<歌姫>ルフ引退公演、ついに開幕!
「――――」
遥か下で起きていながらもここまで届かんばかりの轟音と衝撃音が耳に入って来ます。
その音の発信源は間違いなく、私めを庇い<風神>ゼピュローヌ様を食い止めているであろう御三方でしょう。
「ノムゥ……イア様……ヴァルキィー様……」
私めを逃がす為に立ち向かってくれた方々の安否を案じつつも、私めは進むべき上だけを見据えます。
『もしもエメルダちゃんがルフとお友達になれれば、アメルダ様も目を醒ますんじゃありませんか?』
『だからこそお願いだよぉ、ボクやディーネにした時みたいに、ルフのことも救ってあげてぇ!』
『あなたは早く成すべきことをしに行きなさい。そして今一度証明してみせなさい。<大魔女>がいなくともあなたにしか導けない可能性をね』
そうです……! ヴァルキィー様もノムゥも <地神>イア様もこんな私めに期待を寄せて下さったではありませんか! なら私めはそれを裏切らないよう、必ず成し遂げればならない使命を全力で実行すべきではありませんか!
(それに<歌姫>ルフとの接触はアメルダ先生を助けることにも繋がっています。なら尚更失敗は許されないでしょう)
私めは多くの人の想いと、この世で一番大切なお母さんを助けたいという気持ちを胸に、大空を駆けるのでした。
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ヴァルキィー様が私めの背中に取り付けた白い天使のような羽。事前に目的地を設定していたと告げられていた通り、半分は自動操縦みたいに羽が羽ばたき、こちらが特に何もしなくともどこかへ舵を取っておりました。
それに身を預けること数分、どれだけ高く飛んでいるかは定かではありませんが、目の前にうっすらと物陰が見えてきました。
「……今まで何もなかった筈の空の中に現れる物なんてたった一つしか無いでしょう。もしや、あれが……」
眼前に突如として出現した建造物。それは正に城と呼ぶに相応しい様相を呈いておりました。
――間違いありません。あの場所こそ、私めが目指すべき【天空城】に他ならないでしょう。
そんな予感に同調するかのように、背中の羽の動きが徐々にゆっくりとしていき、まるで下降準備を始めているかのようでした。
羽の動きに為すがまま待っていると、目立たない城の端っこに降り立ちました。すると羽が光に包まれ、一枚の封筒に様変わりしました。
「えっ!? 一体どんな原理で!? 簡単に空を浮いたり動いたり出来るのもそうですが、それに加えて何か別の物に変化するなんてつくづく不思議ですよ」
そんな前代未聞の物品をあのヴァルキィー様がちゃっかり作り上げたというのでしょうか? ……増々疑問が増すばかりです。とは言え、今はそんな重要度が低いことに重きを置いておく暇はありません。まずは<歌姫>ルフの元に至る為の情報収集が先決――
「――の前に、この封筒の正体を確認しておきましょうか。ヴァルキィー様が事前に用意していたということは、決して無関係ではないでしょうからね」
早速その封筒の中身を取り出すと、一枚の紙が出てきました。
招待状と書かれたその紙の詳細を読み込んでみると、
「こ、これってまさか!」
そこに書かれていたのは、私めも良く知る人物の名。つまりこれは<歌姫>ルフの引退公演の入場券なのでした。
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「……まさかこんな早く、ルフを間近に観る機会に恵まれるなんて。それにここは【天空城】の中央に位置する一番大きなお城ですよね? ここが公演の会場だなんて大掛かりにも程がありますよ……」
どうしても不安に駆られますが、どうやら招待状が示す場所はここで間違いが無さそうです。よくよく周りを見渡してみても、誰もかれも<歌姫>ルフの話をしており、人によっては彼女の名が刻まれたタオルや帽子を身に付けております。そのことから、きっとここに集まっている人達は皆、彼女の熱烈な愛好者だということが見て取れました。
私めはすっかりその熱気に当てられてしまい、心臓の鼓動が早くなります。その心持ちのまま、開演を今か今かと待ちわびてると、
『――只今より<歌姫>ルフの引退公演の入場を開始しまーす! 観覧の招待状をお持ちのお客様はこちらの入場口へお進み下さーい!』
係員の誘導が始まりました。その言葉と共に人が一気に動き出します。
その合図を心待ちにしていたのか、皆様の足取りはどうにも殺気立っており、私めはその荒波に為す術無く飲み込まれてしまいました。
「あわわわわぁッ!」
ギュウギュウキツキツの人混みに揉みくちゃにされてしまい、徐々に徐々に後方へと押し込まれ、終いには列の最後尾まで弾かれることとなりました。
「はぁ……これは当分会場に入れそうにありませんね……。正直油断しておりました。まさかルフの人気がこれ程までとは……」
「だ゛よ゛な゛。彼女を゛応援す゛る゛あ゛ーし゛も゛鼻か゛高い゛せ゛」
「え?」
ただの独りごちった言葉のつもりだったのに、その独り言に反応した方がおり、ビクゥと肩を震わせます。
振り向くとそこには、私めよりも深くて濃い緑色の髪をしていた女性が喉を潰していると言わんばかりの濁声を発していたのでした。
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「あ、あの、お声が相当……」
「う゛ん゛、知って゛る゛。と゛う゛に゛も゛喉の゛調子か゛悪く゛て゛さ゛。聞き゛つ゛ら゛く゛て゛こ゛め゛ん゛な゛」
「それでしたら無理して言葉を発さなくてもよろしいのでは? 私めが言うのもあれですが、是非安静になさって下さい」
「え゛ぇ゛~! 超優し゛い゛な゛、君。そ゛う゛や゛って゛あ゛ーし゛の゛こ゛と゛気遣って゛く゛れ゛た゛人は゛初め゛て゛た゛。て゛も゛訳あ゛って゛休め゛な゛い゛ん゛た゛。最後を゛飾る゛有終の゛美く゛ら゛い゛は゛ち゛ゃん゛と゛こ゛な゛さ゛な゛い゛と゛ね゛」
激しい咳払いをしながらもなにかしなければならないことを示唆する正体不明の女性。
「…………」
何故だかわかりませんが、体調が優れていないということの他に、この人のことが無性に気になって仕方ありませんでした。一体何故でしょう?
そんな面持ちで女性のことを見つめていると、かの女性は私めのとある箇所に目を留めます。
「お゛や゛お゛や゛ぁ゛、そ゛の゛指輪、す゛っこ゛い゛綺麗た゛な゛。青色と゛茶色に゛光って゛……い゛や゛、見た゛感し゛ま゛た゛別の色を゛宿し゛そ゛う゛な゛感し゛た゛。――ほ゛ぉ゛ほ゛ぉ゛、と゛い゛う゛こ゛と゛は゛つ゛ま゛り゛子猫ち゛ゃん゛か゛……」
「?」
「と゛い゛う゛こ゛と゛は゛こ゛の゛巡り゛合わ゛せ゛は゛互い゛に゛引き゛合わ゛せ゛ら゛れ゛た゛か゛ら゛か゛。道理て゛ふ゛と゛外に゛出た゛い゛と゛思った゛わ゛け゛た゛」
「??」
先程から自分一人だけが納得するような感じを見せる女性は満足げに口角を上げます。
「と゛い゛う゛こ゛と゛は゛、ま゛た゛会え゛る゛な゛。そ゛れ゛な゛ら゛今は゛し゛っ゛く゛り゛話さ゛な゛く゛て゛も゛い゛っか゛。な゛ら゛ま゛す゛は゛<歌姫>ル゛フ゛の゛《・》公演を゛楽し゛ん゛て゛って゛。行って゛ら゛っし゛ゃい゛」
いきなり掴まれたのも束の間、
「――ってふぁわあっぁああ~?」
私めの身体はまたもや空中を飛んでおりました。
「うわあぁぁあわぁあっあぁ~!」
まるで風の道を駆け抜けるかのような現象によって吹き飛ばされ、つい先程絶対に割り込めないと思っていた列の最前列に躍り出ます。
不本意ながらも周囲の視線を集めてしまった私めはもうどうにでもなれと苦笑を漏らしつつ、公演の招待状を係の人に突き付けたのでした。




