<歌姫>ルフ
「<歌姫>ルフ、引退を表明? ……ええっと、どなたです?」
「嘘!? エメルダちゃん、あの超有名歌手のルフちゃんのこと知らないんですか~!?」
私めの率直な疑問に、私めが座る車椅子を押すヴァルキィー様が驚愕します。
「も、申し訳ありません! いかんせん音楽を嗜む習慣が無くて……」
勿論音楽を今まで一度も聴いたことがない、ということではなく、ただアメルダ先生との生活でそれに触れる機会が少ない、というのが正しい表現かもしれません。
『妾はあまり音楽というものが好かん。どちらかと言うと静かな環境の方が気が楽じゃからの。それに常に進化する音楽再生器具にもう付いていけなくなっておるわい』
「――なんてアメルダ先生はぼやいておりましたが、それはあくまで建前のように感じられます。恐らくですが、本心では一歌手の活躍・引退・そして別れを一挙に体験しなければならないことを嫌がっているのかもしれません」
「あぁー、それは有り得るかもしれないですね。伊達に三百年も生きてたら否応無しに多くの人を見送っていたでしょうから」
「だからこそ先生はあまり他人と深く関わろうとせず、この私めにも距離を感じることもしばしば。現に……」
先生の過去は何も知らない。そう呟きしそうになった口を咄嗟に塞ぎます。
そんな私めの機微をヴァルキィー様は的確に捉えます。
「何かアメルダ様に思う所があるんでしょうけど、それは極普通のことだと思います。だってたかが二年、されど二年しか共同生活を送ってないでしょう? それでお互いのこと完璧理解した!って誇られる方が怖いのですが、その辺はどう思います?」
ヴァルキィー様のご指摘は正に急所を穿つものでした。私めはそれを全面的に肯定します。
「ですよね? だから、まだ話せないようなことは話してくれないではなくて、いずれ話してくれるって気長に構えとくといいと思いますよ。<大魔女>様の偉大で壮大な三百年の軌跡をそんな簡単に聞き出せてしまっては、興醒めもいいところでしょうし!」
「そ、そうですね! 確かにその通りです」
「ならその昔話をちゃんと聞かせて貰えるように頑張らないといけませんね?」
そう片目ウィンクを向けるヴァルキィー様は逸れた話の筋を<歌姫>の方に軌道修正します。
「――話がだいぶ脱線しましたけれども、とどのつまり、エメルダちゃんは<歌姫>ルフのことを知らないってことですよね?」
「はい。もしよろしければどういった方か教えて下さいますか?」
「わかりました。彼女、<歌姫>ルフの歌声にはとても奇跡的な力が込められていると噂されているのです」
「奇跡的な力とは具体的にどんな……?」
「端的に申すなら聞く者全てに安らぎを与える”癒しの力”を持つとされております」
「えっ!? そ、それって……!?」
その説明はついさっき<地神>イア様から聞かされた<風の大精霊>の特徴と合致しております。
(これは偶然……? それともそのルフこそ私めが追い求めている……?)
何はともかく、その<歌姫>ルフが唯一の手掛かりのように感じられたのでその方の話をもう少し詳しく聞くことにしました。
「あの! もしかしたら<歌姫>ルフならばアメルダ先生を助けられるかもしれません! どうにかしてお力を貸して頂けないでしょうか?」
そんな私めの期待的観測にヴァルキィー様は浮かない顔を返します。
「確かにその可能性は十分にあるでしょうが、あまり期待をしない方がよろしいかと。会ってそのお願いする以前にいかんせん時機が悪過ぎます」
「何か不都合でも? ……もしやこの電撃引退が関わっていますか?」
「えぇ、残念ながら今のルフにはかの”癒しの力”が備わっていません。だからこそ彼女は芸能活動を引退せざるを得なくなったのです」
「それはどういう意味です?」
「言葉通りに捉えて貰って構いません。単刀直入に言えば、ルフは喉をヤッテしまったのです。その結果、聞くに堪えないくらい音痴になってしまいました」
「へ? 音痴?」
ルフの不調の原因が何とも間抜けな理由でしたので思わず言葉を失います。
それに対しヴァルキィー様は、わざとらしく立腹した態度を示しました。
「ちょっと、エメルダちゃん~。ルフはそのせいで歌手活動に大きな痛手を負ったんですから、その反応は失礼なんじゃありませんか?」
「そ、そうでしたね、申し訳ありません……。ですが、どうしていきなりそんなことに? 少々無理をしたのでしょうか?」
「どちらかというと無理をさせられたのかもしれないませんね」
「? つまりその故障はルフ個人の責任ではないと? でしたら一体誰のせいで?」
私めの率直な疑問に、ヴァルキィー様は淡々とこう応えます。
その後私めはとんでもないことを聞いてしまったと大いに後悔することになります。
「あくまで噂話の範疇を超えませんが、<歌姫>ルフを潰した可能性があるのは他でもない、彼女が所属する芸能事務所の社長こと――<風神>ゼピュローヌなのです」




