<風神>ゼピュローヌと【天空城】
”癒しの力”を持つとされる<風の大精霊>。
その者と同じ力を宿している<歌姫>ルフ。
そしてそんな<歌姫>ルフが所属する芸能事務所の社長を務めている……
「――<風神>ゼピュローヌ……? それってまさか……?」
次から次へととんでもない人物が羅列させるものですから、正直理解が追い付きません。思わずクラリと目眩を催した私めを見かねたヴァルキィー様は一旦落ち着ける場所へ移動することを提案します。
そうして訪れたのは【コミティア】にある【ヴァルホル】というお店。ここはヴァルキィー様が運営をしている衣服店でした。
「連れて来てアレですども、店内がグチャグチャでゴメンなさい。【ヴァルハラ】とは違ってまだ開店の準備が整っていなくて……」
たははと苦笑を漏らしつつ、ヴァルキィー様は箱に綺麗に畳まれた衣服を取り出しそのまま棚に掛けていきます。
「こちらこそなし崩し的にお店にお邪魔しまって申し訳ありません……」
「そんな構いませんよ。そもそもエメルダちゃんを具合が悪いまま放置する訳にもいかなかったですし、それに結局こうなるんだろうなとは薄々思っていた所でしたしね」
「え?」
「あー、こっちの話です! ……ともかく多少散らかってますけどくつろいでて下さい。少し落ち着いたらさっきの話の続きをしましょう」
終始こちらを気遣うヴァルキィー様は本題に入るのはまだ早いと言わんばかりに気分転換がてら身の上話を語り始めます。
「実はこれでもキューレイと競争してたんですよ、どちらが先に営業を再開できるかってね。でも残念なことに惨敗! 変ですよね。洋服は、衣食住って一番最初にある筈なのに優先度が一番低いんですもの。まぁそれは無理もありませんか。服屋は服屋でもここはちょっと違う専門店ですしね」
ヴァルキィー様の愚痴通り、ここ【ヴァルホル】は通常の衣服の取り扱いは少ないです。どちらかというと、今私めが着ているフリルや刺繍の装飾が成されたゴシック服といった、周りに魅せ付ける為の服が主流商品だったりします。それに、そういった類の服は少々値段が張りますし汚れも簡単に落ちませんから、気持ちや懐事情に余裕が無ければ手が伸ばしにくいのも確かです。だからこそ飲食店の【ヴァルハラ】よりも需要が見込めなかったのだと推測できます。
「……それでも【神都】からの援助も充実してきましたし、先の隕石落下事故の傷跡も薄まってきたからこそ、もうそろそろ街のみんなにはオシャレを楽しんで欲しいと考えております」
「良い心掛けですね。……あっ、丁度身体が大きくなって新しい服を買わないととアメルダ先生と話していたところですので、その際はご贔屓にさせて下さいッ!」
「是非遊びに来て下さい! ――二人でね」
「はい! 先生と一緒に伺います!」
そう豪語した以上、何があっても病床に伏した先生を救わなければならないと一層決意が固まります。
「あの……そろそろ<風神>ゼピュローヌ様についてお話を伺っても?」
「それなら口で説明するよりも実際にこれを読んで貰った方が分かり易いかもしれませんね」
ヴァルキィー様は開けかけの箱の中から一冊の雑誌を取り出し、パラパラと捲ります。そして該当する項目を開くとその部分を見せ付けます。
そこに描かれていたのは、派手で奇抜な緑色の髪をした女性の姿でした。
「この人がもしかして? で、でも……」
「そう、<風神>ゼピュローヌです。ビックリですよね、だってこんな大体的に特集や取材に応じるんですから」
<海神>ポセイン様。そして<地神>イア様。
両者共に神話上の人物であるからこそ、その存在自体も伝説級でそもそも実在していることすら信じられていないような偉大な方々。他の<神>の事情は存じておりませんが、恐らく他の神様もむやみやたらと人前に姿を現さないでしょう。
にも関わらずです。このゼピュローヌ様は、人間が読む様な本に堂々と姿や声明を残しているではありませんか。
私めは信じられないものを見るかのような視線を誌面に送ります。
「……どうやらご自身が監修した洋服について話をしているご様子。もしやゼピュローヌ様はこれを生業にしているのでしょうか?」
「そうですね。<風神>ゼピュローヌは神様の一人であると共に、有名な衣服造形作家なのです」
「成程、道理で……って、あっ! この名は!?」
記事の内容を読み進める内、あることに気が付きました。私めは慌てた様子でその箇所を指差し、ヴァルキィー様に見せ付けます。
「ここに<歌姫>ルフの名前がありますよ! その部分を読んでみるとゼピュローヌ様が<歌姫>ルフの才能を見出し、成長させたと記されております! この書き方はまるで……」
「そうです。さっき言った通り、<歌姫>ルフは<風神>ゼピュローヌが運営する芸能事務所の代表取締役でもあるのです」
だからこそルフとゼピュローヌは芸能事務所における社員と社長の間柄であることを理解した私めは固唾を飲み込みます。
「この文を読んだ限りでは、ゼピュローヌ様は<歌姫>ルフに対して多大な信用を置いているように見受けられるのですが……? そんなゼピュローヌ様がルフの引退に一枚噛んでいるのだなんてにわかに信じられませんよ」
「それはきっと商売道具として、だと思います」
「えっ?」
ヴァルキィー様の意味深な発言に言葉を詰まらせます。
それでもヴァルキィー様は忌憚のない意見をはっきりと述べます。
「ゼピュローヌの服作りや芸能活動の才覚に勿論間違いはないんでしょうけど、その裏では色々と黒い噂が漂っているのです。どうやら自分が成功する為だったらどんなあくどいことでもするし、どんな犠牲も厭わないという話が囁かれてもいます。その一環で従業員に相当な圧力を掛けてるとも聞きます」
「ではルフはゼピュローヌ様のせいで本当に喉を?」
「真相は定かじゃありませんけど、ですが可能性の範囲内とも言えます。……だからこそ手強いですよ、<風神>ゼピュローヌは。アメルダ様の力を借りられない点も含めて」
「…………」
やはりゼピュローヌ様は紛いなりにも<神>の一人。ポセイン様やイア様と同じく一筋縄じゃいかない――ってあれ?
ふとヴァルキィー様とのやり取りの流れに違和感を覚えました。その疑問を解消すべく、恐る恐るヴァルキィー様に尋ねてみます。
「そういえば何故いつの間にかゼピュローヌ様に立ち向かう話の流れになっているのです?」
「それはそうですよ。やはりアメルダ様を助ける”癒しの力”を持っているのは<歌姫>ルフの他ありません。もしもエメルダちゃんがそんなルフとお友達になれれば、アメルダ様も目を醒ますんじゃありませんか?」
「友達って……。それにそもそも頼みの綱であるルフの歌声は失われていますし、一番の問題は彼女の元にどうやって辿り着けば……」
正直問題は山積み。例え一つずつ解消しようにも私めの力なんて高が知れております。
これからどうすべきか考えあぐねていると、
「心配ありません。とある人物からエメルダちゃんを手助けする様言付かっておりますから。――この私が一肌脱ぎましょう」
そう言ってヴァルキィー様は、
「へっ!? 本当に服を脱いでどうしたというのです!?」
有言実行と言わんばかりに羽織っていた上着を脱ぎ去ります。いきなりのことに驚きますが、それよりも……ッ!
「背中に生えているソレは一体!?」
その服の奥から大きく拡がった純白の羽に目を奪われてしまったのでした。
●
――純白無垢の真っ白な羽。
鳥の羽ではないとするならば、それは他ならぬ天使の羽と評しても差し支えは無いでしょう。
言わば空想上の存在が持つ特徴を目の当たりにした私めはどう反応していいかわからず、口をパクパクと震わせてしまいました。
「ヴァ……ヴァ……ヴァルキィー様!? そ、そ、そ、その背中から生えた羽は一体!? まるで、て、て、て、天使みたいですよ!?」
私めの慌て振りに対し、ヴァルキィー様はケラッと笑います。
「やだわぁー、エメルダちゃん! 何を本気にしているのですか~? これ、単なる仮装ですよ? まさか本物の天使と思いましたか? そんな訳ないですよ~!」
「もうヴァルキィー様ってば! からかうにしても度が過ぎておりますよ!」
怒るというよりも呆れたといった具合に頬を膨らませますが、気を取り直し話の本筋について尋ねます。
「あの、どうしていきなりその羽を? 確か<歌姫>ルフの元にどうやって向かうのかという話をしていましたよね……?」
「特に小難しい理由ではありませんよ。これからエメルダちゃんにはこの羽を使って空を飛んでもらいます」
「はいぃ!? 空……!? 飛ぶ……!?」
ヴァルキィー様が示した目的地とその手段を聞き、またもや現実味の無い話に衝撃を受け、その場で立ち尽くしてしまったのでした。
●
流石に話が急すぎたということで、一度店の外に出た後で改めて詳細をヴァルキィー様から聞きます。
「――地底都市の次は、空に浮く空中都市ですか……。世界の有り様というのは本当に想像もつきません」
【天空城】。それは読んで字の如く天空にある城。その城を管理しているのは他でもない、
「まさか<風神>ゼピュローヌ様は城一個をずっと浮かせられる程の”魔術”――名前からして風でしょうか?――の遣い手なのですね」
「そうです。そしてその【天空城】はゼピュローヌの主な活動拠点であり、巷では巨大劇場とも呼ばれています」
「劇場……ですか。芸能事務所の代表が統治するに相応しい場所ですね」
話の展開からしてそこに行くのは確定なのでしょう。その点については構いのですが、問題は手段の方にありまして……。
「本当にそんな薄い羽二翼で空を舞えるのですか? 未だに疑心暗鬼が拭えません」
「別に平気ですよ。実際にやってみると意外と楽しいですしね!」
「えぇ~……」
ヴァルキィー様は私めの心配を逆撫でするかのようにどこか呑気に笑うものですから、さらに不安を募らせるのでした。




