<無魔力の忌み子>エメルダと主従契約関係.②
今回の話はヴァルキィー視点で展開されます。
その点ご了承の上、お楽しみください。
「はい、準備完了よ! エメルダちゃん、行けるかしら?」
エメルダちゃんに正真正銘本物の”天使の羽”を装着し終えた私はエメルダちゃんを担ぎ上げます。
「えっ!? 本当にこのまま放り投げるつもりですか!? 全く心の準備が出来ておりませんが!?」
「そんなの必要ないわよ! 怖がるんじゃなくていっそのこと空の旅を楽しんでらっしゃい!」
「嫌嫌嫌~ッ!? 辞めて下さぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁ~……」
エメルダちゃんの絶叫虚しく、空へと放たれた彼女は見事、
「う、浮いてる~!?」
空中で滞空することに成功したのでした。
予想だにもしない現実に驚きを隠せずいるエメルダちゃんに私は胸を張ります。
「ほら言ったでしょ? 何の問題もないって! 感想はどう?」
「初めてのことですから言葉では言い表せません!」
「それは良かった。でも感動してる暇は無いですよ! <風神>ゼピュローヌはとても情け容赦ない性格! 引退し使い道のなくなった<歌姫>ルフを今すぐに抹殺してもおかしくありません! 目的地の場所はその羽に事前に組み込んでいますから、まずは【天空城】に降り立ち、すぐにルフを探し出して下さい!」
「わ、わかりました! で、では行って参り――ってうわぁああぁッー!?」
私の助言に従い、すぐさま身体の向きを上空へと向けたエメルダちゃんでしたが、その瞬間、まるでその行く手を阻むように、彼女の目の前で向かい風が吹き荒れたのでした。
私はその自然現象に舌打ちを鳴らします。
「やはり来てしまいましたか……ッ!」
「な、何!?」
突然の突風に煽られながらもなんとか姿勢を保つエメルダちゃんの目の前に竜巻が現れたかと思うと、すぐにそれは人間の形に変わっていきます。
「ふふ、行かせませんことよ、<無魔力の忌み子>。ポセインとイアを懐柔させたその手腕に敬意を評し、この場で存分に叩き潰して差し上げますわぁ!」
そう言って、派手で奇抜な緑色の髪を風で大きく揺らしている女性――<風神>ゼピュローヌが高笑いを上げたのでした。
●
オホホホホ!、なんて貴族お嬢様みたいな高笑いを上げるゼピュローヌを目の前にし、エメルダちゃんは呆然と立ち尽くしてしまいます。
自身の名を名乗らずとも、エメルダちゃんは<風神>に比肩する神と二度対峙している。きっとその威圧感には身に覚えがあることでしょう。だからこそ、
「エメルダちゃん、全力で逃げて!」
「えっ! あ、はい!」
慣れない羽で身動きが上手く出来ないのは百も承知。それでも絶対に勝てない相手である以上、わざわざ戦う必要はない。
私はそんな彼女を支援すべく、どこからともなく出現させた弓の射撃で援護に回る。
それでも本当の意味で風を掴むような話である。いくら弓を引こうとゼピュローヌに攻撃が当たることはなかった。
「無駄、無駄、無駄ですわぁ! 何人たりとも、このゼピュローヌ様の身体に傷一つ付けることなんて不可能でしてよ! これでもあたくしは多忙の身。こんな正に子供とのじゃれ合いはさっさと終わらせるに限りましてよ?」
一切困った様子など見せない余裕しゃくしゃくの素振りを見せるゼピュローヌは指を小さく折り、目で捉えられるくらい巨大で数多い鎌風を発生させます。
「はい、何の面白みも無くお終いですわ。顔合わせ数十秒でさようなら♪」
ゼピュローヌはそれら全てを一切の遠慮無くエメルダちゃんに向け射出。
「――――」
為す術無くエメルダちゃんがその風に飲み込まれようとした|瞬間、
「――させないよぉ」
突然地面の土が噴出し、一つの壁のようにそびえ立ち、ゼピュローヌとエメルダちゃんとの間に割って入り、先の風の刃を防ぎます。
まるで救世主のように登場したその者の名をエメルダちゃんは声高々に叫びます。
「ノムゥ!?」
「やっほぉ~、<無魔力の忌み子>。無事起きれたみたいで良かったねぇ」
ノムゥと呼ばれた栗毛色の少女はこの緊張感にそぐなわい大きな欠伸をし、眠そうに目を擦ります。それでもゼピュローヌから注意を外すことはしていませんでした。
「何ですの? 誰かと思えばイアの残りカスではありませんか? たかが<精霊>如きが邪魔しないで下さります?」
ゼピュローヌはの乱入等意にも介さず淡々と風を発生させ、彼女が建てた土の壁に連続で打ち付けます。
「「……?」」
数発の風が撃ち込まれても何故か壊れる兆しを見せない<土の大精霊>の土壁にゼピュローヌだけではく私も眉をひそめます。
そんなゼピュローヌの不可解そうな表情を見て<土の大精霊>はしたり顔を返します。
「驚いたぁ? どうして本来風の弱点属性である土属性が撃ち負けないか疑問に思ってるでしょぉ? それについてはボクもビックリィ。”主従契約”を結ぶとボクの力自体も底上げされるんだねぇ。だからこそ、こうして格上の相手の”風属性魔術”にも押し負けないみたいなのさぁ」
「”主従契約”!? それはまだ――って、えっ!?」
<土の大精霊>の言葉を受けたエメルダちゃんは驚愕し、徐に左手の親指にはめられた指輪を見つめます。
ここからでも良く見えるくらい、その指輪から茶色の光が宿っていたのが伺えました。
「こ、これってまさか私めと契約を? いつの間に……。私めはともかくとしてノムゥにそんな素振りは一切なかったような……」
「お堅いなぁ。ボクはただ見させて貰いたいだけだよぉ。エメルダが『誰も想像し得ぬような世界を創る』所をさぁ」
「? 何ですか、それは? 私めは一言もそんなこと言っては……」
「知ってるぅ。だからもう一つの理由を言うよぉ。あの時、ボクは寝たフリをしてたけど、ちゃんと見てたんだぁ」
ふと<土の大精霊>がエメルダちゃんを真っすぐ見据えると、真面目な顔で頭を深々と下げたのです。
「――ボクとアイを助けてくれてありがとう」
短いながらも誠心誠意こもった感謝の言葉を述べたノムゥは続け様にエメルダちゃんにこんな願いを託します。
「だからこそお願いだよぉ、ボクやディーネにした時みたいに、あの子のことも救ってあげて!」
いきなりのことに動揺を隠せずにいなかったエメルダちゃんでしたが、すぐにはっきりと首を縦に振りました。
「任せて、ノムゥ! その為に、私めは今こうして空中に立っているのだから!」
「エメルダァ~!」
エメルダちゃんの言葉に感銘を受け、目元を潤ませるノムゥの耳に、
「茶番はもう終わりでいいですこと?」
と冷淡な言葉が入り込みます。
その一言にその場にいた彼女以外の全員が絶望に打ちひしがられます。
「甘い、甘いですわぁー。たかだかほんの少し能力値が上がったくらいで調子に乗って。……まさか、アレがあたくしの本気だとお思いで?」
刹那、ゼピュローヌの魔力が一気に膨れ上がったかと思うと、さっきまで全くビクともしなかった<土の大精霊>お手製の土壁が一瞬で崩落。そのままゼピュローヌの風がエメルダちゃんのすぐ側まで迫ります。
「この世を去る前に覚えておいて下さいまし。絶対領域に至る<神>は誰にも止められない。だからこそ、この場においてあたくしに敵う者は皆無――」
「――と、悦に浸ることこそ甘いのですよ。同じ<神>からの助言として有難く受け取りなさい」
「は? って、ぐぁあ~!?」
いつの間にか土の中から先の土製の壁……とは比べ物にならないくらい大きな巨人が立っており、ゼピュローヌを殴り飛ばしたのです。
私はその人物に覚えがありました。
「イア! どうしてここに?」
「それはそこの<姫>と同じく、命の恩人に報いる為です。<無魔力の忌み子>、ゼピュローヌはわたし達三人で足止めをします。だからあなたは早く成すべきことをしに行きなさい。そして今一度証明してみせなさい。<大魔女>がいなくともあなたにしか導けない可能性をね」
「…………。かしこまりました……ッ!」
数秒逡巡したエメルダちゃんは奥歯を噛み締めつつ、遥か上空へと昇っていきます。そんな彼女を見送ると、
「イア~! 話に聞いていた通り、<無魔力の忌み子>にほだされたばっかりにつまんなくなりましたわね。そんな彼女を庇い立てするのもそうですが、今まで属性相性的に絶対に勝てなかったあたくしに牙を剥くなんて!」
いつの間にかここに戻っていたゼピュローヌに挑発されたイアはさも平常心で答えます。
「あなたはきっとこう言いたいのでしょう。勝てない、不利、無茶、不可能だと。ですが、今のわたしにはそんなの興味ありません。――世の中にはいるのですよ、そんな下馬評をひっくり返す大馬鹿者がね」
「何が言いたいのです?」
「直にあなたも痛感しますよ。……ですがまぁ、それはここでわたし達に負かされなかったらの話ですがね」
「あ゛?」
ちょっとそれは言い過ぎじゃないの、イア?、と心の中で冷や汗を流しますが、残念なことにその一言はゼピュローヌの怒りの沸点を穿ちます。
「そこまで言うならやってみなさい、このクソカス共!」
ほれ言わんこっちゃない。共と罵られた手前、きっとそれは私も含まれているのでしょう。
(はぁ、勘弁して下さいよ……。私を振り回すのはあの<勇者>だけで十分なのですが?)
これでも私、高貴な<天使>なのですよ? そんな不満たらたらの感情が表に出ていたかは定かではありませんが、頭の中に”念話魔術”が送り込まれます。
『ヴァルキィー、申し訳ありません。わたしが手助けをお願いしてしまったせいで面倒事に巻き込んでしまって』
『……不要ですよ、今更そんな謝罪は。私はただエメルダちゃんの助けとなるべく手を差し伸べ、正しき道へと導いたまでです。この行為に<天使>がどうとか、<神>直々の命令だったからとかは一切関係ありません。差し詰めこの動機は同僚のキューレイと大差ないでしょう』
『そうですか』
『ほら、そんなことより構えて下さい! お相手はどうやら本気の様ですよ? 勝ち目は薄くとも抗う他道はないですからね!』
そんな愚痴を呟きつつも、仕方ないと諦めてしまったことを認めつつ、私は今一度弓を引くのでした。




