<歌姫>
<地神>イア様が去った後の病室は、不気味なまでに静寂そのものでした。
私めは目の前の光景に絶句し、ここまで同伴した”土製人形”も無口そのもの。そして、中の寝具の上に寝かされた患者――<大魔女>アメルダ先生は生きているのかすら定かではない|(当然そんなことはありませんが)くらい無呼吸で眠っておられます。
(確か【神都】から<聖母>と呼ばれる魔女のお医者様が来られるんですよね? しかし、その前に先生が二度暴走する可能性も否定できないからこそ、こちらでもやれること……治癒の力を持つとされる<風の大精霊>の力を借りるよう諭されました)
恐らくあのイア様がそう仰った以上、それ以外に選択肢が無いように見受けられます。先生の助力は望めないのは自明の理。その状況を踏まえた上でどうにかしろと言っている様にも感じられました。
「ならまずは情報収集。ノムゥから<風の大精霊>のことについて少しでも聞かなければ」
一切目を醒ます気配を見せない先生の寝顔に後ろ髪を引かれながらも、すべきことを思い立ちすぐさま行動に移そうと振り返ったその時です。部屋に入ってから終始微動だにもしなかった”土製人形”が手を掴み、そのまま身体を持ち上げます。
「ちょ、ちょっと!? 降ろして下さい!」
『ムリダ。ハコブヨウメイレイサレテイル。ソレニハソムケナイ』
「いやいや! もう大丈夫ですから、一人で歩けますから!」
『ソウカ? コッチノホウガラクダロ?』
「それはそうですが、恥ずかしいので勘弁してくださいッ!」
一ヶ月寝たままの状況でまだ身体の調子が戻らなかったからこそ家から病院に移動する間、私めはこの”土製人形”に担がれました。確かに楽は楽でしたが、好奇の目に晒されるのはもう御免被りたいです……。
しかし、それでも身体は正直で、どうにも足に力が入りません。やはりまた運ばれなければならないのでしょうか……?
そんな風に諦めかけたその時です。
「その必要はありませんよ。ここ病院だから車椅子を一台借りましたから」
部屋の扉の奥から声がし、
「あっ! ヴァルキィー様!」
「久し振り、エメルダちゃん。やっと起きれて良かったですね」
綺麗な桜色の髪が印象的な女性が顔を出したのでした。
●
ヴァルキィー様。生まれも育ちもここ【コミティア】の若い女性で、実家である【コミティア】の洋服店【ヴァルホル】――ちなみにそこは、先生に買われた日の夜に訪れ、生まれて初めてまともな衣服を購入した場所だったりもします――の店員として日々笑顔を振りまいております。
こちらのヴァルキィー様はかのキューレイ様と幼馴染の間柄らしく、活発で元気はつらつの性格であるキューレイ様とは打って変わって、ヴァルキィー様は物静かな印象を与えます。それでも、服を取り扱う仕事柄、可愛いモノには目が無いらしく、私めのことをうんと可愛がってくれます。そのせいで時折度が過ぎていると言わんばかりに愛撫することもしばしば。その点は珠に傷では御座いますが、そこはご愛嬌ということで、この御方もキューレイ様と同じく大事なお姉さんの一人です。
そんなヴァルキィー様は道すがら車椅子を押しながら、私めの自宅へと向かっておりました。
「それにしても大変でしたね。まさか地底都市全域を巻き込んだ地盤沈下に巻き込まれたなんて」
「え、えぇ……確かに大変でした。どうにも記憶が曖昧でしたし……」
私めはどこか罪悪感を抱きながらも答えます。
イア様の話振り、そして実際に先生の手によって滅茶苦茶にされた【アンダグラーダ】の惨状を目の当たりにした以上、地底都市が崩落した事実に間違いはないでしょう。
ですが正直な所、正気を失った先生に腹部を引き裂かれ、その後<ヴォイド・ノーバディー>さんに手を差し伸べられた後の事の顛末は知り得ておりません。
それでも、その事件の元凶がアメルダ先生であることは言及されておらず、どうやらイア様が言う所の情報規制が正常に敷かれているようです。
ヴァルキィー様はそんな私めに当時のことを教えて下さいます。
「エメルダちゃん達が帰って来た時は本当に大変だったわ。何故か街民皆、口を揃えて『爆睡してた』って寝ぼけてて、その中でも特に錯乱してたのがあのキューレイ。凄い慌て振りでしたけど、そういえばあの子は地底都市への案内人でしたっけ? じゃああの青ざめた表情も納得ね」
「キューレイ様は気に病む必要はないのに……。元はと言えば私め達が無理矢理お願いをした立場なのですから」
「それでもエメルダちゃんとアメルダ様が意識不明で帰って来たとなれば、責任を感じるのも無理はないんじゃありませんか? キューレイは昔っから義理堅い性格だからこそ、誰よりも他人に迷惑を掛けるのを嫌がるのです。だからこそ、せめてもの御守りとして彼女が肩身離さず付けていた護符をエメルダちゃんに貸してあげた。結果、幸か不幸かその願掛けが功を成したから、そのことについてキューレイには感謝を伝えてあげて。彼女の罪悪感を少しでも和らげる為にも」
「それは勿論!」
「でもそれは後回しでいいです。だってエメルダちゃん、これからすぐにやらないといけないことがあるんでしょ?」
「えっ!?」
まるで心の内を見透かしたかのような発言につんのめってしまいます。
動揺で冷や汗を流すと、ヴァルキィー様は優しく語り掛けます。
「さっき病室の廊下でたまたま、エメルダちゃんともう一人の召使いの姿をした女性との会話を盗み聞きしてしまったんだよね。流石に聞き耳立てる訳にはいかなかったのでなんとなく聞いてたのですが、アメルダ様を助ける算段があるんですって?」
「はい、詳しい話はまだ判りませんが」
「じゃあもしやるべきことが定まったらどうします? 一人で頑張りますか?」
「先生の力を借りられぬ以上そうなりますね……」
「ならさ、せめて私もお節介掛けさせて下さい、キューレイがしたように」
「!?」
ヴァルキィー様の申し出に私めは首を横に大きく振ります。
「ダ、ダメです! そんな申し訳ない……ッ!」
「ですが、だからといって孤立した状態で無茶するのも違うと思いますよ? エメルダちゃんがお母さんの為に躍起になるのは止めません。それは至極真っ当なことでしょうから。けれども、その行いが必ず報われると言い切れます? 地底都市の件は色々な要素が重なって運良く生還に繋がったんでしょうけど、次もその幸運にあやかれるとは限らない。なら、少しでも物事が好転する様立ち回るべきだと思いますが?」
「で、ですが……」
「そう悲しい事言わないで欲しいな~」
えんえんと涙目になりながらも悲しそうな仕草をするヴァルキィー様。
少々不憫だったでしょうか?と思うのも束の間、
「――でもまぁ、エメルダちゃんの遠慮とか関係なく否応なしにそうせざるを得ないんですけどねぇー」
「?」
ヴァルキィー様は思わせ振りに空を見上げながらそう呟きます。
その口振りに何だか不思議な感覚を覚えましたが、今はそれよりも優先すべきことがあります。
「ともかく、これからどうするべきかについて情報を集めるのが先決……って、何でしょう、あの集まりは?」
どうやら街の掲示板の前に人だかりができているご様子。
何事?と思いつつそちらへ近付いてみると、
「<歌姫>ルフ、引退を表明?」
有名な歌手らしき少女が芸能活動を辞める報道が載せられた新聞が貼ってあり、それを見ていた周囲の人々が喪失感に駆られていたのでした。




