歪む世界
かの<大魔女>アメルダ様が、自分の師匠を手に掛けた。
そんな突拍子もない話を全く見ず知らずの女性からされた者ですから、思わず身も心も固まってしまいました。
「そんな……そんな、あの人に限って有り得ません……。そもそも貴女は誰なのです?」
その問い掛けに女性は、私めと同じ様な家事使用人服の裾を指で摘まみそのまま少し持ち上げ、片方の足を引き膝を軽く曲げる仕草――所謂カーテシーの挨拶と共に自己紹介をします。
「申し遅れました。わたしの名はアイ。今<大魔女>と対峙している<姫>のお世話係をしております……なんていう建前ではなく真実をお伝えした方がよろしいですか?」
アイと名乗る女性は意地悪そうにクスリと笑い、その真の姿を露にします。
「わたしは<地神>イア。あの<海神>ポセインの同僚といえば話が通じますか?」
「! では貴女は<神>の一人だと? もしかしてアメルダ先生の知り合いというのは……?」
「おや? あの<大魔女>がそんなことを漏らしたのですか? 知り合いというのがどの範囲までを指すかは定かではありませんが、互いに面識や因縁があるという意味でのそれならそうかもしれませんね」
どこか懐かし気に先生との関係性を語る<地神>イア様に恐れ多くも疑問を投げかけます。
「あの、ではその過去において貴女と先生との間にどんなことがあったのです? 実は先生がイア様のことを仄めかした時、顔色が芳しくなかったのです……」
「当然でしょう。彼女にとってその過去は汚点なのですからね」
「なっ!? それはどういう……?」
「そのことについてわたしが語る義理は全くありません。それはわたしの仕事ではないです」
「……ッ!」
物理的にも精神的にも凍らせる様な冷徹な返しに思わず身震いしてしまいました。
ポセイン様とはまた違った意味の凄みに押し潰されそうになり、足が震えて立っているのもやっとな状況に陥ります。
呼吸もままならず荒い息をしてしまっている私めを見つめたイア様は落胆気味に溜息を漏らします。
「全く……何故ポセインもキューレイもこんな人畜無害な子に無駄な期待を寄せるのです? そんなの彼女にとってはただの重圧でしかないというのに」
「ど、どうして、キューレイ様が!?」
ポセイン様はともかくとして、意外にもキューレイ様の名が挙がりましたから、慌てた様に顔を上げるとイア様はこう仰ります。
「残念ながらキューレイも今は夢の中ですよ。それにしても彼女も馬鹿ですよね。最初からあなたに無謀な賭けなんかをせず、一緒に眠てしまえば全部穏便に済んだというのに。もしかすると、こうしてあなた方二人が危険に晒されたのはキューレイの身勝手さのせいかもしれません」
まるで全ての責任はキューレイ様にあると言わんばかりの暴論を振りかざす<地神>イア。
「そんな言い方ないじゃありませんか! 勝手にあの御方を悪者扱いしないで下さい!」
「そうですか。しかし、キューレイに責任転嫁をして欲しくないというのであれば今度はあなたのせいにしなければなりませんよ? 根本を辿れば<大魔女>と<無魔力の忌み子>がここ【アンダグラーダ】に降り立ったのはあなたの使命に関わるからだったではありませんか?」
「ッ!?」
<地神>イアは全部お見通しだと言わんばかりに、私め達の 目的を言い当てられてしまいました。
さらに、本来なら<陽光の剣士>サンディ様や<大賢者>様しか知り得ぬ秘匿事項も口にします。
「つい二年前の【コミティア】隕石落下事件によって生じた金貨百万枚相当の借金の当てとして<四大精霊>との契約を命じられ、<水の大精霊>ディーネとの”主従契約関係”をあろうことか結べてしまったせいで調子に乗りましたね。見てわかるように、あなたの本願はその半分も達せぬまま終わりを告げるのです」
「勝手なことを言わないで下さい! 私めはまだ――」
諦めるつもりはない。
そう当たり前なことを言おうとしましたが、
「――口を慎め、卑しき<悪魔の子>めが……。か弱きニンゲン共よりもさらに無能な小虫風情に何が出来るというのだ……?」
「……ッ」
先程よりもより強烈な敵意……否、殺意を以て押し潰そうとする<地神>イアの殺気に当てられ、今度は膝を付いてしまいます。
そんな風に無理矢理垂れさせられた私めの頭を<地神>イアは乱暴に踏みつけます。
「ぐぁあ!」
「本当に貴様らニンゲンは愚かで阿呆で救いようがない。出来ないことを声高々に出来ると吠え、挙句の果てに他人や世界に多大な迷惑を掛けた後でその後始末だけを丸投げ。どうせあなたも失敗すればそうするつもりなのでしょう?」
「あ゛あぁぁ゛~!」
返答を求める問い掛けをしておきながらもそもそも聞くつもりは無いと言わんばかりに、さらに足に込める<地神>イア。それでも<神>の怒りは収まることを知らず、今度は別の対象に文句を言い始めます。
「そもそもな話、こうやって<無魔力の忌み子>がでしゃばる原因を作ったのは他でもない<大魔女>だ。彼女があなたを保護するなんて無意味なことをしなければ、こうやってわたしが困ることもなかったし、あなた自身も到底不可能な役目を課されることもなかったでしょうね!」
「!」
その暴言に耐えかねた私めは踏まれ続けながらも、<地神>イアのことを睨み付けます。
すると<地神>イアは足を一度どかしました。
「……何か言いたげな表情ですね? 言いたいことがあるのならどうぞ」
ずっと踏まれ続け血と土の味がする口を大きく開きます。
「……私めのことはどうだっていいです。……しかし、アメルダ先生のことを侮辱することだけは絶対に許しません! ……こうして今、生きることに希望を見いだせているのは先生のお陰なのです。他人である貴女にとやかく言われる謂れはありません……ッ!」
「呑気なモノですね。彼女が大罪人であることを知りながらもまだ側にいるとほざくのですか?」
「そんなもの些細な問題です。どんな過去があろうともアメルダ様はアメルダ様であり、私めはそんな偉大でお優しい御方の弟子なのです」
例えどんな事が起ころうとも決して変わらぬ強い想いを<地神>イアに示すと、彼女は肩を竦めつつ首を横に振ります。
「とことん相容れない。それだけがよぉくわかりましたよ。これ以上の問答は永遠に平行線。それでも口論を続けますか?」
「不要です。貴女がどれだけ言おうと私めの意思は折れません」
「そうでしょうね。――だからこそ残念です。<姫>の力に屈しない強い反骨心を持つ以上、この方法しかあなたを救済できないのですから」
こう呟いた瞬間、<地神>イアの姿が見る見るうちに肥大化し、俗に”巨人”と呼ばれる空想上の存在を思わせる巨体で私めを見降ろしました。どうやらこれが<地神>イアの真なる正体のようです。
「さようなら、<悪魔の子>エメルダよ。せめて<神>によって滅ぼされることを誉に思いながら眠りなさい――」
その言葉と共にどこにも逃げ場のない巨大な掌が押し寄せます。
(どうせどう足掻いたって防ぐことは無理でしょう。それならば……)
私めは一歩下がるどころか、逆に一歩踏み出し毅然とした心持ちで立ち向かいます。
そしてその手がこちらに届こうとした瞬間、いきなり頭痛に似た激痛が走ります。
「~~~~!?」
突如として視界全体……否、世界全体が歪み、捻れ、そして引き裂かれる謎の現象を目の当たりにし、それと同時に私めの視界はブツリと断裂されたのでした。




