ぬくもりに満ちた抱擁
「うぅー……」
<大魔女>ことアメルダ様に初めてのお洋服を頂いたとは言え、その着衣から来る違和感にどうにも慣れることが叶わず、私めは平常心を保てずにいました。
それに今の私めはおかしな格好ではないでしょうか? そう考えてしまうと道行く人々の視線が気になって仕方ありません。
「…………」
何だか震えが止まらなくなる私めをアメルダ様が宥めて下さいます。
「そうビクビクする必要は皆無じゃ。数時間前の切れ布をまとった状態じゃったら誰からも不審がられるが、今の其方なら誰からも変には思われぬ。じゃから胸を張って歩かなければ逆に怪しまれるでの?」
「!」
そう申されてしまわれては背筋を正さなければなりません。
こういう姿勢は時に強制されておりました。なので私め的には立派に出来ていると思いますがどうでしょう?
「うむ、良いではないか。その調子なら誰も其方が<無魔力の忌み>だと気付くことはあるまい。じゃが問題は……」
ふと都合が悪そうに顔を伏せるアメルダ様は道行く人から呼び止められます。――それも何人もの方から。
『おぉ! アメルダ先生じゃねぇの! この前貰った調合薬のお陰で親父のぎっくり腰がスッカリ治っちまったよ、あんがとな! ……ん? そこにいる女の子は誰だい? まさか先生! とうとう子供を授かったのかよ!? そりゃめでてぇな、おい!』
『アメルダ様、以前頂いたポーション凄い効き目で、最近では魔力不調も収まってきました。感謝申し上げます。……おや? その可愛らしい少女はどなたですか? あっ! もしかしてアメルダ様のお子様でいらっしゃいますか! おめでとうございます!』
『せんせ~、聞いて聞いて~。前回教えてくれたコツを実践したら苦手な”魔術”出来る様になったんだ~、褒めて褒めて~。……あれ~? そこに知らない子いるぞ~。これはもしや、せんせ~もやっとお母さんになったってこと~? 良かったね~』
「……と、こんな具合に『子供を拵えたのか?』なんてありもしない誤解を生んでしまうのが面倒で仕方ないわい。いずれは其方のことを説明する気ではあるが、今は夕餉の方が先決じゃ」
アメルダ様は私めを抱きかかえ、早足で街中を闊歩します。
そして適当な場所の食堂の中へと入ります。そこにいたお客様はまばらでございました。
「もう閉店一時間前じゃからガラガラじゃ。じゃが他からの視線が無い分、其方にとってはそっちの方が落ち着くじゃろ? 其方は食べ物の何が好きで何が嫌いか……と聞いても答えるのは難しいか。今までロクな食事も与えられなかっただろうからの。そういうことならお子様向けの料理で構わぬか?」
そこに関しては否定する理由は御座いませんので首肯を返します。服だけに留まらず食事も頂けるなんて私めはなんと恵まれているのでしょう。
「お子様プレート、オレンジジュースとレモンティーを頼むでの」
アメルダ様はこなれた感じで食事を注文すると、他にお客様がいらっしゃらないからかすぐに品が提供されます。
ホカホカの湯気を出すご飯が載せられたトレーを運びテーブル席に腰掛けます。
「少しだけ手間取ったがやっと夕飯にありつけるの。遠慮せず存分に食べるが良い」
「…………」
そういえば食事をする前に言うべき言葉があったと記憶しております。それは確か――
「ぃた……だき……ます……?」
正しいかどうかは定かではありませんが、私めは数少ない知っている言葉を発します。
「うむ、いただきますじゃ」
どうやら私めの台詞の選択は間違っていなかった様です。
アメルダ様は頼んだ飲み物らしきモノを口に運びます。
対し、私めの前にはオレンジ色をした飲料がございました。
一体それはどんな味がするのでしょうか? 私めは恐る恐る喉へと通してみます。
「!?」
私めは初めて感じたその味に驚愕しました! こんな味のする水を飲んだのは人生初の経験で御座います。もしかするとこれが、噂に聞く『甘い』という味覚なのでしょうか?
「ぅっ! うっ!」
少々はしたないですが、息付く間もなく私めは一心不乱にオレンジジュースとやらを口内へ流し込みます。どうやら私めは口の中が何だかホワホワと釣り上がるこの感覚にすっかり魅了されてしまった様です。
そしていつの間にかコップ一杯分全てを飲み干してしまいました。
「お~お~、まさかオレンジジュースだけでそこまで喜びおるとは。そんな顔をしてくれたのであれば連れてきた甲斐があったわい。当然お代わりは構わぬが、ジュースだけで腹を膨らませるのは勿体ないでの。ほれ、今度はプレートの方を食して見るが良い。……オムライスにエビフライ、それにハンバーグ、どれも子供に大人気の品じゃ。きっと其方の口に合うじゃろう」
「?」
アメルダ様はつらつらと食べ物の名前を告げましたが、正直どれがどれなのかは分かりません。
黄色いお布団の様な物が被せられた赤色のご飯がエビフライ。細長く先っぽに尻尾みたいな物がくっ付いているのがハンバーグ。茶色い楕円形をしたボールみたいなのがオムライスでしょうか?
私めは試しにオムライス(?)に手を伸ばします。
「おっと、フォークを使うのじゃ。もしや今まで食事は手しか使えんかったのかえ? なら初めてでは上手く扱えんじゃろうから、妾が掬ってやろう」
アメルダ様はオムライス(?)を一口サイズにカットして私めの口まで持って来て下さいます。私めはそれをパクリと頬張ります。
「ん~……ッ!」
オムライス(?)を口に入れた瞬間、熱さが込められた汁が口内で弾けます。その結果、口の中が充実感で満たされます。
(この衝撃的な味はなんと表現すれば良いのでしょう? オムライス(?)単体もさることながら、そこから溢れ出た汁の方に旨味が凝縮している様にも感じられます。しかし、汁だけを食してもここまで美味ではないでしょう。そこにモチモチ触感であるオムライス(?)が折り重なるからこそ、より一層味に深みが出るのやもしれません)
たった一口のオムライス(?)すらこの美味しさ。エビフライとハンバーグに対する期待が自然と高まるのは無理もない事でしょう。
いつの間にか私めはアメルダ様に羨望の眼差しを向けておりました。
「はは、そう急かすでない。旨いのは百も承知なのじゃからゆっくり良く噛んで食べるのじゃぞ?」
アメルダ様は続け様にエビフライ(?)とハンバーグ(?)を食べさせてくれます。
「!!!!!」
フワフワトロトロ食感のエビフライ(?)。サクサクカリカリ食感のハンバーグ(?)。そのどちらもまた違った意味で美味な物でございました。
先程のオレンジジュースと同様、どうにも食べる手を止められません。ですが不思議なことに……
「うっ! うぅ~……ッ!」
どんどん味がしょっぱくなってきたのです。その原因はどうやら私めにあった様です。
「ふっ……! んぅ~……!」
産まれては初めてまともな食事に有り付けた私めはその温かさにいつの間にか大量の涙を流しておりました。
アメルダ様はそんな私めの隣に移動し、ギュッと抱擁して下さいます。
「其方の気持ちは十分に分かっておるが、そう泣くでない。其方は十分に強い子じゃ、良く今日まで耐え忍んだの。安心せい、もう其方のことを蔑ろにする者は現れぬ。今は少しずつ幸せを謳歌するが良い」
「ぃ……はぃ……!」
私めはこの時初めて他人様から生きることを肯定された様な気がし、それがとても喜ばしく感じられ、とめどなく滴る涙を止めることが出来ないのでした。




