<大魔女>エメルダと<海神>ポセイン
「――う……」
なんとも身体と精神が重苦しい倦怠感に鬱陶しさを覚えながら妾はゆっくりと目を開けた。
「……?」
いつの間にか妾は知らぬ場所――大きな神殿らしき空間でプカプカと浮いていた。
良く目を凝らすと、周囲に魚が泳いでおり、また身体を覆うような泡に包まれていた。まるで海の中にいるような……否、妾は今正に海中に漂っておったのじゃ。
(なんじゃ、この状況は? 確か左目を酷使したせいで力を使い果たし海に溺れた所までは覚えておるが……)
状況を良く飲み込めず、戸惑っておると急に妾の目の前に――
「おう、起きたかい、お前さん?」
「む……?」
言語や数字ではなんというか上手く説明できないくらい大きな風貌と、エラ状の下半身が妙に目を引く一人の女子の姿があったのじゃ。
彼女は妾の反応を無視し、早口で言葉を捲し立ててきおった。
「ビックリしたぜ、こりゃあ? まさかお前さんがいきなり割り込んでくるとはね~。もしかしてその左目……確か”魔眼”って呼ばれる代物のおかげかい? でもあの後大変だったんだぜ? 荒波に飲まれたお前さんを速攻で泡に包んで助けてやったんだかんさ? まぁともかくジッとしてな。指一本動かせないくらい疲れてるみたいだし、もし動けてもそこから抜け出すことはオススメしないしよ? 流石の<大魔女>も海底うん万マイルの深海の中じゃ一瞬でペチャンコだろうね」
「深海……ここが……?」
その人物を前にして妾はなんとも妙な気分に見舞われたでの。
(なんじゃ、この者は? 初めて会合したというのに、何故か既視感に駆られているのじゃが? それにこの妾を震撼させる程の魔力をも持ち合わせておる。そんな存在はそう多くは……)
何とも奇妙な感覚に陥り、訝しげな顔をする妾はふと答えを導き出したのじゃ。
「もしや其方、”蒼き都”【シールス】を創り出したとされる<海神>ポセイン本人かえ?」
「なんだよ、もうバレちまったのかよ? まぁ、しゃあねぇな。あんな精巧な像を造られちゃ、察せられない方が無理な話ってもんだな。シャシャシャ!」
妾がその正体を見破ったことに喜びを感じたのか、かの者――<海神>ポセインは豪快に高笑いを上げおった。
妾はその耳障りな笑い声を可能な限り遮断しつつ、現状を冷静に分析することにした。
(なんとも変な話じゃわい。まさかこんな形で超伝説級の神様が目の前に現れようとはの。史実として神がおったことは確定付けられてはおるが、流石に経過年数が長過ぎるでの。てっきりもうこの世には現存しておらぬと思っておったのじゃがな)
ひょんなことから神との対面を果たしたことで顔をしかめる妾に、ポセインはまたもや下品な笑いを上げおった。
「シャッシャッシャッ! 何じゃそのヘンテコな表情は? かの<大魔女>もそんな顔すんだね! こりゃまた面白いねぇ~」
「……何がそんなに愉快かは知らぬが、其方であろう? いきなり襲ってはエメルダを連れ去ろうとした無粋な輩は?」
「だとしたらどうするってんだい?」
「それをわざわざ妾の口から言わせるのかえ?」
「ひぇ~、おっかね、おっかね! 神であるアタイに対してもそんな態度するなんて見上げた根性だな?」
どこか挑発的に妾を見下すポセインに妾は負けじと睨みを返してやった。
「神だろうが何だろうが関係あらぬわ。エメルダに危害を加えようものなら誰であろうと容赦はせんわい」
「へぇ~。それが例え、全く勝ち目のない無謀な抵抗だとしてもかい?」
「全く勝ち目がないなんてことはあらぬわ。命を賭せばそれも可能じゃぞ?」
「何だい? もうそこまでの決死の覚悟を持ってるのかい? でもアタイからしてみれば、信じられん話だね。そこまであの少女――世界に厄災をもたらす<悪魔の子>、別名<無魔力の忌み子>にぞっこんする理由がさ」
「…………」
意味や理由も無く、ただ魔力を宿さないという些細な問題のせいで、エメルダのことを悪く言うポセイン。じゃから妾は怒りの感情を静かに沸騰させる。
(どいつもこいつもウザっ苦しいわい……。どうしてこう、あんな小さな娘に重圧を強いるのじゃ? エメルダの健気さや努力を何一つも知らない部外者がどうこう口出しするでないわ……ッ!)
そんな妾の内情を知ってか知らでか、ポセインは不敵な笑みを浮かべおった。
「ぶっちゃけた話、お前さんの事情なんて知ったこっちゃないんだよ。形はどうあれ、あたいはあの<無魔力の忌み子>に叩き起こされたんだわ。せっかくのスヤスヤ気分を台無しにされたこっちの身にもなって欲しいね」
「叩き起こされた? エメルダが其方をか?」
「おいおいとぼけんなって? ここ最近になって世界中に漂う”マナ”の流れがおかしくなってるじゃんか。その理由、わからないお前さんじゃないだろ?」
「……<黒樺の杖>に封印された<何か>が杖の粉砕と共に解き放たれたからであろう?」
「そ・れ・だ・け、じゃねぇだろ? あの<悪魔の子>が知らず知らずの内に”マナ”に悪影響を及ぼしてんのさ。確か話では<無魔力の忌み子>は周囲に不幸や不運を招くんだってか? そりゃ強ち間違っちゃいないね。何せ空気に交じった”マナ”そのものを汚染し、悪い方に乱してんだかんよ」
『そんなことはない』。この時の妾はそう否定することが出来んかった。
事実を事実として受け止めざるを得ない現状に妾は歯がゆい気持ちになってしもうた。
妾が強く出れんことを確認したポセインはまるで正義の味方かのように正論を叩き付ける。
「お前さん、少しは現実を見ろよ。例えお前さんが<悪魔の子>の存在を容認しても世界がそれを許しちゃくれないぜ? <悪魔の子>のせいでこの神であるあたいが目を醒まし出張らう――そりゃつまり、世界が相当の有事に見舞われてるってこった。それも以前神が起きていた千年前の暗黒期と同等かそれ以上のな? ……その事の重大さ、理解出来ん程頭はイカれてないだろ?」
「……つまり其方は、世界の平和のためなら一人の少女の命も簡単に奪うというのかえ?」
「天秤に乗せて比べるまでもねぇ。この<海神>ポセインが起きてること自体が異常なんだ。その問題をたった一人の少女を浄化することで解決できるってんなら安いモンだろ? 逆に感謝されたいくらいだわ。<悪魔の子>を過酷で熾烈な運命から解放してやんだかんよ? それも神直々にな」
「ほざけ。そんなこと頼んだつもりは毛頭無いわい……ッ! さっきも言ったであろう? 何人たりともエメルダに危害は加えさせぬわ……ッ!」
「頑固だねぇ。でもお前さんはすっごく運がいい。そうしたくてもやれない事情があんだかんな」
ふと頭に疑問符を浮かべる妾にポセインは事情を説明する。
「今現在、アタイの魔力のほぼ全てを注ぎ込んでる<神具>”トライデンタル”がアタイじゃないどっかの誰かさんの手に渡ったみたいでな、そのせいで神の力をこれっぽっちも使えねぇ」
「本調子でないなら最初ならエメルダのことを付け狙うで無いわ」
「そう言うなって。何事も準備は早いに越したことはないんでな。だがそのお陰で、憎き強奪者の正体に確信が持てたから僥倖だったぜ」
「その強奪者……まさかあの娘かえ?」
「あぁ、しかもウケることにそいつは<水の大精霊>ときた。ホント奇妙な巡り合わせだよ。ソレもコレも全部<悪魔の子>が導いてるから尚のことなぁ~?」
ポセインのその言葉を受け、妾はエメルダにとって初めての”マブダチ”となった少女の顔を思い浮かべたのじゃった。




