<無魔力の忌み子>と『 』.②
前話までアメルダ視点でしたが、今話からまたエメルダ視点となります。その点、よろしくお願いします。
(……え?)
その出来事は何の前触れも無く起きました。
蒼き都【シールス】の砂浜に突如として襲来した謎の手に捕まり、海の中へ連れ攫われた私めでしたが、何故かいつの間にか砂浜に戻っていたのです。
(一体何が起こって……)
当然のことながら私めがどうこうした筈はありません。
(なら考えられるのは一つ。――アメルダ先生が何か手を講じて下さったに違いありません)
こう当たりを付けた私めでしたが、身体が……いいえ、思考も上手く動きませんでした。
(なんだか意識がハッキリとしていません……。海中に放り込まれた時、海水をたくさん飲み込んでしまったからか、まだ溺れている様な感じがします……)
辛うじて生きている。
ただその一点のみを噛み締めつつ、起きているのかはたまた寝ているかも定かではない意識のまま、口を開きます。
「アメルダ……様……」
そうして呟かれたのは大切な大切な母の名。
普段なら先生と呼び慕ってはいますが、この時ばかりはそれを忘れてしまうくらいに平常心を保てずにいました。
まず何よりもその人物の安否に想いを馳せていたその時、他に誰もいないであろうその場に女性の声が響き渡ったのです。
「おいおい、なんて腑抜けた顔をしておるのじゃ? それでも妾の一番弟子かえ?――って<大魔女>から言って欲しかったんでしょうけど残念、私でした~」
そこにいらっしゃったのは、頭部全体を覆うマスクをしている謎の人物――自称<空虚で何者でも無い存在>こと……
「<ヴォイド・ノーバディー>さん……?」
のお姿があったのです。
「やぁ<無魔力の忌み子>、久し振り……と言っても前会ったのはほんの一日か二日前だけどもね」
<ヴォイド・ノーバディー>さんにとって何が面白いかは定かではありませんが、どこか楽しそうにクスクスと笑っておりました。
「……また神出鬼没のご登場ですね」
「あれ? あんまり驚かない感じ? 何だか心外よ?」
「申し訳ありませんが、今の私めにその気力は残っておりません。どうかどこかに行ってください……」
私めのつっけんどうな返答に<ヴォイド・ノーバディー>さんはあからさまに気分を盛り下げます。
「ありゃりゃ、こりゃまた相当落ち込んでるわね~。それだけ<大魔女>の行方が心配なのはよくわかるけど、こんな浜辺でうずくまってても仕方ないんじゃない?」
「本当に何なんですか、あなたは……? そんなに私めをかどわかして何がしたいのです?」
私めは珍しく怒りを表面化させ、<ヴォイド・ノーバディー>さんを睨み付けます。すると彼女は『ひぇっ』とわざとらしい声を出しつつ、一歩後退します。
「かどわかすなんてとんでもない。私の目的は今も未来も変わらないわ。何度も言ってるじゃない? <無魔力の忌み子>でしか描けない人生にちょっとした彩りを与えるってね」
そう言って<ヴォイド・ノーバディー>さんはポケットから溢れんばかりの紙を取り出します。それは直ぐ雨水によって濡れますが、そこに手書きで記された文字――『一等賞』がしかとこの目に焼き付いたのです。
ちなみにその紙と文字には見覚えがありました。それは、私めが先日【コミティア】の大福引大会で引き当てた物と同じだったのです。
「ま、まさか……ッ!?」
(もしかして、私めが一等賞を引けたのは偶然ではなく、<ヴォイド・ノーバディー>さんによる細工があったからということでしょうか!?)
その結論に行き付いた私めは大声を張り上げます。
「これもそれも全部、貴女が仕組んだことだというのですか!?」
「全部……ってのはいささか話がデカ過ぎかな。私が蒔いたのはあくまで【シールス】への招待券を<無魔力の忌み子>と<大魔女>に与えたことだけ。【シールス】を訪れてあの元気な女の子――ディーネちゃんだったかしら?――に出逢って、その後正体不明の掌に襲われ、最終的に<大魔女>が海に沈んでいった部分まではあくまで不可侵よ?」
「待ってください! その言い方だと、私め達を【シールス】に招いたのは元より確定していたということですか?」
「そうよ」
「その理由は何なのです?」
「それは<無魔力の忌み子>の使命に関係するわ」
「使命……?」
その言葉に私めはある懸念を抱きます。
「もしやここ【シールス】に<四大精霊>のお一人がいらっしゃるのですか?」
「ピンポ~ン! ちなみにもう既に顔が知れてる人よ。運が良いわね、探す手間が省けてさ」
<ヴォイド・ノーバディー>さんは勝手気ままにルンルン気分になり目元を緩やかにカーブさせます。
その反面、私めの気持ちも露知らず、自分一人だけで盛り上がっている<ヴォイド・ノーバディー>さんに怒りが込み上がります。
自然と眉にシワを寄せると、<ヴォイド・ノーバディー>さんは肩を竦めます。
「そう険しい表情をしないで頂戴。せっかくの可愛い顔が台無しだわ」
「…………」
「――なんて悠長なことを話す気分じゃないか。形はどうあれ、私にも責任の一端があると言いたげね」
「……一端処の話じゃないと思うのですが? 貴女が私め達を【シールス】へと導かなければこうならずに済んだのでは?」
「あらら? まるで悪者扱いね。でも残念。この私にそんな権限はないもの。……そうやって行き場のない感情を私にぶつけたい気持ちもわからなくもないけど、こちらとしては少し心外だわ。まるで関係のない被害者面をしている<無魔力の忌み子>の能天気さがさ」
『どういうことです?』と私めが問うと、<ヴォイド・ノーバディー>さんは仮面の奥から真剣な眼差しを向け、こう尋ねてきました。
「そもそもあまりにも事象が繋がり過ぎたとは思わない? ……【シールス】のこの異変。それと同時期に突如として消失した<海神>ポセイン像が持つ<神具>”トライデンタル”。そして乱れた”マナ”によって目覚めた一人の少女。これはもう偶々なんて言えないわ。まるで世界に厄災をもたらす誰かさんのせいだと言われた方がしっくり来るわね」
その言葉と共に鋭い眼光を向けられ、心臓の鼓動が速くなります。
「まさか本当に私めの……」
「『全部お前のせいだ。この落とし前どう付けるんだ?』と<無魔力の忌み子>を詰めることはいとも容易い。けれど、<空虚で何者でも無い存在>である私にそんなことを言える道理はそもそもないわ。それに、もし仮にそんなことをして何になるのかしら? <無魔力の忌み子>がいなくなればすべて解決? そんな単調な物語、この私が許さなくてよ? <無魔力の忌み子>にはまだまだ見せて貰わないといけない未知の可能性がたくさんある。だからどうか、私をがっかりさせないで頂戴」
普段は淡々とした様子を見せる<ヴォイド・ノーバディー>さんでしたが、この時ばかりは感情に起伏を込めておりました。
(何やら<ヴォイド・ノーバディー>さんから並々ならぬ決意と覚悟が見て取れます。もしかするとこの方にもこの方なりの仁義があるのやもしれません)
「…………」
ですが、そんなことは私めにとっては関係ありません。あくまで私めと<ヴォイド・ノーバディー>さんは赤の他人。ある意味で他人であるあの人の顔色を窺う必要なんて無いでしょう。それに――
「見くびらないで下さい。もう自分に生きる価値が無いなんて思っておりませんし、死んだ方がマシだとも考えてはいません。私めのために身を挺して下さったアメルダ様の愛情を無下にすれば、それは弟子の名折れです。必ずや私めの手でお助けします……ッ!」
私めの力強い言葉を聞いた<ヴォイド・ノーバディー>さんはゆっくりと拍手をなさります。
「……想像よりもキッチリとした意思を聞けてビックリしたと共に、深い感銘も受けちゃったわ。……ふふふ。流石はW主人公の一角を担うだけのことはあるわね。どんな物語でも、主人公が思いの丈を放つシーンは胸を熱く打つといった所かしら?」
「申し訳ないですが、私めにはそんな高尚な意思はありません。私めはただ師匠の名に恥じぬ行いをしたいだけなのです」
「それでも構わないわよ。誰かのために困難に立ち向かうっていう展開もベタだけど、私の大好物には違いないからね」
すると<ヴォイド・ノーバディー>さんはふと目を瞑ります。
「いいなぁー……とても懐かしい、幸せに満ち溢れていたあの日々を思い出すわ」
実際に涙を流さずとも、限りなくそれに近い情緒を乗せ<ヴォイド・ノーバディー>さんが言葉を続けます。
「当然、私にも<無魔力の忌み子>と同じく大切な存在がいたわ。でも、訳あって今は何一つとして残っているモノはない。さながら<大魔女>に買われる前の<無魔力の忌み子>みたい。……はぁ、なんでこんなことになっちゃのかしらね? つくづく運命ってモノが憎たらしいわ」
どこかしんみりとした雰囲気を出す<ヴォイド・ノーバディー>さんはクスリと小さく笑います。
私めはそんな<ヴォイド・ノーバディー>さんに思う所がありました。
「何一つとして残ってない、だなんて仰らないで下さい。貴女、言いましたよね? 昔の私めと似ていると。なら何の心配も要りません。この<無魔力の忌み子>も今では笑顔で生きていられるのですから。それに何もかも失ったというのならまた取り戻せば良いのではありませんか! ってそれはあまりにも楽観的過ぎますかね……?」
「いいえ、そんなことはないわ。現に今の私の最終目標はそこにあるわけだし。ともかく励ましてくれてありがとう。……でもどうか今は自分のことに集中して。<大魔女>を助けたい気持ちは十分に分かるけど、まず彼女の拠り所になってあげることを優先なさい。それが本来の目的でしょ?」
「彼女? それは誰ですか?」
「大丈夫、さっきも言った知り合いよ。どうか<陽光の剣士>に頼まれた通り、彼女を救ってあげてね?」
そう<ヴォイド・ノーバディー>さんが言い残した瞬間、海から一人の人物―― 蒼き都【シールス】のアーメイドことディーネが飛び出したのでした。




