<大魔女>アメルダと<地神>イア
今話も前話に引き続き、アメルダ視点となります。
その点、よろしくお願いいたします。
<地神>イア。
かの者は名実共に<海神>ポセインと比肩される<神>の一柱であった。
乾き切った大地を一瞬にして大海原に変えたポセインと同じく、イアもイアでそれなりの逸話を残しておる。
イアは<地神>と呼ばれていることからわかるように大地を司る<神>である。彼女の一踏みは大地を揺らし、その余波によって巨大な山をも形成したとされている。
詰まる所、今こうして妾達が立っておるこの大地のほとんどは<地神>イアが作り上げたといっても過言ではない。
それだけでなく、彼女が構築した大地には厳密な計算が組み込まれていた。
例を挙げるとするならば、人が住みそうな場所にはあらかじめ起伏が少ないよう配慮し、土の性質も食物が育ちやすい栄養素たっぷりの土壌にしていたり、逆に川や海が近い場所については洪水が起きにくい構造にしていた……といった具合に、イアは人の営みというのによく寄り添っていた印象を持たれており、ポセインと同じく今でも多くの人々に崇められている。
(じゃが、そのような者達はイアのもう一つの顔を知らないでいる)
イアは大地を創り上げる<神>としてではなく、法を司る<神>でもあり、この世界に絶対的な法律を定めた人物でもあった。
(何とも皮肉な話じゃわい。人々の生活を豊かにする反面、法の名の元に人間を裁いておるんじゃからな)
とは言え、その法はあくまで平等かつ公平である。
正しい者には無罪を。間違った者には有罪を。そんな至極正当な判決を世に生み出したのがイアの二つ目の功績であった。
(正直一つ目は実感はわかぬが、二つ目については大いに影響を受けたでの)
先も述べた通り、イアの鉄槌は振り降ろされる者に対してはほぼ確実に振り下ろされる裁きである。つまりそれ相応のことをしでかせば、神罰が下ると言うことじゃ。
……ここまで言えばわかるじゃろう? 妾は過去――まだ<大魔女>と呼ばれる前にとある大罪を犯した経歴がある。それも世界の根本をも揺るがす程の大事件をの。
そういったこともあり、妾のその罪の是非を直接的に判決したのは他でもない<地神>イア本人であり、そして妾の過酷な過去を知る数少ない人物の一人だったのじゃ。
●
『場所を変えましょう』。
そういった言葉と共に、すんなりと妾を地底都市の中枢たる【アンダグラーダ】へと招き入れた女性――<地神>イアはこちらを向かぬまま言葉を発する。
「本当に久方振りですね、アメルダ。元気にしておりましたか?」
「それを其方が聞くのはとても滑稽じゃよ、イア。妾の首が今でもこうして繋がっておるのは其方の計らいによるものであったろう?」
この言葉通り、イアは妾が起こした問題を判決し無罪を言い渡した人物であり、言わば命の恩人と言えた。
……とは言え別に感謝の気持ちがあるわけではない。その理由は、決して彼女がそうしたいようにした訳ではないことを知っておるからじゃ。
その予測通り、イアは終始平素な顔をしておった。
「計らい? とんでもない。あの場においてわたしは正しい選択をしたに過ぎません。全ては法に則った上での判決であることを常々お忘れ無きよう」
「ならこの地底都市の異様さは其方にとって正しい選択だということかえ?」
「そうなりますね」
全く悪びれる様子の無いイアの率直さが逆に不気味に感じられる。恐らく、イアはこの事態を確実に把握した上で野放しにしているのじゃろう。
「……ここまでなると逆に清々しいのぉ、其方の人類嫌いは」
妾の一言に真横のイアの眉は僅かに揺れ動く。
その理由は謂れのないことを勝手にほざかれたことに対する怒りが込められていた。
「勘違いしないで下さい。嫌い――ではなく見放しているだけです」
「それは嫌いのさらに上を行っておるのじゃが?」
「いいではありませんか。他人の思想に口出しないで下さい」
「そうも言ってやれぬ! 実際にこちらは実害を受けておるのじゃからな」
「実害? ……あぁ、【コミティア】のことですか? 別に何か問題でも? 皆、”シアワセナユメ”に満足しているではありませんか?」
「ッ!」
イアのあっけからんとしたその発言は証明をした。【コミティア】で起きている異変の原因は全てイアが裏で手を引いていたからに他ならぬことを。
「イア……貴様……ッ! <神>の身分であることをいいことにいけしゃあしゃあとふざけたことをほざきおってからに! そこまで落ちぶれたか!? 形はどうあれ其方がやったのは街一個を壊滅させるのと同義じゃぞ! 何故あんなことをした!?」
妾の怒りに対しイアは、逆にキレ返したり反論をする訳でもなく、ただただ不思議そうに首を曲げるだけじゃった。
「憤怒で思考が乱れていますよ? 【コミティア】を巻き込んだのは単に<大魔女>と<無魔力の忌み子>を釣り出す為という理由もありますが、一番は慈善行為に依るものです」
「慈善行為じゃと?」
「えぇ。まぁ、実行したのはわたしではなく、あくまで――」
「<土の大精霊>ノムゥじゃろ?」
「当然その結論には至っていますね」
期待していた答えを引き出せたイアは満足気に笑みを浮かべると話を続けるのじゃ。
「<大魔女>が知る通り、わたしには他人を眠らせる手段を持ち合わせてはいません。だからこそ今回の救済は<姫>に任せっきりにしておりました」
イアは終始【コミティア】の件には無関係の体を貫くつもりらしい。またその行動に及んだこと自体も一切悪びれる様子も無かったでの。
それにまたきな臭い単語が飛び出おった。
「……慈善とか救済とか、まるで役立つことをしているみたいな言い草じゃの? そんな訳無かろうに?」
「本当にそうですか? では一つ聞きますが、あなたが【コミティア】で見た街民達は無理矢理眠らされたせいで悲痛の顔をしていましたか? ……つまりそういうことです」
「何が言いたいのじゃ?」
そう聞き返す妾であったが、内心とても嫌な予感がした。
『イアはヤバいことを口にするじゃろう』。
残念ながらその悪寒は実現に至ってしもうた。
「<姫>はただ解放したに過ぎません。二年前の隕石落下事故によって生じ、今尚癒えぬ苦しみからね」
「ッ!? そんなこと頼んだつもりはない……ッ! ノムゥがやっておるのはただの偽善に過ぎぬッ!」
「浅ましい。偽善かどうか判断したり、他人が幸せになるのを拒む権利はあなたにはありません。……そういうことならお見せしましょう。あなたが思っている以上に、<姫>の力が多くのニンゲンに求められている証拠をね」
イアとの遣り取りをしている間に【アンダグラーダ】を歩いていたところ、妾はとある長い塔に立っていた。
「ここは”安息の塔”。永劫の幸せを求め、地底都市へと訪れた哀れで可哀想なニンゲン達が”幸せな夢”に溺れる場所です。ここでの現実を見て、あなたの認識が変わることを切に願いますよ」
そう自信ありげに語るイアに連れられ、妾は異様な雰囲気を発するその塔に足を踏み入れるのじゃった。
●
まるで施設見学の如く一通り塔を登り切った妾は、どっと疲れ切ったかのように声を漏らす。
「――イア……ここに無数にある部屋で寝かされておる数千にも登る者達は全員、自分の意思でここに安置されることを望んでおったのかえ?」
「えぇ、これでわかりましたよね? 我々の目的がニンゲン達の為を思ってということが」
「だからといって、やっていいことと悪いことがあるじゃろ? 当人が容認すれば何をしてもいいなんて、そりゃただの暴論じゃ」
「それこそ、他の人が望むことを拒否することだって酷いのではありませんか? そんなこと、本来ニンゲンを導く<神>の風上にも置けませんよ」
「どの口が言う……。心の底から嬉々として堕落させてる癖に……」
「なら、もっとまともな反論をして下さい。あなたに他人の幸せを邪魔する気があればの話ですが」
「…………」
この時、妾は何も言い返せんかった。
(イアやノムゥがやっておることは明らかに常軌を逸しておる。それなのに強く反発が出来ぬのはやはり……)
ふと妾の脳裏にここで眠る者達の幸せそうな顔が浮かび上がる。
(理由は経緯は定かではないが、こんな所でいつ目覚めるかもわからぬまま眠るということはそれ相応の事情があるということに他ならぬ。ここで眠る者の大半は大方辛い現実から逃げ、甘い夢を見に来ているのじゃろうな。それについては完全に否定出来ん。そもそもこの妾だって――)
そんな考えが頭をよぎった時じゃった。イアがこんな提案をしてきたのじゃ。
「――如何ですか? あなたに辛く目を背けたい過去があることは重々承知しております。またそれに日々胸を締め付けられていることも。あんな大罪を犯し、それでも一度は無罪放免にしましたが、それはあくまで更生や立ち直りを期待してのこと。しかし実際は、まだその苦しみに束縛されているご様子。それについてはこのわたしも望まぬ所。ですので……」
「妾も全てを忘れ、偽りの快楽に身を委ねろとでも言いたいのか? それについては真っ平御免じゃ。妾はあの過ちからは決して目を背けん。それが妾に課せられた咎じゃ!」
「そうですか、それは残念です。――なら、法を司る<神>直々の判決として従って頂く他ありませんね。……<姫>! 出番ですよ!」
「了解だよぉ、アイ~」
「!?」
突如、イアとはまた別の強大な”マナ”を背後から感知し、即座に振り向いた。そこには――
「良い夢見るんだよぉー」
ふんわりとした生地の服を着た栗毛色の長い髪をした少女がおり、その手に握られた小槌をゆっくりと振るったのである。その瞬間、
「ぁ――――」
妾の意識が、まるで眠りに就くかのように閉ざされた
「ヂィッ!」
――のを唇を噛み切ることで強引に防いだ。
「そうか……其方が……」
一瞬でその少女の正体に勘付いた妾は即座に左目に魔力を集中させる。
「じゃあの。――”次元転移”」
状況的からして完全に捨て台詞となる一言を吐きつつ、妾は”禁術”を用いその場から退避したのじゃった。




