<海神>と<地神>
今回の話は<海神>ポセイン主観となります。その点のご理解、よろしくお願いいたします。
「……やっぱし、【シールス】には晴天と澄んだ海しか似合わねぇな。なんやかんやあって荒れちまったが、最終的に天候が元に戻って良かったぜ」
アタイは見渡すばかり蒼色しかない海中神殿の景色を見渡しつつ、目の前に並べた巨大魚に齧り付いた。
「シャッシャッシャッ! この魚の旨さも変わんねぇなぁ! 形はどうあれ、<神具>”トライデンタル”喪失によって祟りが起こるかもしれないってことで、貢ぎ物が用意されたのは思わぬ僥倖だったぜ。これを毎回採ってくれるディーネには感謝だな」
結果的に美味い飯にありつけるのはありがたいが、本来であればアタイ――神の一柱たる<海神>ポセイン様が覚醒したことについては、わりとガチめに緊急事態とも言える。時と場合によっては直々に動く必要もあるやもしれぬ。
「……とは言え、まだアタイの出る幕じゃねぇな。何せアタイの代わりに頑張ってくれる可愛い娘ちゃんがいるんだかんな」
その人物は他でもない、アタイをある意味で叩き起こした張本人こと<無魔力の忌み子>エメルダだ。
そんなエメルダは見事アタイの御眼鏡に適う覚悟と意思を見せ付けてくれた。<無魔力の忌み子>故闘う力は皆無だが、その点を度外視しても彼女には期待をするに値する輝きがあったのもまた事実。アタイはそれに賭けてみたくなった。
「いつの時代も人間ってのは捨てたもんじゃねぇな。ともかく少しばかり静観を決め込むことに違いはない。ならこれを機に蒼き都【シールス】で優雅なひと時でも――」
そう呟いた時だった。突然アタイの頭の中に声が響き渡った。
『――なんとも下劣な愚行をしてくれましたね、ポセイン……』
いきなり脳内に語り掛けて来たその人物の正体を知っていたアタイは、何食わぬ顔で魚を頬張りつつ返事をした。
「……久方振りの再会だってのに、開口一番説教かよ。相変わらずお堅い感じで参っちまうぜ」
『そういうそちらこそ、軽いのはお変わりない様で。ポセインの身勝手な行動にはいつもいつも困るばかりです』
「シャッシャッシャ! 身勝手な行動? 思い当たる節が多過ぎてどのこと言ってんかわかんねぇぜ。下劣なアタイにも理解できるようにハッキリ言ってくんねぇかぁ~?」
わざと挑発じみた発言をすると、奴さんは不機嫌そうに大きな溜息を吐いた。
『自覚しているのにわざとすっとぼけるその態度も気に喰いません。……<大魔女>を野放しにしたこと以外に無いでしょう?』
「あ? <大魔女>? <無魔力の忌み子>じゃなくてか?」
『<無魔力の忌み子>? あぁ、それもそれで問題でしょうが、ある種些細な問題に過ぎません』
「些細ぃ~!? お前さん、ガチで言ってんのか?」
奴さんの予想外の言及に信じらんねぇと言葉を失っちまう。
「何故<大魔女>をそこまで危険視する? アタイ的にはそこまでじゃねぇと思ったんだがな?」
確かに海の中に閉じ込めた<大魔女>は海そのものを裂き脱出した経緯があった。だが、そんなことはあの<大魔女>だけの特権じゃねぇ。アタイが以前起きていた千年前は、もっとヤベェ奴がゴロゴロしてたくらいだぜ。
それを知らねぇ筈はない奴さんは鼻で小さく笑いやがった。
『甘いですね、ポセイン。寝過ぎで感覚が鈍くなっていますよ? よもや<神>の風上にも置けない体たらく振りです』
「てめぇ……ッ! 舐めんのもいい加減にしろ……ッ! 一戦ガチるか、あ゛ぁん?」
いかにもこれからカチコミに行ってやろうかと言わんばかりのアタイの挑発を奴さんは軽くあしらう。
『嫌ですよ。そもそもこんな言い争い自体が一番の無駄なのですから』
若干イライラ感を募らせる奴さんの気配を感じたアタイは先の怒りを鎮め、一転して真剣な口調を述べる。
「お前さん、実は珍しくやけに焦ってんだろ? なら教えろよ、あの<大魔女>から感じた違和感についてをな」
『……残念ながらそれは難しいですね。わたしのこの悪寒はまだ確定したものではありませんから。実際に<大魔女>を目の前にし、彼女に潜む闇を直接感じ取らなければ手の出しようもありません』
「闇?」
何だか物騒な言葉に眉をひそめちまう。
(ニンゲンさんの闇程、触れちゃいけねぇ話題はねぇと思うが、奴さんは何の躊躇もなくそれを言い放ちやがった)
奴さんはアタイら<神>の界隈の中でも特に慎重で思慮深い性格を持ち合わせている。それにニンゲンの持つ危険性と愚かさを一番理解してるからこそ、その言葉に真実味が増す。こりゃマジで奴さんの懸念が濃厚になっちまった。
「……もしかしてアタイ、取り返しのつかないことしちまったか?」
『さっきからそう言っているでしょう? ……本当に勘弁して下さいよ、気配と距離的に彼女が次に訪れるのは姫の元なのですから』
その言葉通り、心底面倒臭そうに溜息を漏らす奴さん。奴さんの心中も十分お察しだが……
「まぁ、もし仮にあの<大魔女>が本当にイカれた人物だったとしても、そう大変な事態にはならねぇと思うぜ?」
『? 何呑気なことを言っているのです?』
「少しはアタイの見解を聞けって。お前さんが指す昔の<大魔女>がどんなんだったかは知らねぇが、所詮過去は過去だろ? 最低限、今の<大魔女>はそんなヘマはしねぇとアタイは擁護してやるつもりさ」
『益々愚かしい……。どこからその下らない根拠が湧いてくるのですか』
「さっき話題に出したろ? <大魔女>には護るべき弟子がいんだ。常識的に考えれば、そんな大切なモンを前にして下手な暴走はしねぇだろうよ」
アタイの考えを聞いても尚、奴さんは納得いかねぇのかまだ反論を言い足りねぇ様子だった。
『ニンゲンはそう変わらない……』
「おいおい、そう簡単に見限るようなことするもんじゃねぇぜ? 確かにお前さんの言う通り、ニンゲンには信用ならねぇ部分が多々ある。そのせいで実際問題、裏切りや失望を数え切れないくらい味わっちまったのも事実だ。……だが、そこで切り離しちったら何も始まらないんじゃねぇか?」
過去は過去。
その言葉は決して<大魔女>だけに向けた言葉じゃねぇ。アタイもアタイで変わってる部分があんだよ。
「この件については賭けてもいいぜ。必ずや<無魔力の忌み子>が<大魔女>の良心と抑止力になる筈だ。絶対にお前さん――<地神>イア殿が予測してるような最悪な展開にはならないさ」
『…………』
奴さん改め<地神>イアは数秒沈黙するとまたもや大きな息を吐き出す。
『<無魔力の忌み子>なんかに想いを託すポセインの姿なんて見たくはなかったのですがね』
「そんな大層なことじゃねぇって。そうさせるだけの可能性があるって感じただけさ。ちゃんと彼女と向き合ったらわかると思うぜ?」
『無理ですよ。わたしの直感は何があっても揺るぎはしません』
「相変わらずお堅いねぇー。なら精々そのつまらん意地を維持できるよう頑張るこったな。……ん? おい気付いたか、意地を維持ってなんか洒落てね……って! 一方的に交信切りやがったな、あの野郎!?」
やっぱりイアとは反りが合わねぇな。
こればかりはしょうがねぇと割り切る最中、アタイは頭を掻く。
「とは言え、イアの予想が絶対に外れるとも言えねぇんだよな」
仮定としてだ。本当に<大魔女>がイアの言う通りの人物なら……
「あの性格のお嬢ちゃんは恐らく無茶するよなぁ……。最悪身を挺してなんてことも……」
その場面を容易に想像しちまったアタイはゴクリと生唾を飲み込みつつ、柄にもなく『こりゃ、心配だ』とぼやくのだった。




