<大魔女>アメルダに隠された秘密
当話は<地神>イアの視点で話が進みます。
その点ご了承の上お楽しみください。
「癒しの力を持つとされる<風の大精霊>……ですか? イア様、それは本当なのですか?」
<無魔力の忌み子>エメルダはわたしが口にした言葉に目を丸くします。
「えぇ、その者の同郷である<姫>――基<土の大精霊>であるノムゥがそう言っていましたしね。流石にその力の本質までは定かではありませんが、頼る価値は十分にあるかと思われます」
『詳細は追々調べておいて下さいね』と言い残し、役目を終えたわたしはこの場を後にしようとしました。
そんなわたしのことをエメルダは呼び止めます。
「<地神>イア様……一点だけお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「わたしに答えられることならなんなりと。……何です?」
「それは先生の……<大魔女>アメルダ様の過去についてです。あの後、結局うやむやになってしまってどういった事情かは聞けず仕舞いでした。先生は……あの御方は本当にご自身の師匠を手に掛けたのですか……?」
「あぁ、そのことですか。それは……」
(本当のことです、と返答できれば如何に楽だったか)
確かにあの<大魔女>は取り返しのつかないこと、つまり彼女にとって一番大切だったであろう人物をこの世から消し去ったことについては確かに相違無い。そしてそんな罪人を法の審判者たるわたしが裁き、情状酌量の元に判決を下したのも間違いは無い。
(しかし、わたしはとんでもない勘違いをしていたことを思い知らされました。わたしは<大魔女>が起こした事件とその結果のみばかり意識していたばかりに、もう一つの肝心なことをスッカリ忘れていました)
そのことがどうして今の今まで頭から抜け落ちていたのだろう? 奇しくもその答えはあの謎の人物――自身を<空虚で何物でもない者>と名乗り、正気を失った<大魔女>を止めた<ヴォイド・ノーバディー>によってもたらされます。
故郷である地底都市全域を崩壊させながらも何とか<大魔女>の姿をしたバケモノを止めた後、<ヴォイド・ノーバディー>にその正体を尋ねるとこんな答えが返ってきたのです。
『だから説明はしないんじゃなくて無理なんだってば。どうやってこの世界の理から外れている部外者のことを語ればいいの? 現に<地神>も知らず知らずの内に記憶から抹消されている存在がいる筈よ。……よくわかんないって顔してるわね。じゃあ試しに思い出してみて、<大魔女>の――』
どこか呆れ気味の<ヴォイド・ノーバディー>の問い掛けにわたしは思わずハッとしてしまいました。あろうことかわたしは、<大魔女>の師の顔は愚か、名前すら記憶に無かったのです。
その真実に気付き唖然としたわたしに<ヴォイド・ノーバディー>は話を続けました。
『つまりそういうことよ。<大魔女>が師を殺めたこと、その事象は紛れもない事実。だけどもその裏ではとんでもない秘密が隠されていた。<大魔女>が自我を失い、あんな風に狂ったのはそれが原因だわ。だからこそ……』
(<大魔女>アメルダの過ちの真意を今一度精査しなければならない以上、正確なことは他人には伝えられない。その相手が例え最愛の娘であったとしても)
「イア様? どうなさりましたか、何か深く考え込んだりして?」
いつまで経っても問いに答えず、一人黙考していたものですからエメルダが顔を覗かせます。
わたしはハッとした調子で我に返ります。
「え、あ、あぁ、気にしないで下さい。確か<大魔女>の過去についてですよね。……そのことについてはいずれ<大魔女>本人から聞くことを推奨します。色々とワケアリなようですから、他人のわたしから勝手には言えませんし」
うまい具合にその役目は当方に無いことを伝え、エメルダを納得させた。
しかし次にエメルダはこのように尋ねます。
「紛いなりにも先生は【アンダグラーダ】を壊滅させました。その行いの是非については問い詰めないのですか?」
「当然そうしたいのは山々ですが、今は<大魔女>を咎める気にはなれません。そもそも”魔力欠病症”で意識が無い者を一方的に悪者扱い出来ませんし、それに<大魔女>が【アンダグラーダ】を滅茶苦茶にしたのを公表するのは控えた方がよろしいかと。実はエメルダが思う以上に<大魔女>の存在は世界に大きな影響を与えるのです。もしそんな彼女が暴走したなんて話が広まれば、あなた自身の立場も危ぶまれるでしょう」
「それはもしかして私めの為だったりするのですか?」
「えぇ、そういうことです。ですが勘違いしないで下さい。わたしは決してアメルダのことを無罪放免にするつもりは毛頭ありません。あなたを傷付けたことも含めて必ずや報いは受けて貰います。それがわたしが行える最大限の譲歩です」
今度こそ話は終わりと言わんばかりに病室から出たわたしにエメルダは、
「ありがとうございます!」
だなんて素っ頓狂な感謝を述べました。
「…………」
わたしは変ですねと思いつつ、何の仕草もせぬまま無視をし、そのまま病院の廊下を歩き始めると、
「なんでそんな酷い事をするのです? エメルダちゃんの律義さをちゃんと受け止められないなんてなんと罰当たりな!」
とピシャリと一人の若い女――桜色の長髪をたなびかせ、何とも小綺麗な装いをしている者に制止させられました。
その人物の登場にわたしは嘆息を漏らします。
「……やれやれ、せっかくあなたに会わない為にさっさと立ち去ろうとしたというのに、わざわざ呼び止めないでくれませんか?」
「何ですか、その言い草は! キューレイにしたことを忘れたとは言わせませんよ?」
「別に痛い目に遭わせた訳でも、そのまま放置した訳でもなかったのですから、そうカリカリしないで下さい」
「それはどうだか! 貴女はニンゲンのことが大嫌いなのでしょう? にも関わらず、人里の【コミティア】に滞在し続けた。それには何か裏があるのでは?」
「ありませんよ、そんな意図は。わたしはただ、エメルダが起きるのを待つ必要があっただけです。その目的が果たせた以上、わたしが憎きニンゲン共と同じ空気を吸う必要は無くなった。だからさっさと退散しようと思ったのに、どこかの誰かさんがそれを邪魔した。この場合、どちらが悪いのですかね?」
「ぐぬっ!」
そんな言い分に言い包められた若い女はわたしに道を開けます。そのすれ違いざま、わたしは彼女に一点質問をします。
「キューレイにも同じことを聞きましたが、一応あなたにも問いましょう。勇者の一行の一人であるあなたは知っていますか? <勇者>の行方について」
「知りません……というよりも、もし仮に知っていたとしても貴女にだけは絶対に教えたりなんかしません」
「そうですか……。それならそれで構いません。正直、<勇者>の所在については今はどうてもよくなりましたから。それよりももっと重要なことがありますしね」
「? それはどういう……?」
「こちらの話です。ではそんなところで失礼しま――いや、もう一つあなたにお願いしたいことが。どうかあのエメルダに、あなたの羽を貸してあげて下さい。彼女を【天空城】へと飛ばす為に」
「へっ! 【天空城】!? どうしてエメルダちゃんがあの劇場へ!?」
この場で詳細を話す気は無かったので、半ば強引に後のことを彼女に押し付けます。
「頼みましたよ、是非ニンゲンに施しを与える使命を全うして下さい。あのキューレイと同じ<天使>としてね」
そう言ってわたしは、かの女性――ヴァルキィーに手を振ったのでした。




