<無魔力の忌み子>と『 』.③
――ここはどこかもわからない暗闇の中。
そんな、周りに何も見えない場所を私めはただひたすらに走り続けておりました。
『はぁ……ッ! はぁ……ッ! はぁ……ッ!』
息はとっくのとうに切れ、足の力も完全に抜け落ちており、こうして前に進んでいるだけでも不思議な状況の中、それは確実にこちらへと這い寄ってきました。
『ぃ、いやぁ……ッ! こ、来ないで……ッ!』
まるで周囲の闇に同化させるようにそれは私めを飲み込みます。
一瞬にして身体の自由が奪われ、視界も徐々に塞がれてしまい、まるでもがき苦しむように手を伸ばすことしか出来ませんでした。
『助けて……助けて、みんな……ッ! アメルダ先生……ッ!』
最期の最期で私めは母に助けを乞います。例えそれが絶対に叶わないことだと知りながら。
『…………』
とうとう目の前は真っ暗に染まり、唯一それから難を逃れていた手の感覚も無くなってきます。
『――――』
もうダメだ。
全てを諦めたその時です。ふとその手が何者かによって引っ張られたのです。
●
「はっ!? 今の光景はもしかして夢……? はぁ……また見るようになってしまいました……」
私めが先程体験した地獄は所謂悪夢と呼ばれるものです。
その現象は過度な精神的圧力や不安が原因で発生するものらしく、先生と生活を共にする前はほぼ毎日と言っていい程苛まれていたものでした。
それでも先生と一緒に寝るようになってからはその頻度は激減。それ故、その事象に悩まされることは滅多にありませんでしたが、ここ最近また観る機会が増えてしまったのです。
思い当たる節としてはやはり、<四大精霊>に関わることでしょうか? 気持ち的には頑張るつもりでいても、理想は必ずしも実現しないことを意識してしまうと、どうしても自信は無くなってしまいます。
「ダ、ダメですよ! 弱気になっては! 先生が言っていたではありませんか、私めが対<四大精霊>の切り札だと。圧倒的な力があるアメルダ先生がわざわざ無力である<無魔力の忌み子>を立てて下さったのですから、その期待に応えないと! だからあんな夢なんかに屈したりは――って、あれ? そういえばあの光景の最後に私めが差し出した手が引かれたような……?」
夢という曖昧な記憶でハッキリと覚えていないながらも、何故だか現在進行形で手に温もりを感じております。
はて? これは一体?
そう小首を傾げ、ゆっくり視線を手の先に送るとそこには――
「――あぁ、やっと気付いてくれたね。いつまで経っても手を離してくれる様子がなかったから、ずっとこのままだったらどうしようかと冷や汗ものだったわよ?」
「!? あ、あなた様は!?」
自称『空虚で何者でも無い者』……その名も、
「<ヴォイド・ノーバディー>さん!? い、いつからこちらに!?」
「<無魔力の忌み子>が何だか苦しそうにうなされてて、まるで何かに縋るように伸ばされた手を取った所……と言えばいいかしら?」
「えっ? じゃあ、夢の中で私めを引っ張り上げて下さったのは……?」
「その夢の内容は知らないけど、<無魔力の忌み子>を起こしてしまったのは確かね。もしかして余計なことをしてしまったかしら?」
相変わらずの神出鬼没振りを披露する<ヴォイド・ノーバディー>さんはそう言ってクスクスと笑い掛けます。
その反応は求めていた答えではなく、自然と落胆の息が漏れます。
(私めが本当に聞きたかったのは、どうやってこんな正確に私めの元に現れたのか?ということなのですが……)
と思いつつも、多分<ヴォイド・ノーバディー>さんははっきりとした返答をしてくれないでしょう。
この人は敵ではなく協力者。そのことについてはほぼ確定事項ではありますが、その裏で秘密にしていたり隠していたりすることを数多く秘めていることもまた事実です。
ですがその真相は絶対に明かされないだろうと予想し、追求はしないことにしました。
そんな折、<ヴォイド・ノーバディー>さんは頭全部を覆った仮面の奥の頬を恥ずかしそうにかきます。
「ねぇ、<無魔力の忌み子>、そろそろ手を離してくれないかな?」
「あっ! それは失礼しました! 何だか<ヴォイド・ノーバディー>さんのて手は暖かくて心地が良く、つい手を繋いでいることを忘れてしまいました」
「え? そんなことはないわよ? 私の手は呪われ穢れているしね」
そう呟き自身の手をぼんやりと眺める<ヴォイド・ノーバディー>さん。
(そういえばこの方はあんなこと――『私にも<無魔力の忌み子>と同じく大切な存在がいたわ。でも、訳あって今は何一つとして残っているモノはない』と仰っていました。もしかするとその出来事あっての発言なのかもしれません)
そんな考えを頭に浮かべていると、<ヴォイド・ノーバディー>さんはふとこちらに仮面越しから微笑み掛けます。
「決してこうなってはダメよ……って言ってあげたい所だけど、難しいかもしれないわ。例え<無魔力の忌み子>が意識したとしても外野が暴れたらどうしようもないし」
「どういうことです?」
「残念だけど秘密。いずれ知ることになることだろうからさ」
「いずれ知るって……まるで未来を知っているかのような言い方ですね?」
私めのこの指摘を<ヴォイド・ノーバディー>さんは鼻で笑い、軽くあしらいます。
「未来? そんな大それた物、世界から爪弾きにされた私には縁も所縁も無いわ。それに仮に未来からの使者だったとしてもこんな私がどうこう出来ちゃう程、世界は甘くないってば。あくまで運命を切り開けるのはその世を懸命に生きる者のみ。その観点から言えば私にその資格は皆無とも言えるわね。……だからこそ<無魔力の忌み子>には私の分も頑張って欲しいな」
やはりどこか疎外感を匂わせる<ヴォイド・ノーバディー>さんはゆっくりと立ち上がります。
「――これから起こる惨劇の詳細は教えてあげられないけど、忠告だけはさせてもらおうかしら。<無魔力の忌み子>、どんなことが起きても……どんな姿を晒されても、<大魔女>のことを信じ抜き、味方で居続けなさい。いいわね?」
「? そんなの言われるまでもないですよ。私めはいつだってアメルダ先生の弟子であり娘なのです。そんな人を決して裏切ったりはしません」
「そう。何とも素敵な師弟愛ね。眺めているこっちが恥ずかしくなっちゃうわ」
「へ!? あ、愛ぃ!? そ、そ、そ、そんなつもりで言ったつもりは……」
「否定しないで。私が今こうして見ているのは<無魔力の忌み子>が人生初の幸せを謳歌する物語。それを存分に受け止めてくれないと<無魔力の忌み子>の背中を押す私の存在意義が消えちゃうわ」
そう苦笑を漏らす<ヴォイド・ノーバディー>さんはそのまま部屋の扉の前に移動します。
「ともかく、<無魔力の忌み子>が<大魔女>から愛情を受けているのと同時に<大魔女>もまた<無魔力の忌み子>から影響を与えられていることでしょう。だからこそ、二人一緒でなきゃ意味はない。どうかあんなことになったとしても<大魔女>のことを見捨てないであげてね」
またしても含みのある言葉を漏らす<ヴォイド・ノーバディー>のお姿がまたしても忽然と消え去りました。
そんな彼女と入れ替わる形でとある人物が室内に入室します。
その人物とは他でもないアメルダ先生でした。しかしその様子はどこか変で……
「ぇ……?」
部屋に入るや否や、先生はまるで意識を失ったかのようにその場で前のめりに倒れ込んでしまったのでした。




