空の太陽から光が差し込み"陽光の剣"が放つ光源と合体する。するとどうだろうか、重なり合った光が一つの物体を形取る。そうして浮かび上がったのは正しく一匹の金色の獅子であった。
その獅子はワタシを見遣ると感嘆の声を上げた。
『おや、珍しい。<陽光の剣士>自らが某を召喚なさるとは』
「御託はいいからさっさと力を貸しなさい、デカ猫……」
そう言ってワタシは、目の前に現れた使い魔たる獅子に悪態をついたのだった。




