<土の大精霊>からの提案
今話より一人称がエメルダに戻ります。よろしくお願いいたします。
『どうか妾が眠るのを阻止してくれ』
そう先生から頼まれたというのに、どうしていいかわからず思わずあたふたとしてしまいます。
「先生、一体何があったというのです……? そもそもあの少女は誰なのです!?」
「お主が追い求めておる<土の大精霊>ノムゥじゃ。訳あって接敵する流れになったから、ついでにエメルダの元まで連れて来たわい」
「えっ、あの方が!? では先生をそんな風にしたのは彼女が原因だと?」
「それだけではない。あ奴が全ての……【コミティア】を襲った元凶じゃ」
「そんな!?」
先生の口からつらつらと告げられる真実に開いた口が塞げないでいると、ノムゥはどこか不思議そうに疑問の声を上げます。
「おかしいなぁ、確かに僕の<神器>の一撃を確かに受けたよねぇ? なのにどうしてまだ意識を保っていられるんだぃ?」
「……そりゃ、寝る気がないからに決まっておろう? それ以外に理由があるか」
「寝る気が無い? そんな人初めてだよぉ。ねぇ、そこの<無魔力の忌み子>。その人はいつもこんな感じなのぉ?」
どうやらノムゥは私めの正体をもう既に知っているご様子。そのことに多少の恐怖を感じつつも、その質問に応じることにしました。
「いつもこんな感じです。そもそも私めが知る限り、先生が眠気に襲われる所は今まで一度もありません」
「嘘ぉ!? じゃあまさかこの<大魔女>は一睡もしてないってことぉ!? そんな人この世に存在するんだぁ!」
先生が不眠であることを知ったノムゥ様は心の底から信じられないと言わんばかりに声を張り上げます。
「じゃあボクの<神器>の効き目が悪かったのも納得だぁ」
「<神器>?」
「これがそうだよぉ」
そう仰りつつ手に持った小槌をこちらへ突き出すノムゥ様。
「これを一振りすればたちまち誰しもが眠りに落ちる優れ物でさぁ。眠るのが大好きなボクにはうってつけの<神器>だねぇ」
「……そういった情報を簡単にバラしてしまって良いのですか?」
「逆に知った所でどうしようもないんじゃないぃ? いくら構えて用心したって誰も眠気には逆らえないんだからさぁ。現にそこの<大魔女>だって今にもお眠じゃん?」
「ぐぬぅ!?」
終始眠たげで無気力感ながらも、的確に先生の現状を引き合いに出し自身の力の誇示をする辺り、相当の自信家であることが窺い知れます。
(やはりこの方もディーネと同じ唯一無二の<四大精霊>としての格を持ち合わせているというなのでしょう)
私めはこれからその者と真摯に向き合わなければならない。それも一戦交えるのも見越した上で。
「……ッ!」
そう覚悟を決め固唾を飲んだその時です。
ノムゥ様――いえ、ノムゥは『本当に意味がわからない』と言わんばかりに首を曲げたのです。
「変なのぉ。そうやって対抗心を見せたのは君達が初めてだよぉ。どうして”幸せな夢”を見ることを拒むんだいぃ?」
「そんなの胡散臭いからに決まっておる」
「胡散臭いなんて酷い言い方だなぁ。ボク知ってるよぉ、ニンゲンにとってこの世界はとても生きずらいもの。だからこそ、せめて夢の中でだけは安らぎを得たいという願望を持ってることをねぇ」
「勝手に決めつけないで下さい! 全員が全員そうではありません!」
「そぉ? それはただ面倒な現実から一刻も早く救われたいという欲望をさらけ出してないだけでしょ? 現に君や<大魔女>もそうなんじゃないぃ? 一目見ればわかるよぉ。君達は正真正銘眠れぬ子羊側のニンゲンだ」
そんな予測を踏まえた上で、ノムゥはこんな進言をします。
「君達二人を真に解放できるのはこのボクしかいない。だからさぁ、早く快楽の世界に身を投じたら――」
「――お断りです……ッ!」
「ん? なんか言った、<無魔力の忌み子>?」
「断固拒否、と申し上げたのです。<土の大精霊>ノムゥ、あなたの考えは大いに間違っております!」
こう声を張り上げ、私めの意思をしっかりと表明します。
「幸せというものは決して誰かによって強制させられるものではない! 自分の心に正直に従い掴み取ってこそ意味があるのです! それに幸せなら夢の中ではなく、先生のいらっしゃる現実で十分に手に入ります! その邪魔立ては絶対に許しはしません!」
こうして強く反発しますと、
「……何それ? おかしいを通り越して気持ち悪いよ……」
その刹那、終始のほほんと構えていたノムゥは自分の栗毛色の髪を苛立ちと共にかきむしると、手に持った<神器>を宙に放り投げます。
「こう見えてボクはさぁ、夜更かしする悪い子が一番大嫌いなんだよねぇ。そういう子にはちょっとしたお仕置きが必要みたいだなぁ……ッ!」
その後、私め達は信じられない光景を目にします。
「小槌が見る見るうちに――!?」
ノムゥが空に投げた<神器>は徐々に大きさを増していき、最終的に小さな家くらいなら簡単に押し潰せるであろう巨大さを誇ることとなりました。
姿勢を若干崩しながらも、それを軽々しく肩に担いだノムゥを前にし絶望感を覚えます。
「なんですか、アレは……。まるで巨人と呼ばれる空想上の力持ちが振るうようなものですよ?」
「いや、その認識は言い得て妙じゃ。元々あの<神器>はその巨人の所有物なのじゃからな」
「えっ?」
私めが驚きの顔を見せるのも束の間、先生は杖を構えます。
「先生! まさかアレを迎撃するおつもりですか!? 流石に無茶ですよ!」
「例え無茶でも立ち向かわなければならぬじゃぞ? 何、心配要らぬわ。あんなの【コミティア】を襲った隕石に比べたら矮小じゃわい!」
「いえ! そういった話をしているのではないのです! 私めが言いたいのは例え<大魔女>アメルダ様であっても、今のフラフラな状態じゃ――」
その制止に対し先生は、ただ私めの頭を撫で返します。
「そう不安そうな顔をするでないわ。先の言葉、よぉく妾の心に届いたぞ。それでこそ、妾自慢の弟子じゃ。つくづくこんな妾には似つかわない素晴らしい可能性の持ち主での。じゃからこそ、お主だけはこの場から逃がしてやらねばな」
そうニコッと笑う先生に決死の抗議をします。
「嫌です……例えどんな事情があろうと、先生だけが傷付き、苦しむのだけはどうしても見ていられません!」
「エメルダ、妾のことはどうだっていい。妾にとっての一番はエメルダが幸せなことじゃ。それを実現出来るのなら、この身はいくらだって犠牲に――」
「――なることこそ私めの幸せになりませんよ! どうしていつも私めの気持ちを無視して暴走するのです!? 先生は全然弟子のことをわかっていないッ!」
私めの訴えを受けた先生はどこか寂しそうに遠くを見つめます。
「それでもそうさせてくれ。お主を護ることが妾に課せられた――師匠から託された遺言なんじゃからな」
「それって……?」
意味深な言葉を告げるのと同時に、先生は私めを【シールス】の時と同じ様にどこか遠くへ飛ばします。
「――――」
息つく間もなく、その後視界の奥の方で激しい衝突音と土煙が立ち込め、私めは失意のうちにその場にへたり込んでしまいます。
「なんで先生ばかり酷い目に遭わなければならないのです! あの御方が何をしたというのです!?」
別に誰に聞かせるでもない文句ではありましたが、
「いいえ、彼女は裁かれて当然の身です」
「は?」
いつの間にかすぐ側に家事手伝いの様相をなさる細身の女性がいらっしゃり、淡々とした口調でこんなことを呟きます。
「何せかの者は、自分にとって唯一無二の師匠を手に掛けた大罪人なのですからね」




