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<歌姫>ルフ親衛隊隊長 フルル

 『物凄かった』


 何とも語彙力(ごいりょく)が皆無ですが、それ以外の感想が思い浮かびませんでした。それくらい、<歌姫>ルフの引退最終公演は素晴らしい物だったのです。しかも、ルフの歌の曲名も歌詞も振り付けも合いの手も何もかも知らなかった(わたくし)めをも一瞬で(とりこ)にするくらいに。

 公演中、一度も休まず叫んだり拍手をしていたというのに、不思議なことに疲労感は皆無でした。その代わりに、ルフの歌声をもう聴けないという喪失感に駆られました。


「――――」


 何だかぼんやりとした無気力感にも見舞(みま)われ、ただただ何も考えずに空を見上げます。

 そんな時でした。顔を上げる私めに影が差します。


「お゛や゛お゛や゛、こ゛ん゛な゛所て゛呆け゛て゛た゛の゛か゛い゛? 子猫ち゛ゃん゛?」

「!? あ、貴女は……」


 いきなり眼前に顔を出したのは一人の――ついさっき、ルフの公演前に声を掛けてきた濃い緑色の髪をした女性でした。

 相変わらずその声色はしゃがれていた……というよりも、以前より(ひど)くなっている様な?

 ちょっとだけ苦しそうに咳払(せきばら)いをする女性は、せめて表情だけでもと言わんばかりにニッコリと微笑み掛けます。


「や゛ぁ゛や゛ぁ゛、さ゛っき゛振り゛た゛ね゛。そ゛の゛放心状態、も゛し゛や゛ル゛フ゛の゛声に゛首った゛け゛って゛感し゛か゛い゛」

「えっと……それで合ってます。申し訳御座いません、本当に初めて聞いた、俗に言う所謂(いわゆる)にわかなのにも関わらず……」

「そ゛ん゛な゛の゛関係な゛い゛せ゛! 彼女の゛愛好者は゛誰し゛も゛最初は゛そ゛の゛に゛わ゛か゛た゛った゛んた゛し゛な゛! 例えそうたったとしても、楽し゛ん゛て゛貰え゛た゛よ゛う゛て゛何よ゛り゛た゛。波乱万丈の゛人生を゛歩ん゛て゛る゛子猫ち゛ゃん゛み゛た゛い゛な゛子の゛心を゛少し゛の゛間た゛け゛と゛は゛言え゛、(ほぐ)せ゛て゛よ゛か゛った゛せ゛。こ゛れ゛こ゛そ゛正に゛、歌声を゛聞い゛た゛人を゛楽し゛ま゛せ゛る゛歌手冥利(みょうり)に゛尽き゛る゛って゛も゛ん゛た゛」


 ガハハハ!、と豪快愉快に高笑いを上げる女性の言い方が何とも胸に引っ掛かります。


「……ルフのことをまるで自身の様に語りますね? 天真爛漫(てんしんらんまん)さを(かも)し出す喋り方や髪型がどことなくルフ本人を彷彿(ほうふつ)とさせます。まさか――」


 私めの追及するかの視線に当てられた女性はニンマリと笑います。

 その反応はやはり私めの予想通り――


「もしや貴女様は相当熱烈的にルフのことがお好きなのですね?」

「い゛や゛~、ハ゛レ゛ち゛ゃし゛ょう゛か゛ね゛ぇ゛! そ゛う゛! 子猫ち゛ゃん゛の゛推測通り゛、こ゛の゛あ゛ーし゛こ゛そ゛か゛ル゛――って゛あ゛れ゛?」


 私めの言葉に言葉を被せた女性でしたが、途中から私めが言ったことと食い違いがあったことに気が付き、小首を(かし)げます。

 私めも私めで、発言が重なってしまった(ゆえ)に女性が口にした言葉が聞き取れませんでした。

 怪訝(けげん)な顔付きで、私めは女性にジト目を向けます。


「一体何と勘違いしていたのです? まさか『貴女様がルフなのでは?』というと思ったのですか? ……それは有り得ませんよ! そもそもそんな有名人がこんなあっさり外を出歩ける(はず)ありませんし! ……ともかく何の御用です? わざわざ二回も会おうとしたのですから何かしら理由があるのではありませんか?」


 この時私めは最大限の警戒心を放っていました。

 何分(なにぶん)私めは、世界から(うと)まれ、<悪魔の子>とも(ののし)られる<無魔力の()み子>。そのことをキッカケとして接触を(はか)られた場合、こちらには対処の仕様がありません。

 私めは女性の真意を見定めると共に、いつでも逃げられる準備をしておきます。

 そんな緊張感から発せられた女性の反応は、


「そ゛う゛不審か゛る゛な゛って゛! あ゛ーし゛は゛た゛た゛、同し゛歌姫<ルフ>の゛愛好家て゛あ゛る゛子猫ち゛ゃん゛と゛交流を゛深め゛た゛い゛た゛け゛さ゛。ま゛さ゛か゛一緒の゛趣味て゛繋か゛ろ゛う゛って゛す゛る゛の゛は゛変た゛と゛言う゛つ゛も゛り゛か゛い゛?」

「うっ……そ、それは確かにそうですが、いきなりというのはいささかどうかと思われますよ? 先生(師匠)――ではなく、お母さんから『初対面で馴れ馴れしてくる人の話は聞く価値はない』と教えられていますから、正直貴女のことは信用なりません」


 直接言葉にしなくとも『あまり近付かないでくれ』という意思を表明しますと、女性はスンと表情を固めます。


「は゛は゛、そ゛り゛ゃそ゛う゛た゛。悪い゛な゛、子猫ち゛ゃん゛、そ゛の゛点に゛関し゛て゛は゛あ゛ーし゛に゛非か゛あ゛る゛。生憎(あいにく)、こ゛ち゛と゛ら゛対等に゛話せ゛る゛奴を゛前に゛し゛た゛か゛ら゛妙に゛気分か゛乗っち゛ま゛った゛ん゛た゛。気を゛悪く゛さ゛せ゛ち゛ま゛った゛ら゛素直に゛謝る゛せ゛」


 その続け様に『心に゛誓って゛子猫ち゛ゅん゛を゛騙す゛つ゛も゛り゛は゛皆無た゛ぜ゛』と言う分には(いく)らでも言えそうな言葉を言いつつ頭を下げる女性。


(アメルダ先生(師匠)だったらこんな時どうするのでしょうか?)


 私めなんかよりよっぽど多くの人と関わってきたであろう先生(師匠)であればこの女性が怪しいか怪しくないかは容易に判断出来るのでしょうが、残念なことにその頼みの綱には頼れません。

 この女性とどう接すべきか考えあぐねていた際、彼女はふとこんなことを呟きます。


「――子猫ち゛ゃん゛か゛こ゛こ゛【天空城】に゛来た゛目的は゛、<歌姫>ル゛フ゛の゛公演を゛観に゛来た゛ん゛し゛ゃな゛く゛て゛、他に゛す゛へ゛き゛こ゛と゛……そ゛う゛た゛な゛、そ゛の゛ル゛フ゛本人に゛直接お゛願い゛し゛た゛い゛こ゛と゛か゛あ゛った゛り゛す゛る゛ん゛し゛ゃね゛」

「!?」

「こ゛り゛ゃ図星た゛な゛。そ゛う゛い゛う゛こ゛と゛な゛ら゛協力し゛て゛や゛ら゛ん゛て゛も゛な゛い゛せ゛? 何せ゛あ゛ーし゛は゛、<歌姫>ル゛フ゛親衛隊か゛隊長、フ゛ル゛ル゛って゛ん゛た゛! も゛し゛も゛子猫ち゛ゃん゛か゛あ゛ーし゛の゛お゛願い゛を゛聞い゛て゛く゛れ゛る゛ん゛って゛ん゛な゛ら゛、念願の゛ル゛フ゛に゛会わ゛せ゛て゛や゛ん゛よ゛!」


 


 ●




 現状<歌姫>ルフへと辿(たど)る手掛かりが無くなった今、その人物に会わせて頂けるという申し出は僥倖(ぎょうこう)に他なりません。

 それでも本当にそんなことをしてくれるのか? まさか罠ではあるまいか?、とフルル様に対する疑心は晴れることはありませんですが、現状その点については心配不要かもしれません。何故なら――


「あ゛~! こ゛こ゛! こ゛こ゛の゛腰の゛動き゛見て゛御覧な゛さ゛い゛! こ゛の゛ク゛イ゛って゛す゛る゛と゛こ゛、エ゛モ゛エ゛モ゛過き゛て゛、も゛う゛エ゛モ゛イ゛せ゛ッ!」

「は、はぁ……そうで御座いますね?」


 現在私めは、フルル様による『<歌姫>ルフのここが凄い!』講座を受けている真っ最中なのでした。

 その熱狂振りにタジタジとなってしまい、どうにも生返事になってしまいます。

 そんな私めの困惑振りを察したのか、フルル様は不機嫌気味に(ほお)を膨らませます。


「何て゛ぇ、何て゛ぇ。そ゛の゛気分か゛ノ゛ッて゛ね゛ぇ感し゛は゛? せ゛っか゛く゛こ゛の゛あ゛ーし゛自ら゛か゛よ゛り゛一層ル゛フ゛の゛魅力を゛伝え゛て゛あ゛け゛て゛る゛って゛の゛に゛よ゛お゛~? も゛し゛か゛し゛て゛迷惑た゛った゛り゛し゛た゛か゛い゛?」

「そ、そんなこと御座いませんよ! ただ私めは、ルフ様の情熱に圧倒されてしまっただけです。熱心に熱弁して頂いているのに、残念ながらその一割すら理解し切れていないのが本音でして……」


 これは決してフルル様の説明が雑とか適当とか抽象的過ぎといういうことではなく、あまりにも愛に(あふ)れているからこそ、その想いを十二分に受け止められないのです。恐らく『わかる者にはわかる』内容なのでしょうが、いかんせん私めは<歌姫>ルフのことを今日初めて知った新米者。そんな私めがフルル様の説明を(とら)えきれないのも無理はありません。

 そういった思いから面目無さそうに顔を伏せると、


「に゛ゃは゛は゛! そ゛う゛気不味そ゛う゛な゛顔す゛ん゛な゛って゛! ル゛フ゛の゛歌に゛感動を゛覚え゛た゛同士を゛見つ゛け゛た゛か゛ら゛つ゛い゛興奮醒め゛な゛ら゛ぬ゛って゛感し゛て゛一方的に゛話し゛ち゛ま゛った゛せ゛」


 フルル様は反省反省と呟きつつ面目無さそうに頭の後ろをかきます。


「ま゛ぁそ゛の゛な゛ん゛た゛……。最低限、あ゛ーし゛か゛た゛た゛の゛ル゛フ゛の追っか゛け゛って゛こ゛と゛か゛分か゛って゛貰え゛れ゛は゛そ゛れ゛て゛十分た゛せ゛」

「はい、その点については存分に」


 あれだけ好きなことを無我夢中に語れる方が悪いとは到底思えません。どうやら私めはこの方に対する評価を改めないといけませんね。


「それだけ<歌姫>ルフのことがお好きなら、親衛隊の隊長を務められているのも納得です」

「そ゛ん゛な゛に゛誇れ゛る゛こ゛と゛し゛ゃな゛い゛せ゛。肝心の゛ル゛フ゛は゛も゛う゛表舞台に゛出て゛は゛来な゛い゛ん゛た゛か゛ら゛な゛」

「それはやはり喉の調子のせいで? ですが先程の公演ではそういった素振りは全然見受けられませんでしたよ?」

「そ゛り゛ゃ伊達に゛も゛超人気歌手を゛名乗っち゛ゃい゛な゛い゛か゛ら゛な゛。最後位気合を゛入れ゛た゛って゛も゛ん゛さ゛。――そ゛れ゛は゛さ゛て゛お゛き゛、も゛()う゛()そ゛()ろ゛()そ゛()ろ゛()ハ゛()レ゛()そ゛()う゛()だな」

「え?」


 フルル様が何かを予期するように遠くの方を見つめると、小太りの男性が慌てた様子でこちらに駆けて来ました。


「隊長~! フルル隊長~! 大事件……大事件でゴザル~!?」

「と゛う゛し゛た゛? 急に゛痩せ゛た゛く゛な゛って゛運動て゛も゛始め゛た゛の゛か゛」


 知り合い――恐らくフルル様と同じ、ルフ親衛隊の一員でしょうか?――を茶化すフルル様の態度に小太りの男性は絶叫を上げます。その言葉は私め達に衝撃を与えました。


「そんな悠長な話ではないでゴザル! ルフが……<歌姫>ルフが忽然(こつぜん)失踪(しっそう)したでゴザル~!」

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