<大魔女>アメルダ
「はぁ~極楽極楽じゃ~。なんやかんやで風呂に入るのは面倒だと思う妾であるが、こうして湯船に浸かってしまえばそんな億劫な気持ちなど身体の汚れと共に洗い流されてしもうたわ。其方もそうは思わぬか?」
温かいお湯が張られた湯舟の中で<大魔女>様に後ろから抱き付かれる私めは初めて感じる火照り具合で顔を赤らめつつ笑顔でお答えします。
「はぃ……」
「それは良かったのじゃ。もうここは其方専用の浴場でもある。じゃから自由に使って貰っても構わぬぞ?」
「…………」
そう言われましても本当にそんなことをしてよろしいのでしょうか? 今日の今日まで私めには自由等ありませんでした。なので急に好きにしてといいと申されましても、どうしていいか分からないのが本音で御座います。
そこに戸惑いを感じている私めの頭を<大魔女>様は優しく撫でて下さいます。
「なぁんて言ってもすぐには難しいやもしれぬの。そういうことならゆっくりで良い。なに、心配するでない。妾は決して其方を見捨てたりはせぬ。例え其方が<無魔力の忌み子>だとしてもの」
ニコッとした笑顔で私めを受け入れるお言葉を申してくれるのは有難いのですが、その言葉全てを信じるのは難しいです。
「…………」
ふと私めの心に疑心が生まれます。その感情を<大魔女>様は的確に察知いたしました。
「其方の気持ちはよぉく存じておるぞ? 耳触りの良い甘言を言われ『はい、そうですか』とすぐ納得出来ぬのも確かじゃな。見知らぬ妾に理由も分からぬままいきなり買われれば、不信感を抱いても仕方ないからの。そういうことなら軽く自己紹介と其方を引き取った理由を話すとしよう。それで妾に対する警戒心を少しでも緩めてくれれば助かるぞ?」
<大魔女>様は一呼吸置くと、ご自身のことを語り始めます。
「妾の名はアメルダ。その由来はこの紫色の髪と瞳に由来しておる。中々に洒落ておるじゃろう? ……そんな妾に対して、其方の眼と髪は明るい翠色なのじゃな。これ程までにはっきりした色合いは珍しいのぉ」
「?」
「時々おるのじゃ、親から遺伝された魔力の影響が強過ぎて身体の特徴として出てしまう者がな。もしかすると其方の両親は偉大な<魔術師>なのかもしれぬの」
「…………」
そんなことを言われましても私めは親に対する記憶を全く持ってはいません。何せ物心付いた時から暗い牢屋に放り込まれていたのですから。それに親のことを考えたくはありません……。
ふと顔を暗くさせると<大魔女>様――基アメルダ様はハッとなさりました。
「――あぁ、スマヌの。其方はその親に捨てられたからこそ売られておったのじゃったな。ならそんな二人の話題を出すのは少々配慮が欠けておったわ。ならその話はここまでじゃ。……次は年齢についてじゃが、せっかくなら当ててみるかえ?」
どうやらアメルダ様は気分転換がてらクイズを出して下さった様です。特に断る理由もありませんのでその問いについて考えてみましょうか。
「…………」
ジッとアメルダ様を観察します。
先程の脱衣所でも感じましたが、アメルダ様の肌は本当に艶やかで御座いますのであまり高齢とは思えません。そういうことなら二十……いいえ、それにしては大人びておりますので二十後半代なのかもしれません。
私めは左手の指を二本、右手の指を五本、さらに次は左手の指を三本、右手の指で〇を作ります。つまり私めは二十五歳から三十歳と予想しました。
するとアメルダ様はニタリと口角を上げました。
「……惜しいの、正解はその数値を約十倍した値じゃ」
「!」
そ、それはつまり……。
「とは言え、三百を過ぎた辺りから面倒で数えることを辞めてしもうたから正確には分からぬ。ともかく其方よりも云千倍年寄りであるのは確かじゃから、じぇねれーしょんぎゃっぷたるものがあるやもしれぬが、そこは御愛嬌で頼むぞよ?」
なんともまぁ、アメルダ様はそれ程までにお年を召していらしたのですか。
どこか口調が古風で大人の風格があったことから予想よりも年齢が高くてもおかしくないと予感しておりましたが、まさか百という長い年月を優に二・三回経験していようとは……。
人は見た目に依らぬ、というお言葉がある様ですがアメルダ様は正にその表現の生き字引と評しても差し支えは無いでしょう。
「はは、妾の年齢を聞いた者は総じてそんな顔をしおるの。こんな若作りは妾の繊細な”魔術”にかかれば朝飯前じゃ。それだけに留まらず、空腹や睡魔もその”魔術”でコントロール可能での。じゃが誰しもそれが出来る訳ではあらぬ。そんな荒業を難なくこなしてしまうからこそ、妾は<大魔女>と呼ばれておるのであろうな」
どうやら<大魔女>という二つ名は伊達では無い様です。
魔女。その者達はこの私めですら噂で聞いたことがあるくらい有名な存在で御座います。魔女と呼ばれる方々は皆強大な魔力と才に恵まれているらしく、各々特殊な”魔術”が使えるとか。
そんな魔女という呼称の前に<大>という表現が付け加えられているのですから、こちらのアメルダ様は普通の魔女達とは一線を画しているのかもしれません。
「そんな妾は今、新たな”魔術”概念を生み出すことで生計を建てておる。……と言っても、巨額の富を得た所で何か特に買いたい物がある訳でもないから貯まりに貯まり続ける金銭の扱いに困っておっての。正直な所、妾にとってお金というのは邪魔でしかないからどこかで大量に消費しておきたかったのじゃ。そんな時、其方が妾の前に現れた」
ようやくここでアメルダ様が金貨を百万枚も支払って私めを購入した理由が分かりました。ですがどうにも腑に落ちません。それではまるで――
「お金を使う口実として利用された様に聞こえる……とでも言いたげじゃな?」
「!?」
思わぬ所で心を見通された私めは思わず否定的に首を振ります。
アメルダ様はそんな私めの首を抑えます。
「あぁ、別にそう思ってくれて構わぬ。現にそれが目的の一つであったからの。妾が其方を買ったのにはもう一つ他の動機がある。ただ単純に妾の世話をしてくれる者を側に置いておきたかったのじゃ。実はつい最近、雇っていた召使いに逃げられており早急にその穴を埋める必要があっての、その代わりとして其方にその任を任せたいと思っておる」
アメルダ様曰く、”魔術”には精通しておりますが、その他のこと……例えば買い物や掃除や洗濯、はたまた着替えや料理といった身の回りのことは上手くこなせないそうです。だからこそ、それらの日常的な生活をサポートしてくれる人員を求めているとか。
「変な話じゃの。二百年以上も生き魔術の大家とも呼ばれておる妾は実の所、まともに日常生活を送れぬのだからな」
アメルダ様は豪快に笑い声を上げます。
「そういう訳じゃから妾の身の回りの世話をしてくれるかの?」
「…………」
果たして私めにそれ程の大役が務まるでしょうか? その様な不安はありますが私めはアメルダ様に買われた身。この御方の命に背けないというのは一貫しております。
私めはアメルダ様に深々と頭を下げます。
「ならよろしく頼むでの」
そう言ってアメルダ様はこちら手を差し伸べます。初めて会った時とは違い、私めの手は自然と伸びました。
そして私めとアメルダ様の手が重なり合います。
「おっ! 今度はちゃんと交わしてくれたの。妾、とっても嬉しいぞ?」
そう言ってアメルダ様は子供がする様な無邪気な笑顔を私めに向けるのでした。




