<無魔力の忌み子>と『 』.④
「――――」
ここはどこかも見当も付かない暗闇の中。
その中で私めはうっすらとした意識の中で手を伸ばし、指先に仄かに残る温もりに思いを馳せておりました。
私めはその手を最後に掴んだ人物の名を静かに呟きます。
「……貴女もここにいらっしゃるのでしょう? <ヴォイド・ノーバディー>さん?」
その問いに反応するかのように、暗がりの中から顔を仮面で覆った人物が現れます。
「ありゃりゃ、とうとう<無魔力の忌み子>の方から呼ばれることになろうとはね」
こう言ってどこか残念そうに女性――本人曰わく『空虚で何者でも無い者』こと<ヴォイド・ノーバディー>さんは肩を竦めます。
「どうしてわかったの? ここが私の空間だってことが?」
「確証はありません。ただ、貴女は決まって私めが寝てるか気絶した時に接触を図ってきたのですから今回もそうだろうと予測したまでです。そんなことよりも一つ確認させて下さい。……先生――<大魔女>アメルダ様はご無事ですか?」
私めの問いに<ヴォイド・ノーバディー>さんは失笑を漏らします。
「呆れた……。どこまでいっても自分のことより<大魔女>のことが優先なのね? まぁ<無魔力の忌み子>らしいっちゃらしいけど、今回ばかりは自身のことを顧みることね。何せ下手をすれば死んでたんだからさ」
どこか咎める風の<ヴォイド・ノーバディー>さんですが、溜め息を吐き出しつつ後頭部を掻き毟ります。
「いや、よく考えれば<無魔力の忌み子>が無茶をしたのは私のせいでもあるか。『どんなことが起きても……どんな姿を晒されても、<大魔女>のことを信じ抜き、味方で居続けなさい』って変な重圧を掛けさえしなければこうならずに済んだかもね」
どうやら私めの行動は<ヴォイド・ノーバディー>さんの言葉に触発されたものだと誤解されていたようです。私めは即座にそれを否定します。
「そんなことは御座いません。貴女が何を言おうが、あの場での私めの行動は変わらなかったでしょう」
それを聞いた<ヴォイド・ノーバディー>さんは顔全てを隠す仮面の奥で分かり易くクスクスと笑いました。
「つくづく健気ねぇ、本当に。……でも一点だけ忘れないで頂戴。<無魔力の忌み子>が辛うじて生存しているのは、単に色々と巡り合わせが噛み合ったからということを。もしも【コミティア】の街娘が<無魔力の忌み子>に護符を託さなかったら。もしも相手が正気で無かったなら。もしも<無魔力の忌み子>が最後まで<大魔女>を信じ抜かなかったら。こうして<無魔力の忌み子>は生き永らえていなかったでしょうね」
「いいえ、<ヴォイド・ノーバディー>さんが助けてくださったのも理由に含められます」
今の状況がどうなっているかは定かではありませんが、<ヴォイド・ノーバディー>さんは確かに私めの代わりに先生をどうにかしたのは確かです。でなければこんな悠長に話すのも不可能でしょうから。
しかし、表情は読み取れずとも<ヴォイド・ノーバディー>さんはどこか焦燥感を募らせたのです。
「そんなことはないわよ。確かに私の介入であの場は収まったわ。けれども、それは決して失敗が皆無だった訳ではない。……大きく三つ、取り返しのつかない代償を払うこととなったの」
<ヴォイド・ノーバディー>さんは徐に私めの腹部を指差します。
「まず一つ目。<無魔力の忌み子>に消えない傷を遺してしまったことよ」
よくよく確認してみるとその言葉通り腹を斜めに裂いたような跡がありました。
「それはあの<大魔女>もどきが<無魔力の忌み子>に刻んだ悪意そのもの。当然出血がもの凄かったから私がその傷を塞いだけれども、その傷自体は消すことは出来なかった。せっかく奴隷時代の傷が薄くなったというのに、また忌々しい傷を与えてしまって本当にゴメンナサイ……」
普段はどこか本心や本性を隠しており、どこか飄々としてらっしゃる<ヴォイド・ノーバディー>さんが真剣に頭を下げます。
またしても自身に非があると言わんばかりの言動に首を横に大きく振ります。
「この傷は私めが勝手に出しゃばったからなのであって、<ヴォイド・ノーバディー>さんのせいではありません! だからどうか顔を上げて下さい」
「いや、ダメよ。それだけでなく<大魔女>も理想の形で救えなかった。それが私が失敗した二つ目の要素よ」
『流石に死んだり危篤状態ではない』と前置きしつつも<ヴォイド・ノーバディー>さんは頭を抱えます。
「……正直、見込みが甘かった。本来ならあぁはならなかった筈だったのに何の因果か、小さなズレが大きな歪となって世界に悪影響をもたらした。これについては完全に予想外。きっとその原因は私にあるのでしょうね……。それが私が犯した三つ目の業よ」
「…………」
<ヴォイド・ノーバディー>さんがさっきから何を言っているのか、その一割すら理解出来ずにいました。
そんな私めの疑問を他所に、<ヴォイド・ノーバディー>さんは話を続けます。
「――ともかく、どうやらこの世界は私が思っている以上に歪んでしまっている。もう私一人の力じゃどうしようもないくらいにね。だからさ、ここから先はより一層気合を入れて頑張ってくれるかしら?」
「言われるまでもありませんよ。そもそも私めにはそれ以外の選択肢が無いのですから」
「ふふ、そうよね。それでこそ<無魔力の忌み子>だわ」
軽く笑った<ヴォイド・ノーバディー>さんはまるでこの場を立ち去るようにこちらに背を向けます。
私めはそんな彼女を呼び止めます。
「あ、あの! 一言お伝えしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
顔だけ曲げる<ヴォイド・ノーバディー>に思いの丈をぶつけます。
「<ヴォイド・ノーバディー>さん、きっと貴女にしかわからない事情があったり、貴女にしか感じ取れない失敗があるのかもしれませんが、それでも絶対に諦めないで下さい! 現に<ヴォイド・ノーバディー>さんの助力のお陰で私めも先生も無事なのです! その功績は大いに誇って頂いても構わないですからね! 私めがそれを保証いたしますよ!」
トンと胸を叩きつつ発せられたその励ましを、
「何その年齢で臭~い台詞を吐いてるんだか。聞いてるこっちが恥ずかしい」
<ヴォイド・ノーバディー>はいとも簡単にあしらいます。
「酷いッ!? これは私めなりの本音だというのに……」
思わずしゅんと項垂れる私めを<ヴォイド・ノーバディー>さんは宥めます。
「嘘よ、そう落ち込まないで。別に平気よ。起きてしまったことはもう取り返しが付かないけれども、だからといって悲観するつもりはサラサラない。だって私も私で、<無魔力の忌み子>に負けず劣らずの諦めの悪さを持っていると自負してるしさ」
そう告げる<ヴォイド・ノーバディー>さんの身体が徐々に消え始めます。その間際、彼女はこう言い残します。
「ありがとう、エメルダ。こうしてその名を呼べることをとても嬉しく思うわ」
「ッ!? どういうことですか、それは!?」
「今はまだ知らなくてもいい。いずれ分かる時が来るのだから。けれども、下手をすればその未来に繋がらないことだって十分に有り得る。そうならない為にもまずは自分のすべきことをなさい。この私と――」
何かを言い掛けた<ヴォイド・ノーバディー>さんの姿が完全に消失すると同時に、突然視界が光に包まれ、
「――――!?」
私めは良く見知った自宅の天井を見上げていたのでした。




