いざ地底都市へ
【コミティア】の料亭【ヴァルハラ】内に隠されていた地底都市へと続く扉。
アメルダ先生の後に続きその奥へと進んだ矢先、ゆっくりと扉が閉められます。
そのせいで辺りは一瞬で暗闇で包まれ、唯一の光源はアメルダ先生が手に持つ杖先だけの明かりだけでした。
「灯火があるので何となく平気かなと思いましたが、気休めにしかなりませんね。まさか通路上にロウソクの火すら無いだなんて……。足元を確認するだけで精一杯ですよ」
「無理もない。あくまでここは隠されておる場所。手入れなんてしてようものなら拍子抜けもいい所じゃわい。それについては今も昔も変わらんの」
「昔、ということは先生は以前にもこの先へ?」
「あぁ、お主と出会うずっと前であるがな。大変不本意じゃったが、滅多に市場に出回らぬ希少価値の高い素材を楽に手に入れるのに、【向こう】の裏流通網はうってつけじゃったのじゃ。じゃが、勘違いするでないぞ? 妾はもう【あそこ】からは足を洗っておるからな?」
「では先生……やはりこの先には地底都市があるのですね?」
「うむ、左様じゃ」
どうやら本当に私め達は未知の地底都市【アンダグラーダ】へ足を踏み入れようとしているようです。
しかしながらその手段と気軽さに違和感を覚えます。
「まさか【コミティア】と地底都市が繋がっていようとは驚きです。それにその案内役にキューレイ様が……」
「そう心配そうな顔をするな。あ奴はあくまで表世界と裏世界の仲介役を任せられているだけ。それ以上でもそれ以下でも何でもないわい。それに地底都市への入り口はどこにでもあるもんじゃ。エメルダの知る所じゃ、【神都】にも通ずる道があったりするしの」
「! そんな! それについてサンディ様は知っておられるのですか!?」
「当然知っておる。じゃが、例えあ奴の力と権限を以てしても手出しは出来ぬのが現状じゃな。その理由は大まかに三つ。一つ目は、あくまで地底都市は地底都市なりのやり方に従っているだけで、地上にとやかく言われる筋合いがないということが挙げられる。要はそっちの勝手な物差しで測って文句言うな!、と主張してるんじゃな」
その言い分についてはなんとなく共感出来ます。
【コミティア】には【コミティア】の【シールス】には【シールス】の、はたまた【神都】には【神都】でしか通じぬ道理と言うものがあるのでしょう。そう言った観点から、他所は余所・家は家理論を振りかざされようものなら返す言葉も見当たりません。
「そして二つ目の理由じゃが、地底都市全土があまりにも広過ぎて、労力に見合った成果を上げられぬというのがあるでの」
先生曰く、地底都市はどの地上からも入れる関係上、その面積は地上と同等……否、地上よりも上下を拡げやすい関係上、相当膨大な土地を有しているそうです。
私め達の目的地である【アンダグラーダ】も地底都市全体から見ればただの一国家――とは言え、中枢を担う地上でいう所の【神都】に似た重要拠点らしいですが――でしかなく、仮に小さな地底都市の一部を潰しても何ら意味は成さないとか。
「それにもう一つ、あのサンディすら手を焼く要因がある。それは地底都市独自の軍事力にある」
「軍事力? つまり特別な”魔術”が流行しているとか?」
「その通り。地底都市はある意味で表世界から爪弾きにされた異端児が巣食う場所じゃからな、そういった者らの独特な思考は”魔術”にも反映されるでの。現に地底都市発祥の”魔術”はこの妾ですら実現不可能な謎理論で構成されておる。それと律儀にぶつかり合うのはあまりにも割に合わん」
先生にとって未知数の”魔術”は得体が知れないからこそ、サンディ様も容易に手は出せない様です。
「それに地力だけでなく、その数も厄介じゃったりする。きっと到着すればすぐにわかることじゃろうが、地底都市の連中は既に自分の手を汚さない手段を確立しておる。その前ではこちらだけが無駄に疲弊するだけ。それを避けたがるのも無理はない」
「数が多いというのはどういう?」
「その答えについては直にわかることじゃ。恐らくあの扉の向こうに待ち構えておるじゃろう」
先生のお言葉通り、長い階段を降り続けること十数分後。相当地下深くまで進んだ所で、目の前にいかにも重厚な大きな扉が現れました。
その扉の前に立った私め達は一旦待ちの体勢を取ります。
「? 開けないのですか?」
「暫し待機じゃ。恐らく既に妾達の存在は感知されておる。まずは地底都市の監視官の入国審査を受けねばならぬでの」
どうやらただ扉を通るわけにはいかないらしく、その前に私め達がどういった目的で地底都市を訪れたか?を伝えなければならないそうです。
その念の入れ様に若干の面倒臭さを覚えていると、ゆっくり扉が開かれます。その奥には――
「わっ! ビックリした! これってもしや……」
「あぁ、自立可動人形――通称”土製人形”じゃな」
全身土で固められた巨大な物体が立っていたのでした。
●
土製人形。
それはその名の通り、土で造り出された人形です。しかしこの”魔術”が発展したこの世界においてそれはただの人形ではありません。
さも当然のことのようにその土製人形には”マナ”が込められており、ほんの少しだけ自我を持った行動が出来るのです。とは言えそれは、造られたのと同時に設定された一つか二つの命令に限定されるものではありますが。
その例に漏れず、目の前に現れた土製人形はどうやら門番の役割を担っているらしくこうカタコト言葉でありながらもこう尋ねてきました。
『ニュウコクスルノカ……?』
「そうじゃ。そこを通してくれるかの?」
『タダデハダメダ。マズコレヲヨメ』
「はいはい……誓願書的なヤツじゃな。早う見せい」
まるで流れ作業かのように土製人形から渡された紙に目を通すアメルダ先生。
私めも横から覗き、その内容を尋ねてみます。
「文字がビッシリと……。一通り読むだけでも疲れてしまいそうですね」
「堅っ苦しい言い回しをしてるせいで見かけの文量がかさ増しされてるだけじゃよ。要点だけを拾えばたった一つのことを伝えたいだけに過ぎん」
「と言うと?」
「詰まる所、『地底都市で何か問題があっても全部自己責任で誰も庇い立てしてくれない』という感じじゃ。こんなの最初っから分かっておるわい……」
既に把握していることをことさらに確認させられたからか、先生は少し苛立ちますが。それでもその内容に同意したことを表明せねばそもそも地底都市に入れるという関係上、この場だけは納得した顔を見せます。
「おい、門番。妾達は其方達の規則に従おう。これで文句なかろう?」
『マテ、ヒトツコタエヨ。ニュウコクノリユウハナンダ?』
「そんな大したことじゃなく恐縮じゃが、地底都市でしか採掘出来ぬ鉱石を掘るか買うかしたいだけじゃよ」
勿論この言葉は偽りです。しかし、なまじ全くの嘘ではない感じが出ており、流石は先生だと言わんばかりです。
後方の階段を降りている途中で先生が口にした『言ったモン勝ち精神』が発揮されると、門番役の土製人形さんがふと私めを見つめます。
『コンナチイサナコヲツレテカ?』
「おいおい、見くびるでないわ。この娘は妾の偉大な愛弟子じゃ。当然妾の仕事に同行する権利があるわい」
こちらに疑いの目を向ける土製人形さんに対し、先生は強気で反論を返します。
すると土製人形さんは少しその頭を下げました。
『……ソレハワルカッタ。ナラサイゴニ。ナヲオシエヨ』
「アマルダ、じゃ」
「エメラルダ、です!」
『ソウカ。……イジョウデシンサハオワリダ。ヨウコソ、チテイトシヘ』
どうやら私め達は認められたようです。土製人形さんは一歩横に移動し、道を開けて下さいました。
正式に入国を許可されたということもあり、先生は堂々とした足取りで進み始めます。
「何とか第一関門は突破じゃの」
「はい。ちなみにこの後はどうするのですか? 確か地底都市には数多くの似たような小国が乱立しているのでしたよね? 本来の目的地である【アンダグラーダ】へはどのように向かうのですか?」
「向かうという程ではない。実はこの先にある街のもう一個隣が【アンダグラーダ】だったりするのじゃ」
「へっ!? そんな近かったのですか?」
「いや、物理的には近いが入国するのはちょい難しい物がある。じゃからこそそれ相応の準備や時間が必要じゃからこそ、まずはその隣町で体制を整えようかの」
そんな先生の提案に乗る形で、私めは地底都市へ一歩足を踏み入れたのでした。
●
件の【アンダグラーダ】の隣に位置する街を歩く最中、ひと際大きな扉が目につきます。
「――やはり目の前には屈強な門番が立ち塞がっておるの。ありゃ、強行突破は愚か交渉もうまく運べるか疑問じゃわい。まぁともかく、今は安全に身を隠し落ち着ける拠点確保の方が優先じゃの。確か妾の古い記憶が確かであればこの辺に……おっと、やはりあったわい!」
そうして案内されたのは、ここら一帯ではやけに高さのある建物でした。
先生の話によると地底都市の中では有名な部類の高級宿泊施設らしいです。
相変わらずそういった場所に詳しい先生の後を付いて行く形でお邪魔するとそこには――
「イラッシャイ」
「ん? またじゃと?」
地底都市の入り口と同じく土製人形の姿がありました。
その土製人形の再登場に先生は眉をひそめます。
「一体今の地底都市はどうなっておる? ここに来てからというもの、まともに人間を見ておらぬぞ?」
怪訝そうに表情を歪ませる先生《師匠》を気にする素振りを見せない土製人形は淡々と言葉を発します。
『フタリ、シュクハクカ?』
「あぁ、部屋は空いておるか?」
『シンパイナイ、アマルホドヨウイシテアル。トマルナラコレヲヤル』
ふと土製人形は私め達に錠剤らしき物を手渡します。
「これは?」
私めの率直な疑問に土製人形は、
『シアワセナユメヲミレルクスリダ』
と何の疑いも無く応え、私めと先生《師匠》を戦慄させたのでした。




