<神>との会合
今話の主観は<大魔女>アメルダ視点となります。
その点ご理解の上、お楽しみくださいませ。
命からがら。
この言葉以上に妾の不甲斐なさを示すのにはうってつけの言葉はないじゃろう。
「はぁ……ーッ! はぁ……~ッ!」
何とか意識を保たねばとわざと大きな呼吸を繰り返す。
その反面、視界は終始ぼんやりとしており、瞼もしきりに閉じようとしていた。
「ッ!? アメルダ先生!? 大丈夫ですか!? どうなさったと言うのです!?」
それでも何とか戻るべき場所に戻れた妾に愛弟子であるエメルダが駆け寄ってきた。
妾はそんなエメルダに対し、声を必死に絞り出す。
「なんじゃ、エメルダ……起きておったのか? ……もしかして騒がしくし過ぎたかの?」
「いいえ、そんなことは全く御座いません! それよりも見るからに体調が優れていないご様子ですが?」
「……心配するでない、外傷や毒といった攻撃を受けたわけではあらぬ。じゃが、問題ない……と大見得は切れぬでの……」
「ではどうしてそんな苦しそうになさっているのです?」
「苦しそう……。そうか……お主にはそう見えてしまうのかの……」
そんな風に言葉を漏らした瞬間じゃった。いきなり地面から槍状の岩がせり上がってきたのじゃ。
「チィ……ッ!」
妾はギリギリの所でエメルダを抱き、そのまま部屋の窓を突き破り、外に飛び出した。
「な、なんなのです!? 一体何が起こっているのです」
突然のことに慌てふためくエメルダ。
妾はその答えを示すように、いつの間にか宿の天井に立っている人物を指差してやった。
「喜べ、エメルダ……。想定よりも早い会合となったぞ」
「え……それって……?」
妾達の視線の先には、栗毛色の長い髪とふんわりとした生地の服両方を夜風にたなびかせつつも、大きな欠伸をする少女の姿があった。
彼女は上から妾を見下ろす形で、こちらにとろんと今にも閉じてしまいそうな目を向けおった。
「往生際が悪いなぁ、<大魔女>。ボク知ってるよぉ、ニンゲンにとって我慢は毒だってことを。だから、眠いのならさっさと寝ちゃった方が楽になると思うんだけどねぇ?」
エメルダと合流してもなお、あ奴の目的が妾の無力化であるということは変わらぬらしい。
全く困ったもんじゃわい、と心の中で辟易しつつ妾は舌をベ~ッと出してやった。
「余計なお世話じゃわい。うっかり寝てしもうたら、可愛い可愛いエメルダの寝顔を間近で観察できぬではないか」
「こんな状況で何てこと仰っているのですか!?」
何故だが急にエメルダが顔を真っ赤にさせる。別に何一つとして変なことを言ったつもりはなかったのじゃが?
……ともかく、今回ばかりは立派な弟子の力を借りねばならぬでの。
そう思った妾はエメルダに端的な指示を出す。
「エメルダ……これは師匠命令じゃ。妾がこれからしようとしていることを全力で阻止してくれ……」
「これからするって、何をするおつもりです?」
エメルダの疑問に妾はこう端的に応えた。
「――妾は今、とてつもなく眠い……。どうかこのまま妾が寝てしまわぬよう、監視をしてはくれぬかえ?」
「へ?」
「頼んだぞ……」
そう託し、妾は襲い掛かって来た少女――<土の大精霊>ノムゥと対峙し始めるのじゃった。
●
――時を遡ること数時間前。疲れに疲れ寝具に横になるや否や眠りの世界に入ったエメルダの頭を優しく撫でてやった妾は真剣な顔をしつつ部屋を後にした。
(スマヌな、エメルダ。さっき妾はずっと側におると言ってしもうたが、それは無理そうじゃ。やはり【地底都市】全域の違和感がどうしても拭えぬでの……。勿論杞憂に終わればそれが一番じゃが、無理そうじゃな。この気配――<水の大精霊>ディーネと似た”マナ”の波長をひしひしと感じるわい!)
やはりディーネの話は本当であったらしい。ここ【地底都市】には確実に彼女が潜んでおる。
(じゃが別に事を荒立てる気は一切ない。これからしようとしているのはあくまで視察じゃ。ノムゥが人間を支配しようとするその行為自体の真の目的を調べるのも含めてな)
ディーネの話によると、
『ウチから見たノムゥは好戦的かどうか? う~ん、ウチ的にはノムゥの”マナ”は戦闘向きじゃないと思うし? でもウチよりもよっぽど<神器>の扱いに長けてるし? そういう訳だからアマっちも気を付けた方がいいし。ノムゥの<神器>は誰にも防げない。その<神器>の力は――』
といったものであった。
ディーネの話が本当なら正直ノムゥは妾の敵ではない。仮に接敵することとなってもほぼ確実に勝てるであろう。
じゃが、勝負というのは決して純粋な魔力のみをぶつけあうことにあらず。その過程において、知力や工夫、はたまた特異的な個性をいかんなく用いれば格上も十分に喰えることもあろう。
ノムゥの力の本質はどちらかというと他の誰しもが持っていない未知数の力で圧倒する……身近な者で例えるなら<陽光の剣士>サンディに似たものである。
それにノムゥの<神器>の力はこの妾の弱点を的確に突ける代物であった。軽く<神器>を振るわれただけで再起不能にまで追いやられたら負けも当然。
こりゃディーネの言う通り、油断は出来ぬ状況じゃな。……しかし、それで諦める妾ではない。相手が搦め手で来るのならそれ相応の準備をすればいいだけのこと。その為の情報収集じゃ。
そう意気込みつつ外に出ようとした矢先、
『オヤ、ゴキャクジン。コンナヨルニドコエイク?』
宿泊施設の出入り口付近で終始突っ立っているであろう受付役の”土製人形”に呼び止められる。
別に素通りしてやっても良かったんじゃが変に怪しまれたら面倒じゃろう。なら適当に返すとするかの。
「そう不審がるでない。ただ寝付きが悪いからちょっと夜風に当たりにいくだけじゃわい」
『? ドウシテダネレナイ? クスリハワタシタダロウ?』
「薬? ……あぁ、アレか? スマヌが実はあの薬は使えずにいるのじゃ。ただの睡眠薬ならいざ知れず、幸せな夢を見れる……という効能に少しばかり懐疑的でな」
『? シアワセナユメヲミタクハナイノカ?』
「…………」
ふと”土製人形”から投げかけられた率直な疑問。
妾はそれを鼻で笑ってやった。
「見たいか見たくないかで言えばそりゃ見せて欲しいもんじゃわい。……じゃが、妾にはその資格は無い。あの日以来――妾のせいで<あの者>を失った時から幸せなんてまやかしは妾に似つかわないでの」
どこか自虐的ながらも軽い感じを醸し出す妾はまたもや大声で笑い出す。
「あはは! ”土製人形”相手に何言ってるんじゃろうなぁ! ……ともかく妾はあんな薬に意味は見出せぬ。スマンの、せっかくの其方の厚意を踏みにじってしもうての」
これ以上”土製人形”と話しても意味が無いと感じた妾はそのまま宿屋の外へと出る。
(さてと、気持ち新たに敵地へと乗り込むとするか)
そう意気込み、宿屋から一歩出たその時じゃった。
「久し振りですね、<大魔女>」
いつの間にか宿屋の壁に寄り掛かっていた女性に声を掛けられる。
その言葉通り、彼女とは数百年以来の再会でありながらも特に特別感や懐かしさを抱くことはなく、逆に予想よりも早い会合に眉をひそめてしもうた。
「……まさか本拠地である【アンダグラーダ】に赴く前に其方自らご足労頂くことになろうとはの。そりゃまたせっかちなもんじゃわい」
「誰のせいだと思っているのですか? あなたは何があっても許されぬ重罪人。それを見過ごす程、わたしは甘くありません」
そう言って女――妾の過去を知る数少ない人物である<地神>イアは心の底から呆れ顔を見せるのじゃった。




