シアワセナユメヲミレルクスリ
ここは地底都市の中で中枢を担っているとされている【アンダグラーダ】……の隣の街。
その中にある宿泊施設の室内にて、私めとアメルダ先生は、受付の”土製人形”から受け渡されたそれを不信感いっぱいで見つめます。
「『シアワセナユメヲミレルクスリ』か……。これこそ正に【コミティア】の集団催眠事件の諸悪の根源じゃわい……ッ!」
元はと言えば地底都市へと潜る当初の目的は【シールス】の異変の原因を探ることでした。
図らずもこんな早くに目的を達成出来るとは思ってはいなかったので、どこか肩透かし感も否めませんでした。
(こんなに簡単に答えに行く着くということは逆に……)
私めが抱いた懸念を先生は即座に読み解きます。
「こんなものをあんなあっさりくれるということは詰まる所、これは地底都市にとっての日常茶飯事的であることを示しておるな」
「はい! 今にもそう言おうとしていました。ちなみに、そういった物の流通はここでは普通なのですか?」
「いや、法も秩序も良心も通じぬ地底都市じゃが、超えてはならぬ一線だけは絶対にまたがないくらいの冷静さは持ち合わせておる。じゃからこそ、不気味さはより一層ひとしおじゃの」
先生はようやくその重い腰を寝具に落ち着かせると、突如として神妙な顔をなさります。
「それにしても、いつの間にか地底都市は何ともきな臭い場所になってしまったわい。もう既に妾が知る地底都市の知識は古いということじゃの。まぁ、百年以上前から何も変わっていないのもそれはそれで変じゃがな」
どうやら以前先生が地底都市に足を踏み入れたのはその言葉通り約百年前らしく、それ以降は実際の目ではなく噂として地底都市の内情を小耳に挟んでいたらしいです。
「ちなみにその時の地底都市は今とどの様に違っていたのですか?」
「まず顕著なのが、先の粉もどきを表立って流通させておることじゃな。普通じゃったらそんな見るからに怪しい違法スレスレの薬を堂々と受け渡しさせるかえ?」
「そうですね、その点は大いに不可解です」
「じゃろ? 後もう一つ挙げるとすれば、あの”土製人形”じゃな。あれが妾がさっき言った地底都市ならではの軍事力ではあるが、あまりにも数が多い。その文化は未だ健在……じゃが、問題はそれに比べて人間の数が圧倒的に少ないことじゃろうな」
「? 確かにそうかもしれないと私めも気になりましたが、それが普通なのでは?」
地底都市の話を聞いた時に感じた第一印象は日陰そのもの。悪い事が盛んということで、ここにいる人々はあまり目立つのを避ける傾向にあると考えたからです。
しかし、事実は異なっておりました。
「いや、ここにおる者はそこまで引きこもったりはせぬ。ここにおる者にとっては自身の行いは正当でやましいことはないからこそ常に堂々としておる。逆にコソコソしてる方が目立つでの。妾が言いたいのはここまで人の気配がせんのはあまりにも異常過ぎる、ということじゃ」
それにキューレイ様が説明してくれた『地底都市に入る者は例年に比べ多い』という話とも矛盾が生じます。その点についても気掛かりがあります。
「下手をすれば人間より”土製人形”の方が多いと錯覚させられるのは明らかに異常じゃ。この地底都市全体を覆う空気感はまるで皆が寝静まり返った真夜中――例えるなら地上の【コミティア】と全く同じ状況じゃ。こんな風に大量の人を容易に眠らさせられる。そんな阿呆な力を持っておる者について思い浮かべられるのはただ一人……」
「<土の大精霊>ノムゥですね? ディーネの話ではどんなことよりも寝ることを優先し、またその寝顔を見た者に自然と眠気を促すことから<眠り姫>の二つ名も呈している。怖いくらいにその特徴と一致します」
「あぁ、睡眠というのは言わば人間の欲求の大半を占める重要な生命維持活動じゃ。それを『シアワセナユメヲミレルクスリ』を用いて好きなように管理したとあらば、それすなわち、他人をいとも簡単に支配するのと何ら変わらんと言えるであろうな」
「……ならもしかしてこのまま寝るのは不味いのでは?」
「一切寝なくても問題はない妾はともかくとして、お主の場合はそうも言っていられぬじゃろう。ほれ、今にも瞼が落ちそうじゃよ?」
「ッ!? こ、これくらい我慢できますよ!」
意固地になって顔を横に振り反論をしますが、どうやら身体はその言葉には付き添ってくれないらしく、突如ガクッと頭と肩が下がってしまいます。
すると先生は優しく私めを横に寝かし付けます。
「無理は禁物じゃ。心配せんでよい、もし何か変なことが起きたとしても妾がずっと起きていて警戒を怠らぬからな。それにエメルダは対<四大精霊>の切り札である。その本領を出して貰う為にもまずは休息をせねばの」
そう言って私めのアメジスト色の髪を撫でる先生の手から暖かい温もりを感じた私めは、『眠るのは断固拒否』という意思に反する形でゆっくりと目を閉じてしまったのでした。




