切られた火蓋
今回の話も<歌姫>ルフ視点でお送りします。
ご理解の程、よろしくお願いいたします。
「……妙だね」
私めの手を引き、空を飛ぶ<風の大精霊>ルフがポツリと呟いた。
「何がです?」
「肝心の目標――<風神>ゼピュローヌの気配を全然掴めないの。意図的に発する”マナ”を抑えてたり、感知外で身を潜めてる……とかなら良いんだけど、幾分あの人はそういう珠じゃないんだよなぁ」
<歌姫>ルフは所謂ゼピュローヌの商売道具。そんな彼女が勝手に自分の身の内話をペラペラ話すことは断じて許さず、当然の如く襲い掛かってくると踏んでいた手前、そうはならなかったことにルフは目尻を上げます。
どうしたものかと悩むルフに私めはこんな提案をします。
「だったら一度【コミティア】に戻るのはどう? 私めは一度【天空城】に訪れる前にゼピュローヌと対峙をしているの。その場にはノムゥと<地神>イア様がいたからその二人から何か情報を掴めるかも」
「そりゃ名案! ならノムゥの”マナ”を追えばいいんだね。じゃあ早速――」
ルフは張り切って同郷の仲間の位置を探り始める。
だがすぐにその異変が起きました。
大体百mくらい先でしょうか? そこに一本の太くて朱い柱が出現したのです。
火柱。読んで字の如く、火の柱が何の前触れもなく下から上に昇っていき、辺り一面の空気を一気に焼き尽くします。
「「え……」」
私めとフルルは現実離れしたその光景に言葉を失い、ドッと汗を流します。果たしてその汗は緊張によるものなのか、はたまた周囲の気温が上昇したからかは定かではありません。ともかくとんでもないことを目撃してしまいました。
「「――――」」
呆然と目の前の不可解な現象に身動き一つ取れなかった中、徐々に火柱の勢いは弱まりそして小さく萎んでいきます。
やっと収まった。そう安堵したのも束の間、ルフは何かを察知します。
「上に何かいる」
ルフの言葉に釣られ上空を見上げますが、残念ながらここからは距離があり過ぎるので、いくら目を凝らしてもその正体は分かりません。そもそも何かがあるとも思えませんが?
それでもルフは首を上げ続けると、
「――嘘……まさかそんなこと……」
何か絶望に打ちひしがれることでもあったのか、ルフはいきなり顔面蒼白に。その後とんでもないことを口にします。
「骸だ……」
「え?」
骸? ではまさか、今こちらに向かって落下しているのは人の……。
「…………」
やっと私めにもルフと同様の恐怖が舞い込み、自然と呼吸が荒くなります。
そしてとうとうその時が訪れました。
私め達の目の前に例の人間――否、神であった<風神>ゼピュローヌの脱け殻が力無く落下していったのでした。
●
『どうか嘘であってくれ』。
すぐさま、かの人物の落下時点に降り立つ私め達の願いはことごとく否定されました。
「ひ……酷い……全身丸焦げではありませんか……。誰がこんな惨いことを――って、ルフ、大丈夫? さっきからずっと震えてるよ? もしかしてルフには心当たりがあるの? 誰がこんなことをしたのかについて」
無情にもルフは首肯を返します。
「うん、それは――」
一息置きその人物の名を口にしようとした時、まるで彼女の言葉に合わせる形で別の二人の少女が声を重ねます。
「フーリ。ウチと同じ<四大精霊>最後の一人だし」
「フーリ。ボクと同じ<四大精霊>最後の一人だよぉ」
「フーリ。あーしと同じ<四大精霊>最後の一人だ」
「えっ? どうして貴女達がここに!?」
いきなり姿を現したのは他でもなく私めの友人こと、<水の大精霊>ディーネと<土の大精霊>ノムゥだったのです。
●
「――再会を喜びたいけど、今はそれ所じゃなくて。色々ととんでもないことが起こってるし」
どこか緊迫した様子で語るのはディーネ。
それに続き、ノムゥが事の流れを軽くさらう。
「ゼピュローヌはさっきまでボクとノムゥが相手取っていたんだけどぉ、突然<彼女>の乱入があったんだぁ」
「それがさっき言っていた<四大精霊>のフーリ?」
「そう。<火の大精霊>フーリはあーし達<四大精霊>の中でも特に好戦的で、またの名を<神刈>と呼ばれてるの」
「<神刈>……つまり<風神>ゼピュローヌは<神>だから被害に遭ったと? もしや他の神様――<海神>ポセイン様やイア様も……?」
その問いに『流石に命までは奪われなかった』と前置きしつつもディーネとノムゥの落ち込み具合で、事の深刻さが伝わります。
アメルダ先生すら手に負えなかったあの<神>の方々がそんな簡単に手玉に取られるのかという疑問はさておき、まずはその動機を聞きます。
「何故フーリはこんなことを? 何か理由があるのですか?」
この質問についてはディーネが受け答えをした。
「実はフーリはエメっちと同じく運命に嫌われてるんだし。彼女は生まれながらに【獄園】由来の”黒き焔”を身に宿しているし。そのせいであの娘は強大で邪悪な力に蝕まれてるし」
「だからフーリは、自分にそんな呪いを押し付けた世界の有り様を恨んでるんだぁ。その腹いせとして世界の秩序を作った<神>達に反逆するのも無理ないだろうねぇ」
ディーネとノムゥから事情を聞いても、だからといって『そうなのですか。それなら納得ですね』なんて言える筈も無く。
「フーリは私めと同じ運命に嫌われている者? だからどんなことをしても許されると? そんなの絶対に有り得ません!」
私めは珍しく行き場のない感情を燻らせ、怒りを露わにします。
いつの間にか私めは大声を張り上げていました。
「私めはどうしてもフーリのやり方が気に喰わない! ねぇ、フーリは今どこにいるの? 犯した罪の報いを絶対に与えないと!」
「エメエメ、落ち着いて。そうやって激情に駆られて大きな失敗をしようといた愚か者が今目の前にいるよね?」
「……ッ」
ルフの制止に私めは我に返ります。そのまま彼女は冷静に語り掛けます。
「フーリに憤りを覚える君の気持ちは十分共感できる。でもそれはあーし達三人も同じで、フーリのことはどうにかしたいと思ってる。けれどあーし達はフーリを力で説き伏せたいんじゃない。同じ<四大精霊>の仲間として救ってあげたいだ。この気持ち、わからない訳じゃないよね? だってエメエメがずっとしてきたことなんだしさ!」
「!?」
「そうだし、そうだし! そうやってウチらのダチのことを心配してくれるのは超嬉しいけど、エメっちにはそのプンスカ顔は全く似合わないし!」
「だよねぇ。もっと寝るときくらい気持ちを楽に持ちなってぇ。それにニンゲンっていうのは失敗をしながら成長するんでしょ? なら最終的に間違わなければいいんじゃないぃ?」
「うん、それについてはあーし達<四大精霊>もさして変わらなかった。だってここにいる三人も形は違えど失敗を冒してたし。でもこの三人に一つだけ共通しているのは……」
再び目の前の三人の少女は口を揃え、
『私めに救われた』
と言ってくれたのです。
思わず感極まり、さらに大粒の涙を流します。
「ディーネ……ノムゥ……ルフ……。こんな素敵な人達と友達だなんて私めはとんだ幸せ者だよ! ……でも一人だけ仲間外れがいる。彼女もこの輪の中に入れてあげないとね!」
これで次にやるべきことが決まりました。なら後はもうなりふり構わずその目標に向かって突き進むのみです!
「絶対に成し遂げるから待ってて三人共! 必ずや<四大精霊>の最後の一人<火の大精霊>フーリと”主従契約関係”を結んでみせるから!」
その意気込みはとあることの合図。
――そう。私めにとって最後の試練の火蓋が切られたのでした。




